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第47話 ケトメ王国での結婚式

 三月が過ぎ、ハーデスは約束通り再びケトメ王国を来訪した。  飛行船の扉を開けた途端に懐かしいセティの香りを感じる。セティも王室一家と共にハーデスを出迎えに来ているのだ。  ハーデスは走り寄りだきしめたい衝動を懸命に堪える。今は我慢だ。あと少しの辛抱。 「両陛下はじめ殿下方直々のお出迎え恐縮にございます」 「再度のご来訪心から歓迎いたします」  ハーデスはにこやかに国王と挨拶を交わし、次に王妃、ウシルス、そしてアティスと順番に挨拶を交わし、セティの前に来る。 「セティ殿、お会いできるのを楽しみにしておりました。今日のあなたは格別に美しい」  ハーデスはセティの手を握る手に力を籠める。その時二人には手を通して電流が流れるように、全身に熱を感じる。 「わたくしもお会いできて嬉しゅうございます」  セティの挨拶は全身に感じる熱と、ハーデスから言われた称賛への恥じらいから、少し震えを帯びている。    ハーデスのセティへの称賛は、誰が見ても同意すること。  ケトメ王国側の人間は、その美しさに星の国へ嫁がせるのが惜しくなる。そして、星の国側の者は、改めて感動、感激するのだった。  その後、王宮へ入り歓迎の宴が催される。セティにとってはケトメ王国の王子として最後の公の場になる。  明日は大神殿でケトメ王国の方式での結婚式。ケトメ王国としてはそこでセティはハーデスの妻になるのだ。独身最後の一日。  セティは精一杯にこやかに振舞った。星の国側の者には気配りを示し、ケトメ王国の者とは親しく言葉を交わし合う。  ハーデスは国王やウシルス、重臣達と言葉を交わしながら、常にセティの姿を追っている。そして、自分が間違っていなかったことを確信するのだった。  セティは美しいだけでなく、王妃として資質も備わっている稀有な人。やはり、セティは自分の運命の人とハーデスは思う。  歓迎の宴が終わると、ハーデスはじめ星の国の一行は、客殿へと引き上げる。見送ったセティは、両親と姉兄に挨拶を済ませ王子の宮に引き上げた。  ケトメ王国で過ごす最後の夜。と言っても明日は準備のため夜明け前には大神殿へ行かねばならない。  セティは心の中で今まで慈しんでくれた両親、姉兄に感謝を述べる。そして、静かに眠りにつくのだった。  夜明け前に起床したセティは、名残惜しい気持ちを胸に王宮を後にする。  大神殿に入ると、神妻たちによって、禊の沐浴を済ませる。その後用意された花嫁衣裳を身に着けていく。衣装は、通常王子が身に着ける婚礼衣装とは違った。王妃になるセティのために、母と姉が大神妻の意見も取り入れて特別用意したものだ。  もう少しで衣装の着付けが終わるころ、母と姉が顔をだす。 「セティ! 思った通りだわ! 素晴らしいですよ!」 「本当に綺麗! ハーデス殿と並んでお似合いだと思いますよ」  母と姉の称賛の声に、セティは嬉しいが、少し恥ずかしい。王子の衣装とも王女の衣装とも違う。特別に用意された物とは分かるが、似合うのだろうか? という疑問もあったので、少しほっとする。  母と姉に伴われ、大神殿の奥の祭壇へ行くと、既に父と兄が待っていた。ここで、セティは家族と最後の挨拶を交わすことになる。  父と兄も、母たち同様セティの美しさを褒めたたえるセティはいつも美しいが、今日は格別で神々しいまでに美しい。 「父上母上、そして姉上兄上今日まで優しく、大いなる愛で慈しんでくださいましたこと、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。セティは父上母上の子供として、姉上兄上の弟として生まれて育ってきたこと幸せでした。この幸せは星の国へ行っても決して忘れません」  言い終えたセティは涙を溢れさせた。必死に堪えていたが駄目だった。  そんなセティを四人は優しく包み込んだ。セティは家族の温もりを全身で感じるのであった。  厳かな鐘の音と共に大神妻が現れセティとハーデスの結婚の儀式が始まる。  ハーデスは星の国の婚礼衣装、一段と豪壮で威厳に満ちている。美しいセティとお似合いの二人の姿に、参列者は皆うっとりした心地になる。  セティの心はハーデスの姿を見た時からドキドキしている。 「ハーデス殿、セティ殿今この時からお二人は夫婦であると神に認められた。神からの祝福が授けられよう」  大神妻が二人の手を握り合わせる。その時びりっと電流のようなものが流れ強固に結び合わせられる。運命の魂の邂逅だった。  その後二人は王室一家から祝福の言葉を受け、国王王妃の後に従い大神殿から出る。すると大勢の国民が待ち構えていた。  国王王妃の後ろから出てきた二人を、大歓声で迎える。  思いがけなかったセティは驚き、そして感極まる。両親に促され手を振ると、一際歓声が大きくなる。  馬車に乗り王宮へと向かった。沿道にもそして王宮前も人が溢れている。皆一目でもいいからセティの姿を見たいのだ。今日を限りに星の国へ嫁がれるセティ王子様の姿を見たいのだ。  皆がセティを祝福しているのだ。神の祝福も嬉しいが、国民からの祝福も嬉しい。セティは改めてケトメ王国の王子に生まれた幸せを思うのだった。  そして自分をここまで育んでくれた祖国ケトメ王国のためにも幸せに、星の国の立派な王妃にならねばと決意を新たにする。  王宮の前には飛行船がとめられ、ヘパイストスとペルディッカスが待機している。  馬車か降りたセティは両親へ最後の挨拶をする。溢れそうになる涙を必死に堪えて……。 「父上、母上今日までありがとうございました」  それだけ言うのが精一杯だった。両親もそんなセティを優しく抱きしめる。最後の抱擁になるのかもしれないと思いながら――。  ハーデスがセティの腕を取り、その背に優しく手をやり飛行船がへと導く。  乗り込む前にセティは振り返り、深くお辞儀をする。祖国への感謝を込めて――。一際大きな歓声が起こり、そしてセティは飛行船の中へ入る。  セティを乗せた飛行船は地を離れゆっくりと空へ上っていくと、突然光に包まれ驚くほどの速さでそれへと消えていった。  今まで飛行船を見送った時にはなかったことで、人々は皆驚いた。  こうしてセティはケトメ王国では、星へ嫁いだ伝説の王子になった。

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