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第10話 見たくない、聞きたくない

【見たくない、聞きたくない】  シドニーをゲートまで送って行った帰り道、バッタリ顔を合わせたリドルは俺を見るなり「うげっ」と言った。 「なんだよ」 「野生動物に襲われた……ってワケじゃないんだろうな」 「残念ながら相手は人間だ」  うわーっと叫んでしゃがみ込んだバカを相手してる余裕はない。身体中が筋肉痛やら謎の痛みやらで酷い状態だ。  "あれ"から丸一日経ってようやく立ち上がれるようにはなったものの、首は鬱血痕だらけだし噛み跡だらけ。手首も痛い……というか、麻痺してるみたいにうまく動かないし声はカスカスだ。  ちなみに昨日は情けなくも一日中シドニーに看病してもらっちまった。ショットとケンカしたんだって言っといたけど、「そっかそっか!」と笑われて完全に保護者失格だ。 「……もしかして、俺が教えたからか!?」 「今更かよ」  あー痛えと言いつつも別に怒ってはいない。むしろ感謝してる。想像の20倍は怪我したけど、正直俺は痛いし苦しいし、ちっとも気持ちよくは無かったけど、そういうんじゃなくて、そりゃ……先に進むコトを望んでたワケだし。 「あっ」  つい気を抜いたらカクンと足の力が抜けちまって、地面に膝をつくとリドルが駆け寄ってきた。 「おい茶太郎!お前まじで大丈夫かよ!?」 「いっ……!」  支えようと咄嗟に腕を握られたけど、あまりに痛すぎて振り解くことさえできずに唸って耐える。リドルはそんな俺を見てすぐに手を離してくれた。 「わっ悪い、ここもやられたのか」 「あ、ちょっ」  許可もなくサッと袖を捲られると、変色して腫れてる手首が晒されちまった。 「おいこれ、折れて……」 「平気だ。いいから放っとけ」 「そっちの腕も見せてみろ!ああ、てかもう来い!」  突然乱暴に肩に担ぎ上げられてさすがに焦る。 「あっ、うわ、おい!てめ……こら、リドル!!」  体重が腹にかかって苦しい。全身疲労で全く力の篭っていない抵抗をしてみても、さすが元警察官の体はビクともしなかった。  *** 「ほら、ケガ全部見せろ、ちゃんと手当するから」 「わかったよ、逃げねぇからそんな威圧すんな」  それから俺はリドルの小汚い部屋に連れて来られてガタガタのイスに座らされた。逃げねぇからと繰り返すとムスッとした顔で別の部屋へ立ち去り、すぐ救急箱を持って来る。 「とりあえず手首にはこれ」  |氷嚢《ひょうのう》を渡されて素直に両手首に当ててると、首にも冷たいモノが当てられた。 「おわっ」 「悪い、沁みたか」 「いやビックリしただけ」  もう裂傷の表面は塞がり始めてるし、別に触れられても痛くはない。まだまだ内出血や鬱血痕のせいで痛々しい見た目だけど。 「……本当に酷いな」  痛ましいモノを見る目をしながら苦々しく呟かれて思わずため息が出る。 「その手首は?」 「折れてはいねぇよ、多分……」  とはいえ安静に療養できる生活環境じゃねえし、なかなか治らないと思うけど。 「……なんで、こんなことすんだよ」 「別にあいつも俺を殺すつもりでケガさせたんじゃねえし。ただ……バカだから。加減を知らなくて」 「それでもさ」  優しく腕を撫でられて、痛くない人肌との接触に不本意ながらホッと息を吐いた。 「……俺があいつの立場だったら……絶対に優しくしたいよ」  いや、勢いで襲おうとした俺が言えることじゃねぇよな……と肩を落としてリドルは立ち上がった。 「送ってく」  ***  住み慣れたボロアパートに着くとまだ午前中なのに珍しくショットが起きてて、物音を聞きつけたのか薄暗い廊下に顔を出した。 「お、ショット……」  そしたらリドルと一緒にいる俺を見るなり乱暴に服を掴んで室内に引き寄せてきたから、反応も間に合わずにドタッと床に転がる。 「うわっ、あ!」  咄嗟に手をついてしまって、一瞬だけ左手首に全体重がのしかかった。明らかに今までと違う痛みに|蹲《うずくま》る。ああ、マジで折れたかも。 「っぐ、ぅ……!」 「おい!!」  ショットは駆け寄って来ようとしたリドルと俺の間に立ち塞がって、威嚇するように「ちゃたにさわるな」と低い声を出した。 「テメーは何を考えてんだ、怪我人だぞ!!」  揉めそうになるといつもはすぐに引き下がるリドルが珍しくショットを押し退けて駆け寄って来る。 「茶太郎っ!大丈夫か、どこが痛い?」 「はっ、はぁっ……ひだ、り……クソ、はぁ……あー、折れた、かも……」  痛みのショックで動悸がして、冷や汗が出て、息が苦しくなる。勝手に涙も出てきたけど、なんとか耐えた。リドルの手が落ち着かせるように俺の背中に触れた瞬間、俺はショットに首根っこを掴まれてリドルは廊下に蹴り飛ばされる。 「ちゃたにさわるな!」 「お前……っいい加減にしろ!!痛がってんだろ!!」  自分の威嚇を上回る剣幕でブチ切れたリドルにショットは勢いを削がれて少し冷静になったみたいだ。コイツに雑に扱われ慣れ過ぎていた俺も「え、そんな怒ることか?」とビックリしてしまう。 「茶太郎はモノじゃねぇんだよ!生きてて、お前みたいな馬鹿力が適当に触れたら簡単に傷がつく!お前に乱暴に扱われて……っ、ちゃんと見ろよ!あちこちボロボロだろ!そんなに好きなんだったら……何よりも大切にしろよ!!」  パッと振り返ったショットと視線が合うとその目が心配してるみたいに見えて、気が緩んじまったのか俺は思わずポロポロと泣いてしまった。 「あ……っ?や、こ、これは別に」 「ちゃた、泣いてる」  サッとしゃがんだショットが慌てたようにグイッと俺の手首を掴んだ。 「う、い……っ!」  耐えたつもりだったけどビクッと体が反応してしまって、驚いたようにすぐ離される。 「ご、ごめん、ちゃた、いたい?」 「ショット」 「どこいたい?ちゃた、泣いたらいやだ」 「だ、大丈夫だから……ちょっと待て」  一度流れ出したら止まらなくなっちまって、泣いてる顔を見られんのが恥ずかしくて顔を伏せた。 「茶太郎、ちゃんと病院に行こう」  気遣うように肩に触れられて、そっと引き寄せられた。リドルの肩に頭を預けるような体制になって、今だけは安心する。 「連れてくぞ、いいな。このまま放っておくと変に治って、手が元通りに動かなくなるかもしれない」 「ちゃた、ちゃた……」  聞いたことのない、ショットの不安で堪らないって声。 「よく見ろ、ブラッドレイ、お前がやったんだぞ!この腕も、首も!全部痛がってる!お前が茶太郎を泣かせてるんだぞ!!」 「……」 「リドル、いいから」  正直、痛いし恥ずかしいし、今は早く病院に連れて行って欲しかった。 「ちゃた……」 「ごめんなショット、すぐ帰るからな」  待ってろよと言い聞かせて、リドルに支えられながら部屋を後にした。  ***  |法外地区《ゲートの外》には無いが、荒れたスラムでも病院ってのはちゃんとある。しかしこんな世の果てみたいな場所の歓楽街なわけだから医者にかかる人間のパターンも知れているんだろう。 「よほど熱烈なお相手なんですな」  呆れたように傷の手当てをしながら「ま、ほどほどに楽しみなさいよ」と言われて何も言い返せず羞恥に頷く。見せられたレントゲンでは手首の骨を横断するヒビが入ってた。 「少しだけズレてるね。折れた後に手を付いたりした?」 「……あー、はい」 「あなたね。DVはしてる側もされてる側も依存になるんですから、ま、早めに別れなさいね」  ズバズバ言う人だな!と思いながらも全く反論できないから黙っておいた。

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