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第26話 甘い軟禁生活 ※グロ

【甘い軟禁生活 1/2】  オーサーに忠告されてたのに、呑気に一人でコインランドリーに出た俺は見事に見たことのない野郎三人組に取り囲まれていた。  でももうアパートの目の前だし、適当にあしらって逃げちまおうと目の前の男を押し退けようとしたが、腕を掴まれる。 「どけよ、何も持ってねぇって言ってんだろ」 「こら逃げんな、いいから全部よこせ」  こいつらが"首都で強盗事件を起こした奴ら"だろうか、頭の悪そうな若者ばっかりだ。後先考えずに「金は持ってるヤツから奪えばいい」くらいに思ってんだろうな。 「いい加減にしとけよ」  さすがにこの街に住んで数年も経つと、本気で人を撃った事のある人間と、銃を脅しの道具にしか思ってない人間の区別はつく。 「本気で撃つわけねぇと思ってんのか?」 「ああ思ってるね。分かったらどけ」  腕を振り解こうと押し問答していると、一台のバンが真横に停まった。 「おい!お前ら何やってんだこんな目立つトコで!」 「何って、こうでもしなきゃ……」 「とりあえず乗せろ!さっさと逃げんぞ!」 「は?おいフザケんな!!」  とりあえず乗せるのは違うだろ!何かに追われてるなら俺の事は置いていけよ!と抵抗したらハラを殴られた。 「っぐ……!」 「ちゃた?」  その時、頭上から声がした。 「ショット!」  騒ぐ声で起きたらしい。見上げるとまだ本調子じゃないショットが寝ぼけた顔で2階の窓から顔を出してた。普段のあいつならこんな場面を見た瞬間に覚醒してるハズだけど、まだ頭がボヤけてんのかもしれねぇ。  俺は髪を掴まれて押さえ込まれて、口も塞がれそうになって、無理やり車に乗せられながらなんとか咄嗟に「|赤《レッド》!!」とだけ叫んだ。これが一番端的に状況を伝えられる言葉だ。  最近ようやく不本意にもこの言葉がお互いに浸透してきた所だったんだが……まあそれはいいだろ。まさかこんなタイミングでも使う事になるとはな。 「うるせえ、騒ぐな!」  車のドアが閉じられて思い切り殴られた。鼻血が噴き出したけど後ろの奴に押さえ付けられてどうしようもない。口の中が切れて血の味が広がる。 「出せ!」  その瞬間、車内にガンと重い音が響いて天井が少し|弛《たゆ》んだ。ショットが飛び降りてきたみたいだ。おいいくら2階っつっても大丈夫かよと心配になる。 「振り落とせ!」  やめろ、と言おうとしたが口を塞がれててモゴモゴと間抜けな声が漏れただけだった。  でも車が動くより先にショットがボンネットからフロントガラス越しに運転手を撃って、強烈な.50AE弾の威力でガラスは粉々に飛び散った。およそ人体を撃つ目的で作られていないそれは簡単に頭を貫き、ヘッドレストも貫通して後部座席の背もたれを撃ち抜いた。おい、下手すりゃ俺に当たってんぞ。 「うわ……うわぁ!」  肉を抉りながら突き抜ける性能のある弾が貫通した頭は打ち込まれた側の傷は大した事は無いが、後頭部がスイカのように割れて車内に血飛沫を撒き散らす。さすがに躊躇なく仲間の一人が目の前で撃ち殺されてガキ共は真っ青になった。 「やめろ!こんなとこでンな銃ぶっ放すな!!」  言ったって聞くわけがない。それどころか間違って俺も殺されそうなくらいにブチギレてやがる。 「な、なんだよこいつ……っ!!」 「ショット、待て!」  腰が引けながらも助手席に座ってた奴と俺を殴った奴が車から飛び出したが、銃を構えるより先にあっけなく撃ち殺された。 「おいっ、お前も殺されたくなかったら放せ!」 「う……うるせぇ!」  それを見ていた最後の一人は俺を押さえ付けたまま器用に腰のナイフを抜き取って顎の下に押し当ててきた。 「やめとけって!!」 「来るな!!」  開いたままのドアからショットが顔を覗かせたかと思うと、俺を盾にして隠れてる奴の腕や脇腹、隠れきれてない部分を正確に撃ち抜いた。耳元で断末魔が上がる。 「っ……!」  押し当てられたナイフが首に食い込むのが分かって、ピリッと鋭い痛みの後に切れた部分がスーッと冷たくなった。でも俺を掴んでた力はすぐに失われてナイフも取り落とされた。  ショットに腕を力任せに引かれて、そのまま背後で弾が尽きるまで銃声が鳴り響く。 「はぁ……よせ、ショット……もう死んでる」  胸元に頭を預けながら顎に触れると血が垂れてた。後からズキズキと痛みが酷くなる。裂傷とまではいかないかもしれないが、どうも傷口がパックリ開いてるみたいだった。 「はぁっ、はぁ……っ、ショット」 「……」  ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、その背中を宥めるように何度か叩く。 「わり……心配すんな、……俺は大丈夫だ」  鼻血を舐められてやめろと殴りつけた。  とにかく車から離れて、この死体をどうしたもんか悩んでいるとタイミング良く先日首領の家にいた男が現れた。 「後始末はこっちでするから気にしなくていい」 「……あ、そ」  肩に触れるショットの手に痛いほど力が込められて、警戒してるのが分かる。 「うちの首領は揉め事が嫌いでな」  そう、マフィアは基本的に何事も"話し合い"で決める。誰を処刑するか……なんて事さえも。派手に撃ち合ったり殺し合ったりするのはストリートキッズ共くらいだ。 「これ以上ここを無闇に荒らすつもりなら、ウチが始末する予定だったんだが……下手に取り逃した。すまん」 「……」  別に謝られる事でも無いと思ったけど、とにかくさっさと傷の手当てをしたくてこれ以上話を広げないために黙っておいた。 「怪我は大丈夫か」  すると不意にそいつが近寄ろうとした瞬間、ショットが俺の首根っこを掴んで背後に隠した。地面に引き摺られて腕が痛い。ホントにこいつは……。 「いでで」 「ちゃたに近づくな!!」 「おっと悪い悪い、分かったよ」  そいつはサッと両手を上げて敵意のないことを示すが、当然そんな事で警戒が解かれるハズもなく。「ちゃんと手当てしろよ、金が必要だったら言ってくれ」と言い残して立ち去る背中をしっかり見送ってから、俺はショットの肩を借りて部屋に戻った。 「とーちゃん!」 「シド……」  この騒ぎを中で聞いていたんだろう、心配そうな顔で俺に駆け寄ってきたシドニーに対して、ショットが壁を思いきり横手で殴って激しく威嚇する。 「っぅわ!!」  ボロい壁に穴が空いてガァンと派手な音がアパート中に鳴り響いた。さすがのシドニーもビビった顔で後ずさる。 「と、とと……」 「っおい、何してんだやめろ!シドニーだって!」 「……」  だめだ、キレすぎてて危ない。ギリギリの所で一応シドニーを認識できてはいるのか手は上げずに済んでるけど、フーフーと怒りに息を荒げるショットの目はどこも見ていない。 「……シド、危ないから下がれ」 「うん」  それにショットの拳も心配だった。壁を感情のままに殴ったんだから、骨でも折れてやしないかと。 「しばらく俺に近付かない方がいい、今のこいつは子持ちの母グマだと思ってくれ」 「それ凄く分かりやすい」  刺激しないようゆっくりと下がって、シドニーは「俺こっちの部屋から出ないようにするね」と言ってくれた。本当にこいつは聡明で助かる。  それから、俺はいつも主にセックスする時に使ってる一番奥の部屋に連れて来られた。本心ではとにかく傷を消毒したいが、今はこいつを落ち着かせる方が先だろう。 「……ショット、もう大丈夫だ」  鼻血は止まったけど、顎の下からはまだボタボタと血が止まらない。それでもショットは俺の胸元に抱きついたまま離れそうにない。 「おい、頭が血だらけになってんぞ」  こいつがそんな事を気にするわけもないか。俺は嘆息してベッドに寝転がる。 「とーちゃん、洗濯物は部屋に入れといたよ。救急箱、部屋の前に置いておくね」 「え……ありがとう、シド!」  ドアの向こうから聞こえた声に思わず驚いて顔を持ち上げる。首の傷がピリッと痛んだけど、ちゃんと聞こえるように声を張って礼を伝えた。  でも俺が そうして|他所《よそ》に意識をやったのが気に食わなかったのか、両手で頬を掴まれて首の傷に舌を這わされた。 「あ、こら、やめっ……!」  軽く舐めるだけかと思いきや、グリッと開いた傷に熱い舌が|捩《ね》じ込まれて焼けるような痛みが頭に響く。 「うっ、あ……!!やめろ、ショット!」 「ちゃた、ケガさせられたの、いやだ」  まじで敗血症になるから……と本気で押し返すと離れてくれてホッとする。 「ショット……あのな、心配かけて悪かった。助けてくれてありがとう。きちんと手当てしたら治るから、部屋の前にある救急箱を取らせてくれ」 「……わかった」  ヨロヨロと起き上がってドアへ行く間もショットはずっと俺の腕を掴んだまま、救急箱を拾ってベッドに戻ると後ろから抱えられる形で座らされて、水道で傷を洗うのも、もはやトイレに行く事さえも許可制になった。  ――こうして、気が付いたら終わりの見えない"軟禁生活"が始まっちまったワケだ。

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