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ひとりぼっち

 失恋は時間が経てば忘れられると、誰かが言っていたけれど、そんなのは嘘だと思った。  実際、大学を卒業した今でも、真里也は一向に羽琉を忘れられていない。下手すると親子三人の仲睦まじい姿を見たときより、今の方がもっと好きかもしれない。  真里也は博と父が眠る墓に向かいながら、そんなことを考えて一人苦笑していた。  卒業の報告を父と博にするために、家から少し離れた墓地に来たものの、真里也は墓の前で立ち竦んでしまった。  今は自分だけしかここへは来ないと思っていたのに、墓には生けたばかりのような瑞々しい花が初春の光を受けて供えられていたからだ。  線香はさすがに消えていたけれど、燃えかすが棒状になったままだから、火をつけてからそんなに時間が経っていないことが見て取れる。  誰かが墓参りしてくれた……? でも一体誰が。  自分以外の人間が父と博の墓参りに来ることが想像できず、真里也は花束のように可憐な花を見つめていた。  ふと、母が来たのかと思ったけれど、彼女がこんなところまで来るわけがない。  あの人、今は北海道にいるみたいだしな。  真里也の母は博の家の鍵や仏像を盗み、窃盗の罪を自首している。けれど真里也は母を訴えなかった。  水鳥にはそれでいいのかと、再三念押しされたけれど、母が犯罪者になる必要はないと思った。  勝手な親だけれど、酷いこともされたけれど、鍵や仏像を盗んだ理由は、脅されてやったんだと思う。  それと、女の子を欲しがった理由に、絆されたからかもしれない。  母は不起訴になって、しばらくは音信不通だったけれど、真里也の就職が決まったのとほぼ同時期に彼女から葉書が届いた。  内容は、住み込みで牧場で働いている、と言ったことが書かれていた。今は女の子にいっぱい囲まれて暮らしているといった一文が添えられて。  写真付きのハガキは、母がたくさんの牛に囲まれている様子を写していた。  もう二度と会うことはないと思うと、一瞬寂しい気持ちにはなったけれど、それは博の家にひとりで暮らしているからだろうと思い直した。  墓を掃除して花を添え、線香をあげて父と博と三人で時間をかけて話をした。時々、泣きそうになったけれど、自分は変わるんだと決意表明みたいなものを宣言して墓を後にした。  家に帰る前、商店街に寄って夕食の買い物をしていると、果物屋の前で深町と出会った。 「久しぶりだな、元気だったか」  気さくに話しかけてくれる深町から、時間があるなら寄って行けよと言われて真里也は大きく首を縦に振った。 「射邊君、ラスト一個あるぞ」と、深町が冷蔵庫から真里也の好物を見せてくれる。 「え、アップルパイあるの? 食べたいです」  珈琲を注文した真里也に、就職祝いだと言ってカウンターに置いてくれた。  美味い、美味いと食べていると、懐かしいなぁと、深町が珈琲豆を焙煎しながら溢している。 「俺も同じこと思ってました」  この店の全てが懐かしい。  羽琉が夢を叶えるために一生懸命働いていたここには、そこかしこに彼の面影が残っている。 「羽琉君がここで働いて、君がたまに顔を出す。するとあいつは俄然、やる気になって、ここが喫茶店なのも忘れてデカい声で接客するんだもんなぁ」 「ああ、でしたね。ほんと懐かしい」 「それにさ、君が何とかってコンクールで賞を取った時も、ひとりではしゃいでてさ。本当に君らは仲が良くていいコンビだった。相方がいなくなって寂しいだろ」  店にも一度も顔を出さないしなぁと、深町も寂しさを口にしている。  コンビ、相方……。きっと深町は友情って言葉よりそっちの方がしっくりくると思って言ったのだろう。  本当はもっと別の関係になりたかったけれど……。 「佳作でしたけどね。あ、そうだ深町さんにお願いがあるんです」  思い出したように真里也はリュックを開けると、中から一枚のフライヤーを取り出した。 「何、これ、展示会のお知らせか!」 「はい。大学の仲間とグループ展を今度することになって。卒業したらみんなバラバラになるから、卒業記念? みたいなものです」 「へー、いいじゃない。場所は……あ、近くじゃないか。是非見に行かせてもらうよ」 「ありがとうございます。本当は大学で場所を借りたかったんですけど、新入生の準備とかで使わせてもらえなくて。場所を探してたら、隣の駅前にあるレンタルームを見つけたんです。広さもちょうどよくて。あ、俺は彫刻だけど、深町さんの好きな陶芸も展示しますよ」 「いいねー。俺はいつか自分で焼いたカップでお客さんに珈琲を提供したかったんだ。絶対見に行くよ。もちろん、射邊君の作品もな」  深町が嬉しそうに言ってくれるから、真里也も癒された気分になった。  客が少ない時間帯だったのが幸いし、珈琲を飲み終えても、二人で展示会の話に盛り上がった。 「じゃ、そろそろ帰ります。長居してすいません」  リュックを背負って帰ろうとしたら、チラシまだあるなら店に置いとくよと、深町が言ってくれたから、真里也は彼の言葉に甘えることにした。  ドアベルが軽やかな音を奏で、ドキッとして振り返ると常連さんなのか、中年の男性が深町に手をあげて、いつもの、と注文して席に座った。  真里也は苦笑を滲ませながら、深町に礼を言って店を後にした。  馬鹿だな、羽琉が来るわけないのに……。

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