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第21話 猛獣注意、興奮させないでください

【猛獣注意、興奮させないでください】 「いいよ、俺そういうの興味ねーから」 「だからなんでだよ!」  シドニーを送り出した後、コインランドリーに向かって歩いてるとどこからともなく現れたリドルが持って来たSMバーのチラシを投げ捨てる。最近出来たらしい。ポールダンスやストリップショーはあったけど、SMバーってのは確かに無かったかもな。 「こういうので正しいSMを学んどけ?お前らのはいろいろ間違ってるから」 「ずっとお前だけが間違ってんだよ」  ほらオープン記念で緊縛ショーだって!と言われて無視して歩き続ける。俺は洗濯しに行くんだ。 「わかった……お前ほどになるともうボディサスペンションとかじゃなきゃ満足できねぇんだな」 「あーもーうるせーな!ついてくんな!帰れよお前!」  お前を真っ当な世界に連れ戻したいんだ!と言うやつが持ってくるモンがSMバーのチラシとは、世も末だ。いや、この街が世の末なんだった。 「ヤツも興奮して正しいSMを学ぶ気になるかも」 「いや、あいつを意図的に興奮させようとすんじゃねーよ」 「それもそうだな」  ただでさえどこにスイッチがあるか分からねえ危険なやつなのに、わざとそんな事して殺されたら目も当てられねえ。 「てかマジで帰れ。あいつ、お前と会った日は機嫌悪くなんだよ」  当然のようにコインランドリーにまで一緒に入って来ようとする暇人に振り返って"利用者以外立ち入り禁止"の看板を指差した。 「え、お前らってその日一日、誰と会ってたとか報告しあってんの……?」 「ドン引きしてんじゃねぇよ!報告してるわけねーだろ!」  多分ニオイとかでバレてんじゃね、と言うとリドルはゲラゲラ笑った。 「まじでケモノ!」 「そうだな、人の姿をしたトラだとでも思えばあいつへの理解が深まると思うぜ」 「生憎、微塵も理解したくなんかないね」  去っていく背中に中指を立てておいた。  ***  ゴウンゴウンと回る洗濯機をぼんやり見つめながら、謎の液体に濡れてカピカピになってる3年前の雑誌をなんとなく捲る。最近、シーツを洗う回数が増えすぎだ。 「あー爛れてる……」  ボディサスペンションね……。俺はキョーミねえけど。ショットが縛られたり刺されたりして宙吊りにされてたら、割と大盛況の見せ物になんじゃね?と想像してくつくつと笑う。  そもそも、そんな事したら絶対、日頃から恨みを抱いてるやつらに秒で蜂の巣にされちまうだろうな。  ――いや、でも縛られてるショットはちょっと見てみたいかも。  めちゃくちゃ怒って睨み殺されそうだな……あの綺麗な目で。 「……あ、やべ、よだれ垂れてた」  あほな妄想をしてたらピーピーと洗濯の終わった音が鳴り響いて、口元を慌てて拭った。 「お」 「あ、ちゃた」  乾燥まで終わって、大量の洗濯物とシーツを両手に抱えてゲートの外へ出るとぼーっと歩いてるショットがいた。 「よお。お前、何してんの?」 「ごあいさつ、した」 「どこに?」 「へへ」  よくわかんねーけど機嫌が良いみたいでヨシ。シーツ持てと押し付けたら文句も言わずに受け取った。 「今日の昼メシ何がいい?」 「からいの」 「え、辛いのがいいのか?珍しいな」  そんな会話をしながら歩いてるとよく知った後ろ姿が見えて声をかける。 「よぉクレイグ、前の銃ちゃんと使えてるか?」 「茶太郎さん!」  声をかけた相手はにこやかに振り返ったが、俺の隣にいる猛獣を見て一気に表情が引き攣った。それに、一緒に立ち止まって振り返った他の三人にもどうも見覚えがある。  ああそうだ、少し前にカツアゲしてきた三人組だ。別に何も盗られずに済んだから根に持ってねえけど。 「なんだ、そいつら友達だったのか?」 「え、会った事あるんすか?」  そう聞きつつも、クレイグはチラチラとショットを見て間合いを取っていて、出来れば早めに退散したいってのがヒシヒシと伝わってくる。  若いやつらの間ではきっと、いつキレて噛みついてくるか分からない危険人物って感じなんだろうな。ま、普段から俺のいない所では常にそんな感じなのかもしんねーけど。 「前にちょっとな、仲間割れしてないみたいで良かったよ」 「……そりゃどーも」  クレイグは「こいつら最近ここに来たんです、尖ってて危ないから、色々教えてやってて」と教えてくれた。こいつなんでこんな優しくて人当たりが良いのにこの街にいるんだろうな? 「お前んとこのチームに入れるのか?」 「いや、一回入ったらもう死ぬまで抜けられないんで」  サラッと言うが、とんでもねー事だ。若い三人はバツが悪そうに視線を逸らしている。しかしこいつらにもこの街で生きていくしかないそれなりの理由があるんだろう。 「ストリートキッズも楽じゃねえな、コンビニでバイトでもすれば?」 「ちゃた」 「ん」  会話に飽きたのか少しイラついたような声音で呼ばれて、その声にガキ共はビクッと驚いたようだった。振り返るとショットに横から首を雑に掴まれてカエルみたいな声が漏れる。 「ぐぇっ!」 「かえる」 「分かったから、そういう時はせめて服か腕を掴め!」  人間には持っていい場所と持っちゃダメな場所があるんだよ!と説明したが分かってなさそうだ。 「またなクレイグ!」 「茶太郎さんって、すげーよな」  最近、リドルといいクレイグといい、ドン引きされた目で見られる事に慣れ始めてる俺がいるな。  ***  辛いの、なんかあったかな……とキッチンの戸棚を漁ってると何かのロープが出てきたから、ふと魔が刺してシーツを取り替えてるショットに後ろからこっそりと近寄った。  出来るか?って聞くと「できる」って言ってたけど、どう見てもぐちゃぐちゃだ。まあやろうとしてくれただけで及第点だな。なにしろこいつは赤ん坊なんだから。 「おりゃ!」  絶対に気付かれてないわけ無かったけど、なんとなく俺がコソコソしてるのを感じ取ったのか振り返らずにいてくれたショットの温情に甘えて遠慮なく捕らえさせてもらう。 「ん、なにこれ」 「いいからここ持て」 「いまコレしてるのに」 「ごめんて」  文句を言いつつもロープの端を素直に持つショットに思わず笑いながらそれをグルグルと2周だけ軽く巻きつけた。 「はは、捕獲だ捕獲」 「っおれ……これ、いやだ」 「あ、おいっ?」  そんなキツく巻いたつもりは無かったしいつでも自分で外せる状態だったのに、ショットの体が突然ぐらっと傾いたから慌ててベッド側に倒れさせた。 「ショット……おい、ショット!」 「はっ、はぁ、はぁ」  すぐロープを外して、浅く早い呼吸を繰り返すショットの背中を撫でる。俺、またなんか余計な事を思い出させちまったのかも……。 「う、ぅ……っ」  喉が詰まってんのか、ザラザラとノイズの混じった呼吸音が部屋に響く。 「ショット、悪い!もう外した、もう大丈夫だから」  ベッドに伏せたままの背や頭を落ち着かせるように撫で続けてると、しばらくしてその手を握られた。その指先はすげー冷たくなってて、何かに怯える小さい子供みたいに見えてくる。  まさかコイツにこんな弱点があったとは。まず簡単に縛られるような事態にならねぇとは思うが、二人きりの時に知っておけて良かった。 「抱きしめていいか?」 「ん」  確認を取ってからそっと肩に触れると、ショットから抱きついてきた。そのままベッドの上でしばらくハグをする。 「落ち着いてきたか?ごめんな」 「……からいの、食べる」 「ん。すぐ作ってやるから待ってろ」  頬と左目にキスしてやると漸く落ち着いてきたみたいで、呼吸も元通りになったからホッとした。  そんな事があったせいか無関係かわかんねーけど、その日の夜はちょっとだけ激しめだった。ちょっとだけな。ただ、やっぱり無闇にコイツを興奮させるべきじゃねえ……と思ったのは紛れもない事実だ。

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