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第3話 シューティング・スター

【シューティング・スター】  寝て起きて、なんとなく過ごす。それが毎日。ああ……洗濯物が溜まってきた。 「下のコインランドリー行ってくる」  どこか遠くで銃声が響いている夜。自分の部屋があるってのに手のかかる同居人は今日も勝手に俺のベッドで丸くなってる。  ラグのひとつもない古びたフローリングに放られてるシャツや靴下を拾いつつ、近寄って一応声を掛けると腰に巻きつかれた。 「おれもいく」 「はあ?いいから待ってろよ、すぐ戻るし」  このアパートの1階は気の良いおっさんが経営する薄汚いコインランドリーだ。あと、ここに住めばいいと言ってくれたのはそのおっさんだ。  ちなみに洗濯物が無事じゃなかったら返金してくれるってサービスが最高で、今まで5回くらい返金してもらってる。こんないい店は他に無いな。  そもそも当たり前に無事で済むコインランドリーがいいけど、そんなのはこの街にはねえんだから、無いモノねだりをしても仕方がない。 「おい離せって」 「んん」  ぎゅうぎゅうと巻きつくショットの腕を押しても引いても一向に離してくれる気配が無い。 「なんなんだよ、行くんならさっさと起きて準備しろよ」  そう言って頭を叩くと唐突にシャツを捲り上げて、ベロリと腹を舐められた。 「うわっ!こら!」  何してんだ、バカじゃねーの!と押し退けて、思わず取り落としちまった洗濯物を拾い上げる。すると今度は立ち上がって後ろから抱き寄せられた。 「なんなんだって!あーもーだったらさっさと起きろよ、いちいち言われなきゃ何もできねーのか?てかこうしてる間に行って帰って来れンだから……」 「おれちゃたすき(fav)」 「はあ?」 「ちゃた、すき(i fav yu)」 「はいはい……」  急に珍しい事言い出してなんだよ、分かってるよ。と甘えてくるガキの頭を軽く撫でてから腕を引き剥がして部屋を出ようとすると、乱暴に頭を掴まれた。で、そのまま振り向かされて上から覆いかぶさるようにキスされた。  その時俺の口からは「!?」って表記するに相応しい声が出たに違いない。 「いきなり何してんだ!バカか!!」 「すき、ちゃた……さわりたい」 「同意を取れ!!」  今度こそ遠慮なく突き飛ばすとショットは壁にぶつかって転んだ。俺はその隙に逃亡。  ――ああ、他人の唇ってあんなに柔らかかったんだっけ……。  って、キスくらいで何を動揺してんだ。俺は童貞か! 「おっさん、馴染みのよしみっつーことでこれ洗っといてくれ!俺ちょっと出る!」 「出るってお前、一人で大丈夫なのか?もう夜になるぞ」 「遠くには行かねえ!」  ショットが追ってきたら嫌だったけど、追って来なくてもなんとなく嫌だったから、一目散に逃げ出した。  ***  そうして俺はガタガタの道を転びかけながら駆け抜けて、ユナイトの法が働く地域までやってきた。何度か会ったことのあるやる気のなさそうな見張りの警官に軽く挨拶をして、東西に長く伸びている"ゲート"を抜けたらそこから先は歓楽街になる。 「……はぁ……」  言ってもゲートの向こうとそう変わりはしねえものの、ここは一応俺でも安心して歩ける場所だ。とにかく頭を冷やそうと歩き出した。  ――ちゃた、すき。  キスされた後、ショットの雰囲気がいつもと違うのに気付いて焦った。今更あの程度のことでこんなに動揺して、カッコ悪……俺。 「はー……もう、なんなんだよ……」  あんなこと言われたのもされたのも初めてだし。でも、もしかして前からずっとそうだったのか?そう考えたら、やけにベタベタしてきたりベッドに潜り込んできたりした理由にも合点がいく。  俺にとってアイツはバカで世話の焼ける同居人でしかなくて。アイツも俺のこと家事してくれる便利な奴みたいに考えてるんだろうなと思ってた。  そりゃ気付けばもうそれなりに長く一緒に暮らして、最近じゃただの他人よりは仲良くなってる自覚はあったけど……まさかそんな、あんな。 「………」  いや、ちょっと待った。もしかしたらあいつ、寝ぼけてただけとか。あり得る。 「うーん……でもなあ」 「こんばんはお兄さん、女の子探してる?」  クソったれ、こっちは真剣に考え事をしてるってのに。グイグイ話しかけて来るウザいキャッチを無視して歩き続ける。 「ちょっと見て行ってもいいじゃん、ほら、結構イイ女ばっか揃えてんだよ」 「……」 「おい、無視かこら」 「うるせえな、消えろ」  念のためいつも護身用に持ってるナイフを抜いて顎に当てつつ睨んでやると男は舌打ちを残して消えた。なにもかもがうざったい。  空気は淀んでるクセにネオンだけはキラキラと輝かしくて騒がしい街にうんざりして|踵《きびす》を返した。  そもそも、今更あの予測不能なバカにキスされたコトくらい、もうどうでもいいじゃねえか。 「はー……バカバカし、帰ろ」  *** 「送ってくれてありがとな」 「危ないっすよ、茶太郎さんだけであんな遠くまで。しかも丸腰で……」 「一応ナイフは持ってる」 「人を傷つける勇気なんか無いくせに」  たまたますれ違ったら心配してアパートまで送ってくれたクレイグに礼を言う。この前の|諍《いさか》いで負傷したのかどこもかしこも包帯だらけだが、まあ元気そうだ。  コインランドリーで洗濯物を回収して2階の部屋に戻ると、ショットが床の上にうつ伏せでぶっ倒れてた。 「おい、こんなトコで何やってんだよ」  そんな掃除してねえからホコリつくし。寝るならベッドで寝ろ、と腕を引っ張って起こす。 「ちゃた……」 「……俺が帰ってこないと思ったのか?」  落ち込んでる様子を見てそう聞くと小さく頷いた。やっぱバカだなあ。 「そうしたらお前、餓死しちまうだろ」  思わず笑うと叱られた後に許されたガキみたいに心底安心した様子で首に巻きついてきた。コイツって表情はまったく変わらねえんだけど、なんか分かりやすいんだよな。 「おれ、おこらせた……ごめん」 「別に怒ったんじゃねーけど……まあお前なりに何かを反省したならよし」  フワフワの髪を撫でてやると、「俺、案外こいつにこうやってくっつかれんの、嫌いじゃ無いのかも」と思えてきた。  それから俺たちは昼過ぎに目を覚まして、遅めの昼メシ食って。その後どっか行ったショットが大量の金を持って帰って来たトコロに「俺もまあまあお前の事好きだぞ(I'm pretty foud of you, y'know?)」とお返しに伝えたら、あのバカ何も言えずに飛び出してって、3日戻って来なかった。

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