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第7話 近づく距離感

 セティは書斎で、書き物をしている。先程まで教師から教わったことを復習としてまとめているのだ。  兄のウシルスは、学舎で複数の学友たちと共に学んだが、セティの場合はオメガということもあり、専属の教師が教えに来るのだった。  セティは熱心な生徒でもあり、予習や復習を欠かさない。時に、兄や姉に相手をしてもらうこともあったが、二人はそれぞれに忙しく、専ら相手はヘケトとアニスの親子だった。  しかし、そんなセティの相手を最近はネフェルが務めている。  ネフェルは中々学も深いのだった。やはり、こういう事も体が覚えているのだろうか……そう思わせた。国の歴史に関しては、全く知らないようだったが、書を読むと、瞬時に理解する。地頭の良さを垣間見せるのだった。 「この辺りの歴史は中々興味深い」 「そうでございますね。セティ様のご先祖様がご活躍なさる様に躍動感がございます」 「うん、だがら王子としてきちんと知っておかねばと思のだよ」  ネフェルは深く頷く。本当にこのお方は努力家だ。溺愛され、大切にされているが、わがままなところは全くない。  勉強も、各々の教師の導きに従い黙々とこなしている。多分、手を抜こうと思ったら造作もない。しかし、そんな素振りもない。  教師たちも分かるのだろう。セティに教えるのは楽しいのだろう。皆、いそいそとやって来るのだ。  その時だった。ごとっとしたかと思うと、地から揺れ始めた。  セティが顔を上げ、そのきれいな眼を見開く。 「セティ様!」  ネフェルは叫んで、そのままセティに覆いかぶさった。すると揺れが激しくなり、書棚の本がネフェルの上に落ちてくる。ネフェルは、その衝撃を頭と背中に受ける。  痛いっ!  だけど、このままセティを守らねば! そう思った時、揺れが止まった。  揺れている間、呆然としていたアニスが、我に返って血相を変えて叫ぶ。 「セティ様!」  恐る恐るネフェルは頭を上げる。そして、セティから体を離すと、セティも顔を上げる。 「セティ様、大丈夫ですか?」 「うん……大丈夫だ。何があったのだ?」 「地が揺れる現象ですね。ごくまれにある事です」 「やはり、ネフェルは知識が深い。わたしは、そのような事は知らなんだ。それより、ネフェルは大丈夫なのか?」  セティの無事に安堵したアニスが、散らばった本などを見て言う。 「本やら何やらが当たったのではないか?」 「はい、でも軽い打ち身くらいでしょう。問題ありません」 「打ち身って! どこを打ったのだ?」 「頭と背中です。でも大したことありません」 「わたしを庇ったせいだな、侍医に診てもらわねば」 「セティ様を庇ってくれたのは良かった。そうでなかったなら……」  考えるだけでも恐ろしい。しかし、皆咄嗟の事で呆然としていた。改めてネフェルの行動の速さに皆感心する。  しばらくして、近衛隊長が青ざめた顔色で急ぎ足に来る。後ろから侍医もついてくる。 「セティ殿下! 大丈夫でしたか?」 「ああ、わたしは大丈夫だ。しかし、わたしを庇ってネフェルに物が当たった。診てやってくれないか」 「ネフェルが庇って、そうでしたか、安堵いたしました。ネフェル、よくやってくれた。礼を言うぞ。侍医殿、診てやってくれ」  侍医がネフェルの上着を脱がせると、打ち身に少々赤くなっている。 「わたしを庇ったせいで、すまないな」 「これくらいなんでもありません。セティ様でなくて良かったです」  確かに大ごとではない。侍医の診たても打ち身に効く張り薬で、二、三日で完治するとの事。  しかし、これがセティだったらと、皆が思う。セティの身にはどんなに小さな傷も、跡も残せない。 「セティ殿下のご無事を確認できましたので、私は至政殿(ケトメ王国の政治の中枢)へ参ります。陛下と王太子殿下へセティ殿下のご無事をお伝えします」 「両陛下と姉上、兄上もご無事なのか?」 「はい、皆様ご無事でございます。至政殿にて、国王陛下と王太子殿下揃って被害の調査の陣頭指揮をとっておられます」 「そうか、ご無事なら良かった。わたしが顔を出すとかえってご迷惑をかけるから、ここに控えている。父上と兄上にはよろしくお伝えしてくれ。そなたも気を付けてな」 「はっ! では御前失礼します!」  足早に去っていく、近衛隊長を見送る。  セティも色々心配ではあるが、今言った通り、自分が顔を出しても、何も役立たないし、かえって邪魔になる。  その時、また揺れが! セティは咄嗟にネフェルを見る。ネフェルも直ぐに、セティに近づく。が、 揺れは少しで収まった。 「また揺れたのか?」 「そうでございますね。このような事もあります」 「何度も揺れるのか?」 「その可能性もあります。しばらくは用心しなければなりません」  セティは、怖いと思った。ネフェルに身を寄せる。ネフェルに守ってもらうように。ネフェルもセティを守りたいと思った。その思いで、打ち身の痛みは忘れ、セティへ寄り添うようにする。このお方をお守りせねば……その思いだけだった。  普段なら、これほど距離が近づく事は許されない。ネフェルにはセティに触れることなど、決して許されないし、ネフェルもそこはわきまえている。  今は違う。ある意味非常時だ。ヘケトやアニスも咎めない。ネフェルが身を呈してセティを守ったのを目の当たりにしたからだ。  その後も何度か揺れたが、その揺れは段々と小さくなる。 「大分揺れもなくなりました。多分、これで大丈夫でしょう」 「そうか、この地の揺れとは、段々と落ち着くものなのか?」 「はい。大きな揺れがあると、その余波で揺れが続くのです。そして段々と収まっていくものです」 「そうか、ならばもう大丈夫なのだろう。今日はネフェルがいて良かった。そなたが庇ってくれて、そしてそなたは知識が深い。感謝している」 「もったいないお言葉でございます。この身はセティ様に救っていただきました。いつでも、セティ様のために捧げることができます。セティ様をお守りできるなら本望でございます」  ネフェルの真摯な言葉に、セティは嬉しそうに頷く。  その微笑みは、神々しいまでに美しく、ネフェルはこのお方のためなら死ねると思った。
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