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第9話 王太子ウシルスの思惑

 ウシルスは十五歳の時、立太子の儀を経て正式に王太子になった。以来、周囲の関心は常にお妃問題があった。  王太子の妃、つまりは将来の王妃は、王族、あるいは上級貴族で母が王族からの降嫁、それが決まりであった。王女の場合、異母は良しとされたが、同母は禁忌とみなされた。  条件に合致する自薦他薦の候補は何人もいる。その全てを、今までウシルスは、軽くあしらってきた。要するに相手にしなかったのだ。  王太子という地位、加えてかなりの美丈夫のウシルスは女性に大層人気がある。要するにもてるのだ。ウシルスの妃になれば将来の王妃だからなおさらのことだ。  誰が王太子殿下の心を射止めるのか……それが若い女性の最大の関心事だった。  お妃候補になり得る女性は勿論、そうでない女性からもだった。例え妃にはなれなくても、側室、否、妾でもいいということだった。  側室の場合、妃に準じる身分が必要だが、妾は貴族であれば問題ない。それすら、貴族の養子になるという抜け道があったので、事実上寵愛されれば、誰でもなれる。ただし、妾の子供は、王子王女とは認められず、王族の地位もない。それでも王の愛妾になるのは、女の夢なのだ。  ウシルスとて若い健康な男だ。性欲も普通にあるから、女を求めることはある。しかし、決して妃候補になりそうな女は相手にしなかった。遊びと割り切れる女にしか手を出さない。それも一人の女が長く続く事はない。  要するに浮名は流すが、本気の相手はいない。それが、今のところ世間一般の見かたであった。  むしろそのためか、お妃問題を巡る過熱は、収まることはない。立太子から七年、ウシルスも二十二歳になる。当然と言えば当然ではあった。  一体全体王太子ウシルスの思いはどこに……それが皆の関心であったのだ。 「全く、今のケトメ王国の最大の関心は、殿下のお妃でございますな」  メニ候が、どこか面白がる風に言う。  メニ候は幼い頃に、ウシルスと共に学ぶ学友に選ばれて以来、常に側近くで過ごした。複数いる学友たちの中でも一番気が合い、気の置けない仲である。そして、ウシルスが王太子として公務へ携わるようになってからは、最側近と言える立場だ。 「まあ、ほおっておけばよい」 「殿下には心に決めたお方がおられるのでしょう」  それは疑問形というよりも、確信的な言い方である。ウシルスは、メニ候を見つめる。 「どうしてそう思う?」 「見くびらないでいただきたいですなあ。わたくしは、物心ついた時から殿下のお側におるのでございますよ」  そうだ。確かにお互い物心ついた時は側にいた。実の親や兄弟よりも、長い時を共に過ごしている。おそらくこれからも。 「だから分かるというのか」  メニ候は深く頷く。そして微笑む。  今のやり取りで、ウシルスは肯定したも同然。やはりな、思った通りだ。しかし、それは中々に前途多難。 「わたしはあきらめないぞ」  そうだろうな、それでこそこのお方だと思う。だからこそ、己の生涯を捧げると誓ったのだ。 「考えてみますと、今まで殿下が大きな障壁を乗り越えたご経験は、ないのでは……」 「そうだな、その必要が無かったからな」 「今度ばかりは大きゅうございますな」 「だからだ。障壁が大きいからこそ、乗り越えるのが魅惑的だろう」  ウシルスは、いたずらっ子のように言う。普段は王太子然としたウシルスが、こういう時は、少年のような顔をする。メニ候が一番好きなウシルスの表情だ。 「では……先ずはあのアルファを遠ざけねばなりませんな」 「ああ、はっきり判明したからには早急にな。明日にでも引き離す。問題はセティにどう説明し、納得させるかだ」 「今日中に、両陛下とアティス様に話を通しておいたが良いでしょう。皆様方にはセティ様をお慰めいただかなくてはなりませんから。そのうえで今晩アニスの所へ戻った男を拘束しましょう」 「そうだな。何処へ収監するかだ。未だ背景が分からぬからな。手荒な真似は出来ん」 「医療院がよろしいでしょう。セティ様への治療が目的と言う言い訳にもなりますし、万が一男がそれなりの身分だった時も同じ説明ができます。当然ながら医療院の警備は強化します」 「医療院か……そうだな、ふふっ……そなたは切れ者だ」  そなたは切れ者、最高の褒め言葉だ。メニ候は満足気に微笑む。 「早速、わたしは両陛下へお聞かせしてくる。そなたは姉上に頼む」 「御意」 「なにっ! あの者がアルファとな!」 「はい、父上。そうでございます」  国王はウシルスの報告に苦い顔をする。隣の王妃も同じ表情。 「アルファならこのままセティの側に置いておくわけにはいかんなあ……」 「そうですが、セティは納得しましょうか……あの者を気に入り、名まで付けてやったのを」 「気に入るか……少し過ぎるとは思っておったが、あの者も身を呈してセティを守った故に、大目に見ておった。しかし、アルファならいかんな。で、どうする?」 「はい。今晩アニスの部屋に戻ったところで、拘束し医療院へ収監します。今後、取り調べはそこで行います。記憶を失くしているのが病からのものなら治療も出来ますし、詐病ならいずれは分かるでしょう」 「そうだな……それが最善だろう」 「セティへは明日わたくしが説明しますが、悲しむのは必定。父上母上もどうかセティを慰めてやってください」 「それは無論のことじゃ。なるべく気が紛れるようにしてやろう」  国王、王妃共にセティの気持ちを考えると辛いが、アルファを側に置くことはできない。それは皆同じ考えであった。 「メニ候が?」 「はい、お会いしたいと」  何であろう? メニ候が面会に来ることは珍しいとアティスは思った。 「メニ候、何ぞありましたか?」 「はい、セティ様が拾った男はアルファと判明しました」 「……まことか……」  アティスの顔が曇る。言われてみれば、確かに……あれほどセティが気にいったのはアルファだったのもあるのか……。  アティスは驚くものの、腑に落ちるものもある。そして、アティスが考えたことも、皆と同じであった。 「それならば王子の宮から出さねばならぬな……太子殿はどのように?」 「今晩アニスの所へ戻ったところで、拘束し医療院へ収監します」 「そうだな、セティには明日話すのだな」 「はい、王太子殿下が自らご説明なさるお考えでございます」 「そうか、分かった。両陛下へは?」 「ただ今王太子殿下が行かれております」  なるほど、だからメニ候が自分の所へ来たのか。 「太子殿にはよろしく伝えてくれ。わたくしもできるだけ尽力するとな」 「ありがたきお言葉、感謝申し上げます」 「当たり前のことじゃ。可愛い弟のことだからな。そなたもよろしく頼むぞ」  今でもかなり頻繁にセティの様子を見に行くが、明日からはもっと頻繫に訪ねねばと思うのだった。セティにはいつも微笑んでいて欲しい。アティスの姉としての思いであった。
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