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第24話 お前の特別の特別になりたいよ

【お前の特別の特別になりたいよ】  シドニーを学校に送り出して帰ってくるとアパートの前でショットが俺を待ってた。目が合うとフラフラと手を振られて驚く。俺を待ってるなんて初めてだし、こんな時間に起きてることも珍しい。 「どうした?」  何かあったかと駆け寄れば「ロアのとこ、いく」と言われて一瞬何の事かわからなかった。 「……あ、|首領《ドン》の息子さんか!」 「ん、いく?」 「え……いいのか?だって……」  お前の特別な人なんじゃ……そう思ったけど、わざわざここで待ってまで俺を誘ったのは、一緒に行きたいっていうこいつなりの意思表示だよな。もしくは、前に首領から話を聞いた事で俺が興味を持ったかもと考えてくれたのかもしれない。 「なに」 「いや、なんでもない。 ちょっと待ってろ」  見るからに手ぶらなショットはまあ毎月行ってんだから良いとして、俺は初めて行くから一応供えられるように酒を一本手に取った。 「なにそれ」 「礼儀ってやつだよ」  ***  首領の息子、マウロア……"ロア"の墓は首領の部屋から見下ろせる中庭にあった。きちんと手入れされている芝に、親の愛を感じる。ショットに聞くとここは首領の個人宅らしい。それもそうか、そんな簡単にマフィアの拠点が知れるわけもない。普通はボスの家もだと思うけど……まあこの街は|治外法権《ゲートのそと》だからな。 「……」  ショットは「これロア」とだけ言うと墓の前に座り込んで、真剣な顔でずっと黙っている。  どうせこいつの頭の中の事は俺にはわかんねぇし、何を遠慮しても仕方がねえから、俺は俺の好きなようにやるしかない。それも慣れたモンだ。 「ちょっとズレろ」 「ん」  しばらくしてもまだ"語らってる"つもりらしいから、俺はそんなショットを少しだけ押しのけて墓を見下ろした。  ――アンタが、こいつの親友か。  マウロア……確か、永遠って意味の言葉だ。本当に親父に愛されてたんだろうな。 「すわる?」 「ああ、そうだな」  腰を下ろすと柔らかい芝生が心地良かった。 「……仲良かったんだってな」 「うん」 「好きだった?」 「うん」  少し考えた後、ショットは左目に触れた。 「あのとき……|これ《左眼》、なくした」 「その目、その時にやられたのか」 「……まもれなかった」  自分で聞いておきながら、心臓がぎゅうと苦しくなった。もうこの世にいねぇ相手に嫉妬するなんてマジでくだらねえ。でも、今もマウロアがもしも生きてたら……こいつの隣にいるのはきっと俺じゃなかったんだろうと思うと、やっぱり何も感じずにはいられなかった。 「死んだ相手にゃ敵わねえな」 「?」  二人が"恋仲"だったかどうかは分からねぇし、そんな事はどうでもいい。ただ、きっとショットの中で、マウロアは一番の存在として生き続ける。それは、二人が最高の親友だったまま時が止まってるから。 「ショット……俺は、お前が一番の特別だよ」 「おれも、ちゃたトクベツ」 「うん、ありがとな」  俺は生きてこいつの隣にいられて、今この言葉がもらえるだけで満足しなきゃならねえんだと思う。それ以上は望みすぎなんだろう。  ***  まだ何か伝えたいみたいだったショットを置いて俺は先に帰ってきた。一人で帰るのを心配されたけど、日も明るい時間だし、一応はナイフも持ってる。それに、今は少し一人になりたかった。 「はぁー……」  シドニーを迎えに出るまで、あと2時間くらいある。ちょっと寝るか……とソファに寝転がったけど、目が冴えて眠れない。 「……」  あんな穏やかに、何十分もあのショットがじっと黙って座り込んで。今までも毎月ああして、あそこで過ごしてたのか。そこに俺には到底入り込めそうにもない絆を見た気がした。  俺は都会で暮らしてた頃から実の親父の墓参りにだって一年に一度しか行ってなかったし、軽く挨拶をして、掃除をして、適当に近くに腰を下ろしてメシを食って、アッサリ帰るだけだ。 「ちゃた」 「わっ!」  気付いたら相当俺は考え込んでいたらしい。いつの間にか帰って来ていたショットに抱きつかれて大袈裟に驚いてしまった。 「お、おかえり」 「ちゃた、なんかへん」 「考え事してただけ……ん」  不意にキスされて大人しく受け入れる。右手を上げてショットの左頬に触れると、その手に手を重ねられてじわりと暖かくなった。そのまま左目の傷に軽く触れると瞼が閉じられる。 「……」  マウロアに庇われたのか、それとも守ろうとして傷を負ったのか……詳しい事は分からない。ただ、目を失うよりも親友を失った事の方がずっと悲しかったんだろう。それだけは分かる。 「こら、俺さっき帰ってきたままで汚ねぇから」  戯れるように鼻に噛みつかれて、頬や瞼を舐められて、やめろと押し返すけど当然そんな事で離れるコイツではない。 「きたなくない」 「……はぁ、もう好きにしろよ」  もしかしたら、コイツなりに慰めてるのかもしれない。俺が死人に嫉妬したりなんかするみっともない自分を恥じて、しょんぼりしてるから。 「こら、いてぇよ」  今度は掴んだ俺の手を丁寧に舐めて指を甘噛みされて、いや、慰めるとかじゃなく、この野郎ただ俺の体を口に入れたいだけか……?と考え直す。 「あ、もうすぐシドニーを迎えに行くから、それ以上はダメだ」 「わかった」  服を脱がそうとしてくる手を止めると大人しく引き下がって、また顔を舐められた。そのまま顎も首も舐めてカプカプと噛みつかれて、仕方ねぇなと頭を撫でてやる。 「ショット。 ありがとな、今日……親友に会わせてくれて」 「?」 「お前の大切なモンを見せてくれたのが嬉しいんだよ」  説明するとなんとなく分かったのかまたキスされた。 「かくすことない」 「うん、嬉しいよ」  このままくっついてたら俺の方が我慢できなくなりそうだったから、サッと体を起こしてメシを作りにキッチンへ向かうのだった。

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