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第4話 コウノトリからの贈り物

【コウノトリからの贈り物】 「うわ、死んでる」  コインランドリーのおっさんが死んでた。昨夜、なんか下が騒がしいと思ったんだ。撃たれて刺されて床も壁も血だらけで、洗濯どころじゃねえ。  強盗か、恨みか……洗濯機もボコボコに壊されてて使えそうにない。原因なんか知る由もないが、気付けば割ともう長い付き合いだったから残念だ。  だから俺は仕方なく金を払って掃除屋を呼び、臭い死臭を消してもらった。で、これまた仕方なくゲートの内側のコインランドリーに向かった。  まあ偉そうに言って俺は稼いでないからショットが持って帰ってくる謎の金から支払ってンだけど。そしてその道中でふと目にした、コンビニエンスストアのスタッフ募集チラシ。 「……へえ」  ――よし、俺、ショットのヒモやめよ。  退屈しのぎって言っちまえば間違いない。正直生活費には困ってない。歓楽街にあるコンビニになんとなく好奇心が湧いたってのが本音かもしれねえ。 「ここ、見ての通りこんな場所だからさ、酒やら薬やら酔ってる客とか来るけど、殺されても大丈夫?」  面接時、店長からの質問はそれだけだった。  *** 「俺、明日からちょっと働いてくるな」 「?」 「ゲートの内側にあるコンビニで」  さして興味もなさそうにショットは俺の作ったメシをモソモソと食い続ける。 「朝から昼過ぎまで俺いねえけど、ちゃんとメシ食えよ」 「へへ……」  どうしてイエスかノーじゃなく笑うっていう返事が来るのかわからねえが、まあ反対してるワケじゃ無さそうだからよかった。 「ちゃた」 「んー?」  パン食ってるっつーのに、突然机越しに胸ぐらを掴まれて唇に噛みつかれた。 「こら」  こら。こら。犬かお前は。と頬を舐められて引き剥がそうとする。 「やめろって、ん……ぅ……」  でもショットはガシャガシャと皿もコップも気にせず机に乗り上げてきて、俺の首に腕を巻きつけてキスし続ける。  こんなんじゃムードも何もねえけど、別にイヤなわけじゃ無いから困る。いや、それより困ってるのは……。 「っは……ショット」 「なに」  こいつがキスだけで満足できるインポ野郎ってこった。せっかく俺が"その気"になって腰に手を回して声色を変えて……ここまでわざとらしく誘ってやっても、きょとんとして全く応えやがらねえ。一体なんなんだ! 「お前さあ……なんなの?それ」  項垂れてため息を吐く。 「なに。もっかい。ちゅ」 「このバカ……」  ***  まだ日も昇る前の早朝に目を覚まして、欠伸をしながら着替えて、これから初出勤だ。相変わらず俺のベッドに侵入してくるショット……もとい布団の塊を見下ろす。一応「いってくるぞ」と声を掛けるが、まあ返事は無い。  たまに寝息がヘンな時があるから一応口元に耳を寄せてみたけど、大人しく寝てた。  またひとつ欠伸を漏らしながらドアを開けると見覚えのある二人組がいた。長い金髪のツインテール少女と、その上に肩車されてる栗毛のチビガキ。 「あれ、起きてるー」 「何やってんだお前ら、こんな朝早くから……」 「私たちいっつもこの時間だよ、ちゃたろーがゆっくり寝すぎなんだもん!ね、兄さん」 「ぺらぺらとどうでもいい事を喋るな、この馬鹿」  相変わらず可愛げのないガキ。こいつらはリディアとオーサー、多分この街で1番若い。リディアの手に紙が掴まれてるから新聞配達的なアルバイト中だろう。ぐしゃぐしゃだけど。 「ちゃたろーもかってよ、5ドルだよ」 「高いし。ショットに言えよ、アイツだったらなんもわからずにホイホイ金出すぜ」 「どうせまだ寝てるんだろう、あのグズは」  コイツはこの調子で誰にでも喧嘩を売る12歳のクソガキで、ついでに紹介するとリディアは17歳。オーサーは8歳の時にここに来たらしいが、リディアとつるんでなかったらとっくに殺されて骨さえ残ってないだろう。  でも今はその日稼ぎで立派に生きるこのガキ共はスラムじゃちょっとした有名人だ。その話はまたそのうち。さっさと行かねえと仕事に初日から遅刻しちまう。 「じゃあな」 「どこ行くのー?」 「つまんねえヨタ話を配って回るより簡単で割のいい仕事だ」  再度じゃあな、と繰り返せばリディアとオーサーは去って行った。その後ろ姿をなんとなく見つめる。  リディアは頭は弱いが、とんでもない怪力で瞬発力のある"運び屋"だ。オーサーを肩車してる状態でも軽々と100メートルを12秒で走り、建物の小さな突起を掴んで屋根まで飛び上がる。  ボロのバラック群の屋根を駆け回ってたまに破壊しては恨まれてるみたいだが。 「いいなあ、あの足」  俺も運んでもらいたい。  ***  そんな訳で生意気なクソガキ共と別れた後はゲートを抜けて、まっすぐコンビニに向かった。 「はよーございまーす」  手動ドアを押して入ると店内には店員も店長もいない。その代わり床に血だまりがあった。それは引きずられたような跡をバックルームまで残している。 「はよーございまーす」  もう一度挨拶をしながら狭くて汚いバックルームに入ってみると、店長と店員らしき男が死体を見つめて何やら話していた。 「ああ、ちゃんと来たね」 「じゃ俺これで上がります」 「はいおつかれ」  とりあえず入ってきて、と言われたから仕方なく死体を跨いで奥に入る。 「制服はこれ。で、給料は日払いね。一日が終わる時に渡すから、生きててね」  じゃあ店に出よう。と背を押されて店内に出た。店内は閑散としてる。俺が都会で働いてた時に目にしたコンビニといえば、棚には常に商品がたくさんあって、雑誌コーナーには常に一人は客がいて、レジには店員が2,3人いて、その横にすぐ食べられる暖かいフライドフードが用意してあって……。  でもここはまあ、何も無い。歓楽街だからかコンドームだけは大量にあンのが笑える。 「ま、バーコード通して出た金額分もらえばいいから」 「うっす」  レジ見ててくれたらいいよと言って店長はどっかに消えた。俺はそこらにあったガタガタのイスを引いて来て座り、謎のシミがあるグレーのカウンターに肘をついて外を見た。  やがて太陽が昇ってきて、泣きながら吐くおっさんや血を流しながらフラフラと歩く女が店の前を行き過ぎてくのをぼんやりと眺める。 「……」  そんな風にぼーっとしてると時々客が来て、大体が飲み物を買って去って行く。水商売っぽい女とか、ホストっぽいチャラ男とか。  救いようのないバカだし、法外地区を出て警察に見つかれば即刻捕まるような重大犯罪者だけど、それでもショットの方がずっと生き生きしててまともに見えるなぁ。とか考えて思わず笑った。 「いらっしゃい」  その時、扉が開いたから目線を向けると子供が一人で入ってきた。なんだ、こんな所に珍しい。これから学校に行くのか、ちっさい体に似合わないサイズの、やけにでかい鞄を背負っている。  なんとなく動向を見守ってるとジュースのコーナーで立ち止まり、財布を覗いてしばらく迷ったあと、何も買わずに出口に向かった。 「いってらっしゃい」  なんとなくそう口にすると子供は少し驚いたように振り返って俺を見た。あんまり見つめるから言ったことが恥ずかしくなって「何も買わねえならさっさと出てけ」と吐き捨てた。  パタパタ出て行ったガキの背中を見ながら、オーサーよりもっと幼い……10歳くらいか?なんて考えた。  ***  シケた給料をもらって家に帰るとショットが抱きついて来た。 「……離れろ。暑い」 「おそい」 「バイトだっつったろ」 「なんで」 「どうせ毎日ヒマなんだよ」  このままじゃ脳みそに苔が生える。 「ハラ減った。なんか作るから離れろ」  どうせお前もまだ食ってねえんだろ。そう言っても離れない。最近コイツ、甘えたが酷いな。 「ショット、あっこら」 「ん、んー……」  戯れるように何度もキスされて、下唇を甘噛みされて腰がゾクゾクする。ああ、もうまじで、無理。 「っは……、も、バカ」 「ちゃた、血のにおい」 「ああ、酔ってて暴れる客がいたんだよ」  一発殴られて頬の内側が切れたんだった。その傷をショットの舌がなぞって、ピリピリと痛みが走る。 「ん……っん、はぁ……シュート……」  思わず力が抜けて凭れると顔中にキスが降ってくる。 「そろそろやめろって、おい、こら」  だからテメーは犬か!と押しのけると今度はその手まで舐められた。 「ぎゃあ!!」  慌てて転ぶと覆い被さられて、逃げようとしたけど後ろから腰に腕が回された。ショットの顎が左肩に置かれて耳に熱い息がかかる。 「あ」  思わずブルッと身震いして俯いたまま固まってると頭を撫でられた。 「……っは……あ、シュート」 「ちゃた」  ああ、やっぱ俺が下なんだ?とか思って、もうそれでもいっか……と身を任せるつもりでいたのに。 「よくわかんない」 「……は?」 「わかんない……」  そう言いながらショットの手が俺の腹や胸元に触れる。でも全然エロい感じじゃなくて……。 「っ|擽《くすぐ》ってぇんだよ、このバカ!ああもう……ばーか!!」  下から抜け出して頭に思い切りゲンコツしてやった。  *** 「なあオーサー、好きだって言いあって一緒に暮らしてる奴と触り合ってキスして、その後するコトって何だよ」  後日、おれはバラックの屋上にいたオーサーたちを見つけて、リディアが離席してるタイミングを見計らってそんなコトを尋ねてみた。 「セックス」 「おっ……お前はお前で恥ずかしげも無くはっきり言うよな」  12歳のガキでも知ってることを知らねえなんて、どこの宇宙人だあいつは。 「大方予想は付くが、あのグズの抜けっぷりは果てがないんだから、お前が全部教えてやるしかないだろう。ヤリたいんならな」 「う……うるせー!ガキのくせに……」  俺から聞いたものの、聞いたコトを後悔した。 「そんなくだらんことをいたいけな12歳児に相談するためにわざわざ俺を探しに来たのか」 「自分で言ってりゃ世話ないな。悪かったよ、今度なんか奢る」 「おい」  立ち上がって歩きかけたら話しかけられたから、足を止めて振り返る。 「あいつ、勃つのか?」  笑いながらそう言い放った純粋無垢な天使の顔をしたクソガキを睨みつける。 「可愛くねー……」 「何を言ってる。俺は天使みたいだろ」 「ああ、顔面だけな」  ***  翌日、相変わらずレジでぼんやり過ごしてるとまたあのガキが来た。そしてやっぱり何も買わずに出て行く。扉をくぐる前に振り返って俺を見たから、仕方なく「いってらっしゃい」と言ってやると嬉しそうに笑いやがった。……懐くなよ。  俺がペドフィリアだったらどうするつもりだ。全く。今ドキの子供ってのは、教育がなってねえ……のはウチのバカも一緒か。  コンドームを買って行った男女を恨めしく睨みつける。あーー。心が荒む。ばっかみてぇ。

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