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第13話 初めての発情
ネフェルは、いつも通りアニスがセティの部屋に入るのを見届け、入り口に控えていようと思った。その時、常にも増して甘い魅惑的な香りを感じる。
思わずセティへ駆け寄りたい衝動に駆られるが、懸命に耐える。
セティの放つ甘い香りには、ヘケトやアニスも気付いたようで直ぐに侍医が呼ばれ、ウシルスへも報告が行く。
アニスは、ネフェルに自分の部屋へ戻るように告げる。ネフェルは後ろ髪を引かれる思いでそこを去る。
しかし、それが最善だとは思う。このままいれば、理性がもたないのは明らかだから。
それほどに、この香りは抗えない魅力がある。
誰しもがセティに初めての発情が来たことを悟った。
この時点で、護衛の近衛兵のアルファは退出し、全てベータで固められる。
侍医が慌てた様子で、小走りに来て、直ぐにセティを診察する。
そこへ、ウシルスも来た。深刻な表情だ。後ろにはメニ候が従っている。
「どうだ? 発情に間違いないか?」
「はい、間違いございません」
それは、セティの様子を見れば聞かずとも分かった。
熱に浮かされたような、赤い顔をして、時折、苦し気に喘ぎ声を漏らす。
そしてウシルスにも、この香りは魅惑的で、何とか理性で耐える。後ろに控えるメニ候も同じであった。
アルファには耐え難い誘惑だ。
「直ぐに、薬で抑えてやるのだ。これではセティも可哀そうだ」
侍医は、助手に指示する。この時のためにかねてより準備していた薬があるのだ。助手が渡した薬を確認すると、侍医はそれをセティに飲ませる。
「これで、暫く様子を見ます。収まらないのなら、もう一包飲んでいただきます」
侍医の言葉に、ウシルスは頷く。そして、セティの髪を撫でてやり、頬に触れると、かなりの熱を持っている。
ヘケトが水に濡らした布で冷やしてやっているが、追い付いていないようだ。
皆が、ハラハラした気持ちで見守る。
そこへ、姉のアティスがやって来る。報告を受けて急ぎ来たのだが、部屋に入る前から、漂う匂いで発情と察した。
「やはり発情のようだな。薬は飲ませのか? 可哀そうにな……オメガの発情とは辛いものだな」
ここにはセティ以外オメガは一人もいない。皆、改めてオメガの発情の辛さを知るのだった。
「ネフェル……ネフェル」
喘ぎながら、セティが呟くように言う。皆、はっとしてウシルスを見る。
当然、ウシルスにも聞こえているが、平然としている。
「薬が足りないのではないか。もう一包飲ませよ」
侍医が薬をもう一包飲ませる。その後、半刻様子を見るが、セティの状態は変わらない。どころか、益々喘ぎが大きくなり、誰かを求めるように腕を伸ばす。
見かねたアティスが抱きしめようとすると「ネフェル……ネフェル」と言って拒絶する。
「薬が効いてないな。もっと増やすか、違う薬はないのか」
「はあ、しかし既に二包飲まれておりますので、これ以上は同じ薬でも、他の薬でもお飲みになるのはセティ様のお体に害があるかと」
ウシルスの厳しい下問に、侍医がオロオロしながら答える。この日のために、侍医も最善の薬を用意してのだ。それが効かないとは……。
ウシルスはセティの額に手をやると、セティがその手を握って来る。それで、ウシルスがセティを抱きしめようとすると、振り払い「ネフェル……ネフェル」と喘ぐように言う。
ウシルスは、余りの事に暫し呆然とする。
セティが求めているのはネフェルなのだ。
「これ以上薬を飲ますことは出来ないのだな。何か、対処方はないのか?」
アティスの下問に、侍医はうつむいたまま答えにくそうな素振りだ。
「このままではセティが余りにも可哀そうだ。見ているのも辛い。どうしたらよいか、かまわぬ、率直に答えなさい」
アティスの再びの下問に、侍医は意を決して口を開く。
「セティ様が、求めている方がお抱きして宥められるのが……よろしいかと」
「他に方法はないのだな」
「現状は、そのように考えます」
セティが求めている者、それはネフェルだ。喘ぎながら、呼ぶのはその名だけなのだから。
アティスは侍医の返答に、暫し考える。
アティスにしても、そうか、ではネフェルに宥めさせようとは、直ぐにはならない。そんなに、簡単に決められることではない。
セティは大切な弟。両親である国王王妃にとっても最愛の王子なのだ。その至宝とも言える王子の発情を抑えるためとは言え、身元の分からないアルファに相手をさせていいのか――。
しかし、今は背に腹は代えられない――そう言う気持ちになる。
「太子殿、ここは、やむを得ないのではないか?」
やむを得ない――冗談じゃない! どこの馬の骨とも分からん男に大事なセティを抱かせるのか! とても承服できない。
「このままでは、セティが可哀そうであろう。あくまでも発情の熱を抑えるためと割り切ってはどうか?」
つまりは、セティを宥める道具と思え――そういう事だ。
皆がウシルスを見る。後はウシルスの決断だけだ。これ以上、熱に喘ぐセティを見ているのは皆辛いのだ。
さすがのウシルスも、皆の視線の圧をひしひしと感じる。ウシルス自身も、辛いのは本音。
後ろに控えているメニ候を見ると、深く頷く。
決断いただければ、後はお任せを――と言うことだ。
ウシルスは決断した。
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