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第22話 お前ってそんな事してたの?
【お前ってそんな事してたの?】
街に出て必要なものを買い込んでると、ふと気になった。あいつってたまにドカドカ金持って帰ってくるけど、これってどこの何の金なんだ?
「うーん……」
銀行口座を持ってるようにも見えねえし、そもそもゲートの外にATMなんか無いしな。あいつの事だから気にしても仕方ねえくらいに思ってたけど、一旦気になり始めるともうどうしようもない。ここ1週間くらい姿は見てないものの、たまに着替えに戻って来てる形跡があるので生きてるらしい。次に会った時に聞いてみるか。と考えながら卵をカゴにつっこんだ。
部屋に戻るとリビングで学校の宿題をしてたシドニーが「おかえり」と声をかけてくれた。
「ショットは?」
「さっきドタドタ帰って来たけど、またどっか行っちゃった」
ついでに頭を撫でられたのか、くしゃくしゃになってるシドニーの髪を整えてやる。
「あいつって、普段どこで何してんだろな」
「この前ちょっと聞いてみたよ」
「何を?」
荷物を机に置いて買ってきたものを整理してると、シドニーが一枚の紙を持って近寄って来た。どうやらそれも宿題らしい。
「ごりょーしんのお仕事について聞いてみましょうって言われたから」
「なんだ、俺には聞いてくれてねーじゃん」
「とーちゃん働いてないの知ってるもん」
その通りだけど改めて言われると傷つく。
「た……たまには稼いでるよ!」
「知ってる。 ガラクタ修理して売りつけてる」
「書くなそんな事!」
しかも母親の欄じゃねえか。
「はぁ……で? ショットは何て言ってたんだよ」
「えーとね」
「ととって、何の仕事してるの?」
「……」
「生活費はどうなってんの?」
「なに」
「お金!どうしてるのって!」
「もらう」
「誰に?」
「いつもくれる」
「もういいや。 ととは誰かのヒモ……と」
シドニーの宿題の紙には確かに"誰かのヒモ"と書かれていた。
「結局なんも分かってねーじゃん! あいつがどっかの誰かの世話になってる事しか!」
「どっかの誰かの世話になってるって事が分かったね」
父親が"誰かのヒモ"で母親が"ガラクタを修理して売りつけてる"と書かれたシドニーの宿題に頭を抱える。
「こんなの提出したら間違いなく児相行きだ! シドニー、一緒に暮らせなくなるぞ!」
「大丈夫だよ、前回は父親は"いない"で母親は"売春婦"だったし、クラスのみんなもそんな感じだよ」
「これだからこの辺りの奴らはよぉ!」
とりあえず、ショットがどこの誰に良くしてもらってんのか確認しておきたい。もしかしたらマフィアとかかもしんねーから、ヤバそうならもういいけど、別に。そっから出てる金で生活してんだから、今更だけど、俺だって無関係じゃねぇんだよな……。
「ショットが帰って来たら家族会議しような」
「え、それって凄く家族っぽいね!」
***
真夜中、ガタガタと物音で目を覚ますと頭から血を流したショットが帰って来た。
「んん……静かにしろよ、夜中だぞ」
「ねむい」
服まで血だらけだ。でも傷はそんなに深くないみたいで、もう血は止まってた。
「腹減ってるか?」
「ん……わかんない」
髪をかき分けて傷を確認してると嫌がるように仰け反って逃げられる。こいつって痛覚あんま無いのかな。全く無いわけじゃないのは知ってるけど。
「あのさ、お前に良くしてくれてる人って誰?」
「なに」
「えーとな……誰が金くれてんだ?」
「ん、|首領《ドン》」
「やっぱマフィアなんだろ!!」
「?」
やべ、デカい声が出た。ショットの部屋のベッドで寝てるシドニーをこっそり見るとよく眠ってるみたいで安心する。こいつももう深夜の騒音にすっかり慣れてきたな。
「あう?」
「えー……いや、うん……その人、怖い?」
「ちゃたあいたい、言う」
「おいそれ断ってんのかよ!?」
「んん、わすれる」
俺が断ってると思われてんじゃねーだろうなと冷や汗が出るけど、そもそも俺の存在を知られてるのかよって事に背筋が冷えた。
お前マフィアとどういう関係なんだよ、んで俺はどういう立ち位置だと思われてんだよ。
「あー予想はしてたけど、マフィアの金をバカスカ使っちまってたのかよ……墓場まで知りたくなかった」
「行く?」
「今は夜だから、明日にでもな……」
そうして俺はマフィアへの"ご挨拶"に付き添う事になったのだった。
***
翌日、学校の無いシドニーに家で大人しくしてるよう言いつけて俺はショットと一緒に出かける準備をしていた。
「もし何かあればリドルんトコに走れな」
「とーちゃんはどこ行くの?」
「お化け屋敷」
「よく分かんないけど、怖いトコって事だね」
「そゆこと。 じゃあな」
頭を撫でてやるとシドニーは嬉しそうに目を閉じる。額にキスするとショットも真似をして同じようにキスをした。
あのアパートに腰を落ち着けてからはゲートの外側を無闇にウロつく事も減って、久々にコインランドリーとゲートへ向かう以外の道を歩いた。
「シュート、今日は茶太郎も一緒か」
「……」
「おいお前ら、ちゃんとメシ食ってんのか?」
「ああ、食えてるよ」
聞こえてないハズがないのに、ショットは基本的に話しかけられても返事をしない。まあ俺が話しかけても半分くらいは返事がないけど、他のやつらには更に顕著だ。
「よお、どこ行くんだよ」
「俺も知らねえんだ」
でも街のやつらは気を悪くする様子もなく遠巻きに、それでも気さくに声を掛けてくる。それもそう、もし機嫌が悪かったらうっかり殺されかねない。初めて会った時はまさにそんな感じだった。それはまた追々話すけど。
そんな風に声を掛けられつつしばらく歩いて、割とデカい建物の前でショットは立ち止まった。扉は仰々しい装飾付きで、こんな荒廃したスラムの更に奥地にあるとは思えない存在感だ。明らかに普通じゃ無い。
「ここ」
「おお、ちょっと待て心の準備が……おい!」
戸惑う俺を無視してショットはノックすらせず目の前の扉を引く。
「あれ、どうした今日は」
「ちゃた連れてきた」
入り口にいた男は俺を見て「どうもいらっしゃい」と事も無げに言うとすんなり通してくれた。こいつ、顔パスなのかよ。
「……え、お前ってここの構成員だったりする?」
「なに」
「いいよ、この奥にいる人に聞くから」
その方が早そうだ。
慣れた足取りでショットが向かったのは3階だった。
「お、珍しいな、何してんだ?」
「よお、そいつが噂の"ちゃたろー"か?」
ここでもショットは周囲の呼びかけを平然と無視するもんだから俺もだんだんいつも通りの気分になってきた。そしてある扉の前で立ち止まって、近くに立ってるやつに一声かけた。
「いい?」
さすがにボスの部屋に入る前には確認を取れと怒られたんだろう。多分、どこを通るにもそれは言われてるハズだが、こいつの頭ではここで確認を取る事を忘れないのが精一杯だったと予想できる。
「いいぜ。 確認できて偉いな」
ショットが扉を開くと内線らしき受話器を手にしていた恰幅の良い男がこっちを見た。
「ああ、ちょうど今入ってきた。 いい、いい。 構わん」
入り口に立ち尽くす俺とは対照的にショットはズンズンと部屋の中に踏み入って、おそらく|首領《ドン》らしき男に声をかけた。
「ちゃた、きた」
「まあ座れ」
男の口元は朗らかに笑っているが、目は凍りつくほどに冷たい。しかし怒っているわけではなさそうだ。
「急に来てすんません」
「どうせこいつに振り回されてんだろう」
「はあ」
応接用らしいソファに促されて座ると、ショットも隣に座った。
「さて……まず、この街で暮らしていくにはウチへ挨拶をしなきゃなんねーのは知ってるか?」
「……」
知ってて来ねぇわけがあるかよ。
「ってのは冗談だが、ある程度の住人の把握はさせてもらってる」
笑えなさすぎる冗談に一瞬心臓が止まったが、てめぇこの野郎と言えるはずもなく黙っておいた。
「行き過ぎた事をしてなけりゃ何も言わねえ。 あの元警察官の野郎もな。 ただ、ここら一帯の治安はウチが維持させてもらってんだ。 それだけは知っておけ」
「……分かりました」
「そう|畏《かしこま》るなよ、シュートから聞いてんじゃねえのか」
こいつに複雑な交友関係を俺に説明するだけの脳みそがあるとお思いで?と言いたくなったが、首を振って答えるだけに留めた。
「なんだ、それじゃ説明もなしでいきなりこんなトコに連れて来られたわけか。 てめぇもなかなか肝が|据《す》わってるじゃねえか」
「いや……まあ、ショットがいるんで」
これじゃ虎の威を借る狐のような言い草だったなと思ったが、なんとなく言っておかなきゃいけない気がした。
「ははは! 違ぇねえ、それが分かってんなら上等だ」
首領が近付いて来るとショットが立ち上がった。
「俺とお前の仲だろ。 そいつにだって何もしねぇよ、威嚇すんな」
「……」
「わかったわかった」
この随分な態度を見るに、こいつはここの構成員ってワケでは無いらしいな。
「俺はシュートを実の息子みたいに思ってる。 そいつの大事な相手となれば、絶対に手出しなんかしねぇってのによ……いつまで経ってもこいつの信用が得られないってのは寂しいモンだぜ」
なるほど、こいつと一緒にいるとガキ共が近寄ってこない理由が今更わかった。何かあっても身を守れない弱っちい俺に自分以外の人間が接触するのが嫌なんだな。もし相手が突然ナイフや銃を抜いたり、俺に飛びかかってきても対処できる距離までしか接近を許す気は無いらしい。ガキ共は俺にあんまり近付くとショットがキレそうだって肌で感じてるんだろう。
「……」
だとするとリドルの存在が許せない理由もよくわかった。でも前はそこまで酷くなかったと思うんだけど……おい、つーかそれって……単に"独占欲"なんじゃね?
「シュート、わかったから座れ。 ここで話そう」
首領は「まず俺たちの話をしなきゃなんねえな」と言って、こんな昔話を聞かせてくれた。
――その時、首領はひとり息子と喧嘩中だった。だから、下手を打って警察に捕まった息子の保釈金は支払わなかった。親父に似て頑固だった息子も決して頭を下げたりせず、そのまま監獄行きになった。そこでそいつはショットと同室になったらしい。
二人はすぐに仲良くなって、生意気な田舎マフィアの息子だってボコられそうだったそいつをショットがよく助けてくれたりもしたらしい。それで反感を買って挑んでくる他の受刑者も片っ端から叩きのめしたもんだから、ショットの強さが監獄に知れ渡るのにそう時間はかからず、二人に手を出す奴はいつの間にかいなくなった。それどころかその強さに心酔した奴らがショットを勝手に祀りあげて、脱獄計画が練り上げられていった。
首領の息子はその脱獄中に酷い傷を負っちまって、それでもなんとかここまでショットを連れてきた。そして、ショットにどれだけ助けられたのか、こいつがバカだけどどんなに純粋なやつなのか……それを死に際に訴えて、逝っちまったらしい――
「しょうもねえ奴らに利用されないように、面倒見てやってくれって……あの頑固な息子がこの俺に"こいつを頼む"って言ったんだ」
「……そうか」
「だから、シュートは俺の第二の息子みたいなモンなんだよ。 |この街《ゲートの外》に来たばっかの頃はここにも住まわせてたくらいだ」
それに、そんな理由がごちゃごちゃ無かったとしてもこいつ可愛いじゃねえか、悪巧みする脳もねえ筋金入りのバカでよ!と言うと首領は豪快に笑った。まあ……それはわかる。こいつは妙に人の心を掴むのが上手いというか、人たらしというか。裏表が無いからなのか。
「……なるほどね」
そりゃ親の事とか、その後の事も……ここに来るまでは色々あったんだろうけど、少なくともこの街ではこいつは周囲からほどほどに受け入れられてると思う。こんなゴミ溜めみたいな場所だけど、そんな風に生きていける場所が見つかって良かったなと心底思った。
「そいつがこの街をウロついてくれるだけで抑止力にもなってんだ。 |ウチ《ファミリー》が動けば大事になるから、助かってる」
よくわからねえが、縄張り意識ってやつかな。こいつもよくあちこちフラフラしてるみたいだし、一応そういうのがあるのかもしれねぇ。たまにデカめの怪我して帰ってくんのは正直心配してんだけど。
「だから生活費はいつも渡してやってる。 その金なら気にすんな。 息子が世話になった礼だ」
そして首領は立ち上がると窓の下を指差す。
「それに、何も考えてないような顔しながら、シュートは息子の月命日にいつも墓に来て何かを語り合ってる。 こいつは本当に"|身内《ファミリー》"思いなやつだ」
「えっ」
思わず隣のショットを見た。首領の話を聞いてるのか聞いてないのか、キョトンとした顔で見つめ返された。
「お前そんな事してたのかよ……」
「なに」
正直、俺とシドニー以外のやつにそんな風に心を許すショットが想像できない。
――もしかしてショット、そいつの事好きだったのかな。
そんな事を一瞬考えて慌てて思考を切り替えた。いやありえねえだろ。これはまじでだせぇ。
「お前がこいつに人間らしい生活をさせて、ちゃんとメシを食わせてやってくれてるのも知ってる。 それは俺にはできなかった事だ」
ここに住まわせてた……って言ってたけど、上手くいかなかったんだろうか。詳しく聞きたかったけど、この街に来たばっかの頃って事は、息子が亡くなった直後って事だ。こっちから軽率には踏み込みにくい空気を感じた。
「だからお前に礼が言いたくてよ。 連れてこいってずっと言ってたんだ」
「ああ、そういうこと……」
漸く全ての合点がいって、俺は安堵に胸を撫で下ろした。
「それにしても、そろそろあの元警察官にはここに"挨拶"に来てもらう必要があるな」
さっきからょこちょこ話に出る"あの元警察官"ってのは、間違いなくリドルの事だろう。
「あの程度の奴にシュートが捕まるわけがねぇが……それでも、もしこいつに本気で手出ししようもんならウチが黙ってねえってこった」
ああ、なんて分が悪い戦いなんだ。俺はリドルに心から同情した。
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