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第23話 ハーデス星の国へ
再びハーデスと対面するため奥から出た王室一家の面々は皆驚いた。無論、セティもだ。
ハーデスが着替えていて見違えるようだったからだ。
ヘパイストスが飛行船と共に手配した星の国の王子の装束は、豪華なもので今までの従者の物とは全く違う。改めて、ハーデスの星の国の王太子という身分に納得させられる。
「わたくしの臣下、ヘパイストスと申す者でございます。後ほど宰相を、正式にお礼を申し上げに遣わしますが、今はこの者が臣下を代表してご挨拶をさせていただきます」
ハーデスの言葉の後に、ヘパイストスが丁寧にお礼を言上する。ヘパイストスも正装を身に着けている。今はまだ若さゆえ、宰相の身分ではないが、将来の宰相候補。さすが立派で堂々とした言上である。
「正直驚きましたがな。いやはやあの折に、湖畔でセティがお助けしたのは良かったですな。セティの優しさが幸いしましたな」
国王の鷹揚な言葉
に、ハーデス、そしてヘパイストスも頷く。誠にセティの優しさに救われたのは事実。
ハーデスは、国王の次の言葉を待つ。結論は? 許して頂けるのか……。
「先程の申し出だが、事実と心得てよろしいでしょうかな」
「もちろんのことでございます。先程申し上げたことが全てにございます。どうかお許し願いませんか」
「忌憚なく申して、恥ずかしながら我が国は星に国があるとは伝説の世界であった。つまり貴国に関して何も知らぬのです。見知らぬ国へセティを嫁がせるのには不安があるのは正直なところ」
それは全くそうだろうとハーデスも思うので、深く頷いた。
「貴殿も承知とは思うが、セティは正嫡の王子。生まれ落ちた時から大切に慈しんで育てた王子。我が王室一家だけならぬ国の至宝とも言うべき王子なのです。セティには嫁いだ後も幸せでいて欲しいと、それが親の、兄姉の思い。それを分かっていただけませんか」
つまり、今の時点で諾の返事は出来ない、そういうことである。
ハーデスには全く予想通りの言葉ではあった。セティが王室一家の溺愛ともいえる慈しみに包まれていることを、間近に見て知っているからだ。
だからといってこのまま引き下がるわけにはいかない。セティは我が運命の人だからだ。どんな困難でも乗り越えて我が妃にせねばならない人。
「陛下の言上もっともと存じ上げます。先程申し上げた通り、わたくしは本日帰国いたしますが、後ほど必ずや正式に求婚をいたします。国を挙げて我が妃としてお迎えしたい所存にございます」
つまり、本気を出すからそれを見て欲しい。正式な返事はその時もらうと、固い決意を込めたのだ。
ケトメ王国国王と、星の国の王太子の対談は、双方それぞれの思いに違いはあるが、和やかに終わった。
帰国するハーデスを見送るために、王室一家の面々も皆で王宮を出る。臣下たちもその後をぞろぞろと続く。
全員が飛行船とやらを見たいのだ。降り立ったところを目撃した王宮警備の兵士によると、船が鳥のように降りて来たとのことだった。日頃冷静なメニ候ですら、好奇心を抑えられない。
浮足立つ皆に囲まれ、セティだけは気が沈んでいる。飛行船などどうでも良かった。
セティにとってハーデスが帰国する、それだけだった。別れが近い。
父の国王の前で、必ず正式な求婚をすると誓ったくれた。その言葉を信じているが、離れるのは辛い。次は、いつ会えるのだろうか……。
父上が重体と聞いた。直ぐにとはいかないだろう……。ハーデスを信じて待つが……。
「これが飛行船と言うものですか? 見た所船のような物ですな」
「はい、造りは船と同じにございます。動かす力が、船と、この飛行船は違うのです。水の上を進むのと、空を進むには動力の違いがありますが、原理に変わりはありません」
ハーデスの言葉を聞きながら、皆しげしげと飛行船を見る。見た目確かに船のようだ。ケトメ王国の王室専用船と同じような、否それ以上に豪華な見た目。
これが飛ぶとは、未だ信じられない思いだ。いつの間にか集まった民衆たちもわいわいがやがやとかしましい。
ハーデスは、セティに近づき恭しくその手を取る。
「セティ様、わたくしは一度帰国しますが、必ずや正式に求婚し、あなたを妃としてお迎えに上がります。待っていてください」
セティの瞳は溢れそうな涙で潤んでいる。ハーデスの握るセティの手は震えている。
ハーデスはこの愛しいセティを抱きしめたくなった。しかし、懸命に耐える。婚約者でもない身でセティを抱きしめるのは、ケトメ王室に対して失礼に当たる。
体を抱きしめたい思いを、手を握る事で必死に耐える。
セティ! 愛しい人! わたしのセティ!
ハーデスの手の温もりで、セティにもハーデスの万感の思いが伝わる。
ハーデス! 愛している! わたしのハーデス!
ハーデスは離れがたい思いを断ち切るように、セティの手を離す。しかし、心の糸は切れていない。決して切れない二人の絆の糸。
セティから離れたハーデスは、王室一家に辞去の挨拶を述べると飛行船へ近づき、入る前にもう一度お辞儀をすると、セティに視線を送り中へ入っていく。
溢れ出そうな涙を堪えてセティは、そんなハーデスを見送る。ハーデスが中へ入るまで、一瞬たりと離れなかった。
ハーデスが乗り込んで少しすると、飛行船が音を立て始めた。グーングーンとした音と共に微かに揺れ始める。皆、固唾を吞んで見守る。
動くのか!
果たして緩やかに地を離れ始める。徐々に地から離れ、少しづつ上がっていく飛行船。
見上げるくらいの高さになると、速度が上がりどんどんと高くなり、そして小さくなる飛行船。人々のどよめきの中、やがて空へと消えていく。
どよめいていた人々は、皆、感嘆の声を上げる。
本当に船が飛んだ! 鳥のように、そして空へと消えていった。
驚きと、感動に包まれ、騒めいている。
しかし、一人セティだけは違った。
ハーデスが消えてしまった。本当に星の国の人なのだ。星は遠い。それに今はまだ夜ではないから星は見えない。
夜になったら星が見える。その頃には、ハーデスは星に着いているだろうか? でも、星は一つではない。ハーデスの星が分かるのだろうか……。
一人佇むセティの両側を、兄のウシルスと姉のアティスが抱き込むようにする。
二人共言葉はなく、セティを慰めるように、励ますような抱擁で包んだ。
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