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第5話 法の外でも法の番犬
【法の外でも法の番犬】
少し時を遡ることになるが、これはとある面倒な男との出会いの話だ。
リドル・J・J・クーパーはかつて法に忠実で犯罪と不正を絶対に許さない熱い男だった。それからも熱血漢ではあるが、法に忠実かと言われると少し首を傾げる部分もある。
そして奴は俺より"すこーしだけ"背が高くて、短く切り揃えた黒髪に黒い瞳。鼻が高くて目はくっきりした二重で、いつでも険しい表情してるもんだから迫力に気圧される。ただし、中身を知らなければ。
そんなリドルは、俺とショットがまだ根城を作らずに路上で生活してた頃、唐突にこの街に現れた。
***
「なんか騒がしいな」
妙なざわめきを察してゲート前にある広場の方に行くと、警察官の格好をした男が複数人によってたかって取り押さえられていた。
「離せー!!」
「どうどう」
道ゆく人々は物珍しげに警官を横目で見てはすぐに興味を失って立ち去って行く。
「貴様!5年前に暴行事件を起こしたアラン・マクベニー!」
「そうだったか?もう忘れた」
「あっ、お前は3ヶ月前、裁判の最中で姿を消した強盗殺人犯のヒューズ・アンダーソン!」
「お前、プルプル震えながら強盗だけだっつってたじゃねえか!ははは!」
「すげえな、よく顔だけでスラスラと罪状まで」
「なあなあ俺はわかるか?俺!」
「知ってるさ、連続通り魔のケイシー・F・ウォルフ……」
その様子を建物の影からじっと見ているとショットが後ろから一緒になって覗いてきた。
「ちゃた、なに」
「よくわかんねえ。現役の警察官みたいだ。なんでこんなトコに」
理由はわからねえが、関わらねえ方がいいってのは間違いない。厄介そうな事には関わらないって決めてんだ。だから俺はさっさとショットを引っ張って立ち去ろうとしたのに。
「あぁあーっ!!」
警官の男がこっちを見て一際でかい声を出し、その場の視線が俺たちに集まった。
「お前を探していたんだ、セオドール・A・ブラッドレイ!!」
そう名前を呼ばれた瞬間にショットは銃を抜いて構えようとした。
「ストップ!馬鹿な事はやめろ!!」
あんなトコに撃ち込んだら周りの奴らに当たって、大騒ぎになるかもしれねえ。俺は慌てて止めようとしたけど、目がイッちまってるショットに左頬を殴られて壁に頭を思いきり打ち付けた。
「っう……!!」
びっくりした。今までも雑に扱われる事はあったけど、こんな風に殴られたのはこれが初めてだった。左頬と頭がズキズキ痛んでグラグラと目眩がする。
「ブラッドレイ、貴様を逮捕する!!」
ショットのコトしか見えてねえのか、そんな俺なんか知ったこっちゃないと捕まえられたままの警官がそう叫ぶと、辺りは爆笑に包まれた。
「笑うな!あのゲートさえ|潜《くぐ》れば俺は正式にお前たち全員を捕まえられるんだぞ!」
「はっはっはっは……!こりゃ面白え」
「おい離してやれよ」
「シュートに勝てるか試させてみるか」
「セオドール・A……」
警官がもう一度その名を口にしようとするとショットが引き鉄を引いた。だが珍しく動揺してるのか狙いは外れて、近くでバカ笑いしていた野郎の足に掠める。
「いでぇ!!」
「はははは、撃った撃った、シュートが怒ってるぞ」
「なんだあいつ、ちゃんと感情のある人の子だったんだな」
「うわ、こっちに来る」
「殺されっぞ!」
ギャーギャー騒ぎながら蜘蛛の子を散らしたように野郎どもは走り去って行った。その背中に何発か腹いせのように発砲して、ショットは警官に近づいていく。
「お前を絶対にゲートの向こうに引き摺り込んで、法に従って裁いてやる……!」
立ち上がった警官がショットにそう言っているのを聞きながら俺はとうとう目の前が真っ暗になった。
***
ふと目を覚ますとさっきの警官が俺の顔を覗き込んでいた。
「あれ、あんた殺されなかったのか」
「開口一番それか。俺はリドル。リドル・J・J・クーパー」
「……山代 茶太郎だ」
なんとなく自己紹介しあって、ショットはどこだ。と辺りを見回した。
「リドル、あんたあいつを捕まえるためにわざわざ|こんなトコ《法外地区》まで来たのか?」
「ああそうだ。その為に警察にもなった」
それって、むしろファンとも言える熱狂さだな……なんて言えば腰元のモノで殺されそうだからやめておいた。
「あいつ、どんな犯罪を犯したんだ?」
この際だから、なんとなく本人には聞けなかったことを聞いてみる。
「は?まさか何にも知らねぇのか?」
「いや、さすがにテレビで放映されてる事は知ってるよ」
そう、都会にいた頃から俺はショットの顔を知っていた。猟奇事件や未解決事件なんかの特集で絶対に指名手配の写真がテレビショーに映るからだ。
ちなみに、そこで紹介されるのは毎回こんな感じの内容。
――当時6歳だったセオドール少年は母親と継父に虐待の末に殺されそうになったが、ただの果物ナイフ一本で二人ともを返り討ちにした上に、保護しようとした施設の人間までをも攻撃し、何人もの職員に重体を負わせ逃走。
この時、まさか6歳児の犯行とは思えないほど、正確に動脈や腱が狙われていたらしい。まるで彼は危機に瀕した野生動物のように、誰に教わるでもなく敵の急所を的確に感じ取っている……などと専門家がコメントをするのも毎度の事。
それからすぐに捕まったものの、彼を折檻しようとした警察官が後日、勤め先の交番の前で首だけになって発見される事となる。しかしこの警察官に関しては児童虐待、ペドフィリアの証拠が見つかり、この事件は過剰防衛で、情状酌量の予知もあるのではないか……とも一部では議論されている。
その後どうやって一人で生きてきたのか、12歳の時に一度、平日の昼間から退屈そうに街をフラついていた所をただの非行少年と勘違いした警察に補導され、大人しく生活指導を受けている。
そのまま施設へ入れられる事となり、2年間だけ精神科の通院と保護観察を受けながら真面目に学校へ通ったらしいが、ある日突如として残虐な暴行事件を起こしてそのまま忽然と姿を消し、16歳の時にスラム街で薬の売人をしていた時に同業者も纏めて警察に一網打尽にされ初めて少年院へ。
するとそこで何があったのか、受刑者たちの大半がたった数ヶ月のうちにショットに心酔してしまい、まるで信者のように。果てには大暴動の末に彼を含む数十人が脱獄……それ以降の足取りは依然として掴めないまま。
この暴動は看守、受刑者合わせて何十人もの死傷者を出す前代未聞の大事件となった。他にも余罪は数え切れず、逮捕されれば懲役100年以上……実質の無期懲役は間違いないだろう。
――と、いうもの。
しかしテレビ的には足取りは掴めない、などと言っているが、"ゲートの外"にいる事はこの国に住む者なら誰だって知っている。
それどころか最近ではSNSで時々盗撮写真が流れてきたりもするほどだ。都会育ちの若者たちの間ではスラム街では飽き足りず、ゲート周辺までもがカッコウの度胸試しスポットにされているのであった。
そして奴はそのルックスも相まってか現実に会ったわけでもない相手にまで謎のカリスマ性を発揮して、数年前には狂信者のような模倣犯が現れた事もあった。
更に女子高生たちはまるでアイドルかのように指名手配写真を携帯に保存しては色めき立つ始末。そんな理由もあってか「余罪は数え切れない」とはよく耳にするものの、実際に全部でどれだけの犯罪を侵したかは誰も知らないのだ。また模倣犯が出ては困るんだろうし。
「……それだけ知ってりゃ充分だろ」
リドルはそう呟いて少し考えた後、小さく付け足した。
「環境が悪かったとか、同情的な意見もあるがな。テレビでは視聴率を上げる為にまるであいつも被害者である部分があるかのように報道してるだけだ。あいつは元々頭がイカれてるんだ、生まれ持った犯罪者なんだよ」
よくわからんが、リドルがあいつを心底嫌ってるって事だけはよくわかった。
「で、そんなあいつは今どこでなにやってんだ?」
「ふと気付いたらアンタが地面に倒れて動かないから大慌てして、見ててやるから冷やすもん持って来いっつったらどっか走って行ったぜ」
アンタすごいな。と言われて驚いた。
「親さえも平気で殺してきたあいつが、あんたが失神してるだけで泣き喚きそうなくらい取り乱してたんだぞ」
「……あ、そ」
なんとも言えない情報だ。どうやって懐かせたのか、なんて聞かれても困る。
「で、お前……リドル?はせっかく追ってきたあいつに会えたのに、銃さえ抜かなかったんだな」
「俺は法に従って生きる警察官だ。どんな極悪人だろうが、法で裁く。私刑を与えるあいつらとは違う」
また面倒くさい性格だなぁ。ショットと足して割ればいいのに。なんて思ってるとバタバタ足音がしてショットが現れた。
「ちゃた!!」
「おー」
見ててくれたっつーのに、リドルに「ちゃたからはなれろ」と偉そうに言うから笑う。
「何もされてねえから安心しろ」
「ちゃた、いきてる」
「おかげさまで」
言うとぎゅうぎゅう抱き締められた。で、肝心の冷やすモンは見つからなかったのかよ。相変わらずバカだな。
「じゃあ茶太郎、今日の所は帰る。俺、また来るからな」
「お、おう?」
なんで俺に言うんだ。
――もしかして、また面倒な奴に懐かれたかも?
***
あれから俺とショットの周りを時々リドルがウロつくようになったんだよな。ちゃんと仕事してンのかあいつ?おかげで身を隠す場所を確保する為に拠点まで構えちまって……俺はいよいよこのスラムの住人になったワケだ。
とはいえショットに不用意に近付いたら殺されるってさすがに分かってるみたいで、リドルは俺がひとりの時を見つけてはやけに話しかけにくる。
最初は確かにショットの事をアレコレ聞かれてたんだが……俺だって、アイツよく分かんねえし。最近じゃもはやただの雑談ばっか。いや、友達かっつーの。
まあとにかく、それがリドルとの出会いだった。
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