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第2話 慣れというモノの恐ろしさ
【慣れというモノの恐ろしさ】
俺は|山代 茶太郎《やましろ ちゃたろう》。それ以下でも、以上でもない。ただの一般人の、茶太郎。生まれも育ちもこの国。どっかの島国の言葉なんて「コンニチハ」と「イタダキマス」しか知らない。あ、「オツカレサマ」も知ってる。あれはなかなか面白い言葉だ、うん。
でも血筋は完全にそっちの人。黒い髪に黒い瞳……おまけに俺のコンプレックス、父親譲りの低い鼻。小さい頃はよそ者とからかわれて育ったものだ。どこから来たんだと何度も聞かれたし、面倒だからそのまま誤解させてある奴らもいる。
「ちゃた」
短く切りそろえている髪はくせ毛を隠すため。
「……はぁ……」
反対に同居人のショットといえば、金髪蒼眼、色素の薄い白い肌に高い鼻、長い脚……ブロンドはバカだとかも言われるが、俺からしてみりゃ羨ましい。悪口なんて大半は|僻《ひが》みなんだろ、どうせ。
「ちゃた」
「お呼びですかミスターシュート」
リビングにある古い机の上で趣味のガラクタ弄りをしてると床の方から話しかけられた。視線は手元に落としたまま返事をする。
「ドーナツ、たべたい」
「はあ? 無理無理、今は街が荒れてんだから俺は外に出ないぞ」
「なに」
「ったく……普段なんでも食うくせに、こんな時に限ってリクエストすんな」
そんな俺が今住んでいるのは"ゲートの外"と呼ばれる法外地区、スラムの更に端の端。不法滞在している外国人や犯罪者、社会でうまく生きられないような、他に行く場所の無いやつらの行き着く場所。ここは守るべき治安さえない、ある意味では自由な場所だ。
生きたきゃ生きろ。死ぬなら死ね。だから殺されたって文句は言うな。ま、そんな感じ。
スラムにはまだ一応整備された道や駅も残ってるが、ゲートの外は勝手に建てられた家とも呼べないようなバラック小屋がぐちゃぐちゃに乱立してて、道らしい道もない。
そんな場所で俺はこのボロアパートの2階にある一室を占領してこのバカと同居中。その|経緯《いきさつ》はまぁ、今はいいだろう。
かつて冴えないどこにでもいるサラリーマンだった男が、とある事件をきっかけにこの街に居座る事になった。で、命の危険を回避するために|強そうな奴《シュート》に付き纏ってるうちに、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっちまった……それだけの話。
そう、つまり成り行きってことだ。まあそんなの、この広い世界じゃきっとよくある話だよな。
「ドーナツ」
「無理だって、今日は」
俺は銃なんか扱えねぇし、"こんな時"はほとんどこのアパートから出ない。まあ、ショットの連れってだけでそうそう手出しはされないと思っていいんだが……巻き込まれ事故だってあるワケだし。
普段から普通に道を歩いてるだけでも、すれ違ったばっかのやつが数秒後に刺し殺されてたり、刺し殺してたり、むしろ刺し殺そうとしてきたり。そんな事だってある。
とは言ってもモチロン本当に毎日がそんなわけではない。そうだとしたら、さすがに街から人間が消えちまう。少し犯罪率が高くて悪いことをしても法的に罰される心配が無いってだけで、基本的にはここだって普通の街だ。
法に準ずるような住人による暗黙のルールも存在してる。ま、人が集まると自然とそうなるんだろうな。
だから俺もこれまで、それなりにはケガもさせられてきた。それは主にショットのバカな所に原因があって、つまりは"巻き込まれ事故"ってこった。
あれ?てか思い返せばこいつのせいで負ったケガばっかかもしんねえな。
「甘いモンなあ……俺あんま好きじゃねえから…… あ、ココアでも淹れてやろうか」
薄汚れたキッチンに入ってシンクの上にある戸棚を漁りながら聞いてみるが返事がない。
「おい?」
顔を出してリビングを覗き込むけど、ショットの足しか見えないから近寄って見下ろした。
「ドーナツはまた今度な」
「……」
俺の言うコトが分かってんだかどうだか、無のまま見つめられてもどうしようもない。
「な?」
「ん」
今日はそんな|この街《ゲートの外》に暮らす|13~19歳《ティーネイジャー》のガキ共……|所謂《いわゆる》ストリートボーイズのチームの新しいリーダーが決められるらしくて、街は大荒れだ。さっきから遠くでも近くでも銃声が鳴り止まないし、前にも何かでガキ共が揉めてた時はこんな世界の終わりのような場所までわざわざ警察が介入してきたくらいだ。あれはまじで酷かった。
何日も続く銃声のせいか、ショットが妙に興奮しちまって、まあ……その、いろいろあって、なんだかんだで俺の肋骨と右手の指が何本か折れて。
今となっては笑い話……じゃない。そうだな、これもまたいずれ話そう。
そんなわけで騒ぎに巻き込まれない為におとなしく家でダラダラしていると、突然バンッと扉が開かれて誰かがアパートの敷地内に入ってきた。追われてるらしい。
電球が切れたままで薄暗い廊下に顔を出すと来訪者と目が合う。
「お……なんだ、クレイグ。 お前もこのお祭りに参加してたのか」
「茶太郎さん! ここは、そっか、アンタらが縄張りにしてたんすね、すんません」
「いいよ、逃げてんだろ。 裏口も開いてるからさっさと通れ」
息を切らせたクレイグに顎で裏口を示しながらそう言ったが、ショットに遠慮しているようでそれ以上は足を踏み入れない。この街の連中は縄張り意識が高いんだよな。ここならではのルールってのがあるんだろう。
「待て!」
「げっ」
「ちょっ、室内での乱闘は禁止!」
廊下を通り抜けられたって構わねえが、部屋の中で撃ち合いは勘弁だ。なんて言う暇さえなく見たことのない顔が飛び込んできた。
「おいおいおい!」
そいつはリビングの冷たい床に寝そべってまだドーナツドーナツ言ってるバカを飛び越えて、何を勘違いしたのか俺に襲いかかってきた。
「待て待て待て待て! 俺は無関係だ!」
「おい、その人は関係ねえ!」
「うっせぇ!」
慌てて逃げようとしたが、後ろから首を締められる。
「ぐ、ぅ……!」
銃口が見えてゾッとしたその時。
「はなせ」
そうショットが言うと場は途端に静まり返った。
「はやくはなせ」
俺の頭に銃を突きつけてんだからクソガキの方が有利だ。ショットは丸腰なんだからな。それなのにまるで肉食獣に睨まれた兎みてえにガキ共は二人揃ってガタガタ震えてる。
「ちゃたさわるな」
前の揉め事で俺がケガさせられたのを結構根に持ってたらしい。いや、あれ完全にお前のせいだったぞ……と思ったけど、キレたショットは俺には止められないから黙っておいた。
ショットはゆっくりと立ち上がって足元に置いてある自分の銃を拾い上げるが、それでもまだ構えすらしない。
「いますぐ出てけ」
その一言でガキ共は弾かれたように部屋から出て行った。
「……」
「もう出てったよ、ありがとな」
銃をそっと手で押さえて降ろさせると、ショットはまだ興奮してンのか、フンフンと鼻を鳴らしながら甘えるように俺の腰に腕を回してきた。
鬱陶しいが、こんな時くらいは素直に受け止めてやる。ショットは俺より頭ひとつくらいでかい。
「ちゃた小さくなった」
「なってねーよ」
頭に顎を乗せられて腹が立った。言っとくが、俺だってチビってわけじゃねえんだぞ。ちゃんと筋肉がついててしっかりガタイが良いってトコもムカつく。なんか、生物として負けた気分になるから。
「……むかつくからドーナツしばらく禁止」
「なんで」
いや、むしろだらしなく太らせてやろうか。
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