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第8話 王太子ウシルスの懸念
ケトメ王国を襲った地の揺れは、そこそこの被害をもたらし、密集地住まいの庶民には死者も出たが、重要人物に死者はなく次第に落ち着きを取り戻していった。
この件で、王太子ウシルスの活躍は際立ち、次期国王としての地位を益々強固なものにした。国王もウシルスを信頼し、国王としての多くの権利を委譲するようになっている。
セティの王子の宮では、ネフェルに対する皆の見方が益々好意的になっていた。
元々、ネフェルの持つ上品さ、決してでしゃばらない奥ゆかしさに反感を持つ者はいない。皆、記憶の無いネフェルには同情心を持っていた。それに加えて、地の揺れの時に、身をもってセティを庇ったことが、皆のネフェルに対する株が上がったのだ。
何より、王子の宮の主たるセティのネフェルに対する信頼は大いに強まったのだった。
「ネフェル、ネフェル」
「はい、セティ様」
この二人の声掛けは、王子の宮での日常になっていた。セティの傍らには、常にネフェルがいる。その二人の姿に違和感は全くない。
当然、この事実は王室一家の知る所でもあった。
両親と姉は、ネフェルがセティを庇った事実を知っているため、ネフェルには信頼感があり微笑ましく思っていた。
しかし、ウシルスは違った。
ネフェルがセティを庇った事は、あっぱれだと思った。兄として、礼もした。しかし、今の状況は、必要以上に距離が近いと苦々しく思っている。
そして、ウシルスには一つの疑念が生じていた。
「内務卿、あの男の身元は未だ分からぬのか?」
ウシルスは、決してネフェルとは言わない。それも認めてはいない。
「はい、部下たちを方々にやり、調べておりますが、どの方面からも全く分からないとの回答ばかり。正直、わたくしどもも途方に暮れております」
「そうか……あの男が湖の畔で見つかった頃に、何か事件は無かったのだな」
「はい、それも確認させましたが、当日やその前に何か起こった記録はありませんし、聞き込みでも出ておりません」
内務卿は管轄の、行政組織の役人、警務を司る役人にも調べさせている。しかし、どこからも芳しい答えは出ていない。現状、全くお手上げ状態と言っていいのだ。
そこへ、あらかじめ呼ばれていた侍医長が姿を現す。
「ああ、どうだ? 分かったか?」
ウシルスの下問に、侍医長は恐れつつ言う。
「はい。多分アルファで間違いないかと」
「そうか、やはりな……」
「アルファとは、あの男ですか?」
「そうだ。どうもそうではないだろうかと疑念が湧いてな。侍医に調べさせたのだ」
内務卿もそれを聞くと納得する。確かにネフェルはアルファの特徴を備えている。
しかし、それでは……迂闊だった。先ずは最初に調べるべきだった。そこに誰も気付かなかったのは失態だ。
セティに拾われた時、あまりにズタボロだったために、誰もそこに思い至らなかったのだ。
「確かに言われてみますと、あの男はアルファの特徴を持っていますな……これは迂闊でございました。しかし、それですと益々謎が深まるのも事実であります。オメガが、捨てられるのは珍しくありません。事実、街中の救済施設には捨てられたオメガが沢山収容されております。しかし、アルファが捨てられることは考えられません」
内務卿の言う通りだった。
オメガの地位は低い。オメガの発情期を忌み嫌う風潮は普通にある。発情期に溢れ出すフェロモンがはしたないとされた。それなのに、その発情したオメガを犯し、性奴隷のような扱いをする者も珍しくはなかった。挙句、ズタボロになったオメガは捨てられ、そのまま命を失う者も多い。それが、一般のオメガの大半なのだ。
反してアルファは違う。アルファであるだけで、社会的地位が高い。それが普通だった。事実アルファが産まれるのは、王侯貴族を初め高位高官の家だった。一般庶民の家にアルファが産まれることはほとんどない。
そのアルファがズタボロで生き倒れ?
何か事件に巻き込まれた可能性もあるだろうが、今までの調査では、当該しそうな事件は判明していない。
「うーん……分からんな。どこか他国から来たのではないか? 顔が我が国の者と違う気がするのだ」
「それも考えて、国境へもそれぞれ使いを差し向けました。しかし、判明いたしませんでした。密入国なら分かりませんが……」
「密入国か……その可能性もあるな。ここまで分からんと……しかし、何故密入国? そうなると、益々怪しいな」
内務卿の顔色も、不安で暗くなる。もし、密入国者であればかなりの危険人物になる。そのような者を王宮に、セティの側近くに置いておくのは危険極まりない。
もし密入国者だとすると、記憶が無いということも、偽りの可能性もある。そうであれば極めて危険人物だ。
重苦しい気が漂う。皆が考え込んでいる。その気を破るようにウシルスが口を開く。
「身元は依然不明。当然、ここへ来た目的も分からぬ。しかし、はっきりと分かったことは、あの男はアルファ。その事実だけは分かった。それだけでもこのままセティの王子の宮に置いておくことはできんな」
「はい、殿下のおっしゃる通りでございます。セティ殿下も十七歳におなりでございますので」
侍医長の言葉に、ウシルスは深く頷く。可愛らしく、愛らしく育っているがセティも十七歳なのだ。ウシルスは十五歳で立太子礼の儀式を済ませて、それ以後公務に携わっている。つまり、その時から大人の扱いを受けている。
通常、早い者で十五歳。遅くても十八歳くらいまでには成人の儀式をする。セティは未だ済ませていないが、そろそろと言ったところではある。
今のところ王室一家は皆、セティの可愛らしさに、大人の間隔を持てずにいるため、誰も成人の儀の話はしない。セティは未だ、子共との思い。発情期もまだだから……。
そう、セティは未だ発情期を経験していない。しかし、セティの年からいって、いつ発情期がきてもおかしくないのだ。オメガの発情期、側にアルファがいる。
それほど危険な事はない。それが、侍医長がウシルスに同意した全てだ。無論、ウシルスの最大の懸念はそこにある。
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