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第25話 まさに手負いの獣って感じだな

【まさに手負いの獣って感じだな】  ショットが何日も奥の部屋から出てこない。出かけてて姿をしばらく見ない事はあるけど、こんなに部屋に篭ってんのは初めての事だ。  学校が終わったシドニーを迎えに行って帰って来ても、やっぱり部屋から出て来た様子は無かった。 「おい、ショット」  さすがに心配で部屋の扉をノックする。 「体調でも悪いのか?」  怒らねぇかなって不安もありつつ、再度声をかけてからそっと扉を開いた。  ずっと換気もしてないのか、篭っていた空気が流れ出す。ショットはベッドの上で丸くなっているようだった。 「ショット」 「……なに」  布団の中から聞こえた声は酷い鼻声で、どうも風邪を引いたんだろう。秋が来て急に冷え込んだからか……珍しいこともあるもんだ。  昔、俺に懐いてくれてた近所の野良猫が怪我をした時にずっと細い路地の奥に隠れて全く出てこなかった事を思い出す。  俺は病院に連れて行ってやりたいと思ってるのに、ありがた迷惑って感じだった。野生動物はああやって自分の免疫と体力で怪我や病気と闘うんだろうな。 「おれいまひとりがいい」 「わかった。何か食うか?」 「……」  気が立っているみたいだから、部屋の入り口に立ち止まったまま声をかける。返事はないけど、何か食いやすいモンでも作ってきてやろうと踵を返した。 「とと、いた?」 「いた。調子悪いみたいだ」  噛みつかれるかもしんねーから奥の部屋には近付かないでおけとシドニーを抱き上げてキッチンへ向かう。 「あいつは今、手負いの獣なんだ」 「ておい?」 「シドニーは風邪の時、何なら食べれた?」  うーん……としばらく考えた後、シドニーは「やっぱりチキンスープかな」と答えた。  ***  ドアをノックして、少しだけ開けた隙間からスープを床に置く。 「ショット、ここにスープ置いとくから、起き上がれそうだったら食えよ」  返事は無いかもしれないけど、一応何か反応があるかもしれないと待った。 「……」  でも部屋の中は静まり返っていて、もしかしたらよく眠ってるのかもしれない。明日の朝にスープが減ってるかどうか確認してみよう。そう思って俺はドアを閉じた。 「じゃ俺たちもメシにするか」 「うん!とと、早く良くなるといいね」 「そうだな」  |首領《ドン》の話では、ショットが街をウロついてる事がこの街の治安維持に一役買っているという事だった。前に首都に行った時も3日間不在にしてたわけだし、さすがにこの程度の不在で治安が悪化する事はねぇと思うが……。 「シドニー明日は休みだよな?外に出る時は絶対に俺と一緒にな」 「明日はずっとここで宿題する予定だから大丈夫だよ」  偉いな、と頭を撫でると嬉しそうに笑う。俺が毎日宿題を見てやる必要もなく、本当にしっかりしたガキだ。 「この時間ならまだ薬局開いてるかな」 「スラムの薬局は深夜でも開いてるよ。"せいりょくざい"を売ってるんだってさ」 「あ、そ……」  物覚えが良いってのは、良くも悪くもあるな。こいつに余計な事ばっかり教えやがったと思しき以前の保護者を脳内でボコっておいた。  *** 「ちゃたろー!」 「リディア、オーサー、久しぶりだな」  ゲートの近くで二人とすれ違って挨拶を交わす。 「3日前に首都で強盗事件を起こしたバカ共が|こっち《ゲートのそと》に逃げ込んで来てな。なかなか良い臨時収入になった」 「流石だな」 「いちもーだじんにしたよ!」  リディアの手には札束が握られていて、大事に閉まっとけよと言うと腰につけたポーチに捩じ込んだ。 「馬鹿、一網打尽は違う。何人かには逃げられた。まだ近くをウロついてるハズだ。ここの"ルール"も知らん奴らがな。気をつけろよ、茶太郎」 「……!」  いつも誰のことも馬鹿呼ばわりしかしないオーサーに珍しく名前を呼ばれて、真剣に心配してくれているのだと感じ取る。 「この数日"ヤツ"の姿を見ない理由は今は追及しないでおくが、しばらくは街が荒れる可能性がある」 「ああ、ありがとな。気をつけるよ」 「ふん」  洗濯が必要ならあの馬鹿犬にでも行かせておけ、と言われて苦笑する。リドルの事だな。子供にまで犬呼ばわりされてるとは、不憫なヤツ……。 「ちゃたろー、ほしいモノがあったら言ってね」 「そういえばお前らこそ、これから冬どうすんだ?棲家あんのかよ」 「心配不要だ。うまくやってるさ」  オーサーが言うならそれは事実なんだろう。こいつは変な強がりは言わない。 「お前になら構わんが、ヤツに借りを作るのはごめんだ」  それでも、もし本当に困れば頼れよと言えばオーサーとリディアは軽く手を振って去っていった。  ***  あいつがこんなモン飲むかどうか分からねぇが、風邪薬を買って帰るとシドニーは机で宿題をしながら寝落ちたみたいだった。 「シド、歯磨いたか?」 「うん……」 「じゃあベッド行こうな」  抱き上げるとズシリと思い。もう11になるもんな。誕生日いつか知らねえけど。  シドニーをショットのベッドに寝かせて、そろそろこいつ用の部屋を作るべきだなと考える。それはそうと、今はショットの事だ。とりあえず明日の朝まではそっとしておこうと思ってたが……正直、気になる。  せっかく薬も買って来たしな。それを渡すためにな。と自分で自分に言い訳をしてショットが寝てる奥の部屋のドアに近寄った。 「……」  当然だが、静かだ。やっぱり声をかけるのはやめておくか。そう思ったけど、何か物音が聞こえた気がして少しだけ開けてみた。 「ちゃた」 「なんだ、起こしたか?」 「きて」  少しマシになったのか布団から顔だけ出してるショットに歩み寄る。スープは一応ベッドサイドまで持ってきたみたいだが、手付かずだった。 「食欲なかったか?」 「たべなくてごめん」 「そんな事いいよ」  触れてもいいかと確認を取ってから元気のない頭を軽く撫でる。熱はそんなに無いみたいだった。 「……俺もここで一緒に寝ていいか?」  なんとなく寂しがってる気がしてそう聞いてみると、無言のまま隣を空けてくれたから立ち上がる。 「出かけてきたままだから、着替えてくるよ」 「そのままでいい」 「ダメだ」 「ちゃた、ここにいて」 「すぐ戻るから」  こいつに甘えられるのは嫌いじゃない。でも、風邪を引いてるやつの隣に汚れた格好のまま潜り込むわけにはいかなかった。 「いい子にしてろ」  額にキスをすると不服そうな瞳で睨まれた。

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