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第28話 あいつと一緒にいる理由
【あいつと一緒にいる理由】
「茶太郎、シドニー!」
シドニーとスラムの方向に向かって歩いてると声をかけられて立ち止まった。
「よお、リドル」
「よ!リドル!」
「今から学校か?」
そのまま三人でなんとなく並んで歩く。
「お前、いつまで無職なわけ?」
「無職って言うなよ!街の便利屋さんやってんだぜ」
たまに資材みたいなモンを担いで歩く姿を見ると思ったら、大工の真似事でも始めたらしい。
「力仕事は得意そうだもんな。不器用そうだけど」
「茶太郎に言われたくねえ」
「俺は器用だよ」
元気に学校へ走ってったシドニーを見送って「じゃあな」と自然に解散しようとしたが、当然のようについてくる。こいつって邪険に扱われて落ち込むような繊細な心をどっかに落として来ちまったのか?
「お前……可哀想な奴だな」
「急になんだよ!」
おかしくて笑うとリドルは咳払いをして話題を切り替えようとした。
「……それより、しばらく会わなかったじゃねぇか。今度こそあのバカに殺されちまったんじゃねーかって心配してたんだぞ」
「殺されはしねーけど、軟禁されてた」
あいつ、まだピリついてるからお前あんま近寄るなよ、と距離を取る。
「軟禁!?何がどうしたら軟禁されるような事になるんだよ!」
「先に言っとくけど、そういうプレイじゃねえからな」
「うっせーよ!」
俺が簡単に事のあらましを説明するとリドルは余計に声を張り上げた。こいつって普通の声量で話せないのか?
「それ軟禁ってレベルじゃねえって!立派な監禁だって!!」
「仕方ねーだろ、あいつなんだから」
「なんでそこまで許すわけ?どこに惚れてんの?」
ど直球すぎる質問に俺は思わず|咽《む》せた。
「ほっ……!ゲホ、ゲホッ!バカ、惚れてるって」
「惚れてんだろ、何照れてんだ」
じとっと睨まれて笑う。
「いや、そうなんだろうけど、その、なんつーか……流されていつの間にやら……だよ」
そしてつい最近ショットに言われた「愛してる」が不意に脳内に蘇って顔が熱くなった。誤魔化すように口元を片手で覆って目を閉じる。
「なにニヤついてんだよ、腹立つなぁ……お前らってそもそもどうやって知り合ったワケ?」
「大したドラマなんかねーぞ」
――あれはもう3年前の話になるのか。
支社に出張する事になったのは良いが、経費削減の波に押されて俺と上司は格安のスラムを通るルートで移動するハメになった。
「んで、こっからどうすんすか?」
「迎えの車が来るハズなんだが……」
「どっかで強盗にでも遭ったんじゃ」
担当が迎えに来るからこの地点で待てと言われて、営業してんのかどうか分からないボロボロのガソリンスタンドの近くにもう2時間近く突っ立ってるが、車なんか1台も通らない。
ここまで乗ってきたタクシーの運転手は「ここらは危ないぞ」と言い残して猛スピードで去ってっちまったし。
「困ったな……」
「あ!車来ましたよ」
「いやアレじゃない。ありゃタクシーだな」
しかし二人とも目を見合わせる。これはもう、捕まえて乗っておいた方が良いのではないかと。
「一旦、駅まで戻るか……」
「そっすね」
乗り込んだタクシーの運転手はあんたら運が良かったなと笑った。
「普通はこんなトコ、1日待っても野良タクシーなんか拾えねぇんだぜ」
「そうでしょうね、なんせ2時間も」
「ちょ、これどこ向かって……」
呑気に話してる上司の言葉を遮って窓の外を見ると、明らかにどんどん荒廃してる方へ進んでる。
「停めてくれ!」
「悪いな、分け前をもらう約束なんだ」
「おい!!」
迂闊だった。さっき言われた通り、こんな場所に野良タクシーなんか来るはずが無かったんだ。
車はゲートを越えて行く。ここらのタクシーは強盗防止に運転席と後部座席が完全に遮断されていて、どれだけ騒いでも停めてくれそうにはなかった。
ゲートの外は無法地帯で有名だ。ここでは人殺しさえ咎められないって聞く。持ってるモンを全部盗られるだけならまだしも、そのまま殺されて野晒しになる未来だってあり得る。
「金なら渡すから、やめてくれ!」
「もう遅い」
車が停まったかと思うと、10代と思しきガキ共が扉を開けて俺と上司を引き摺り下ろした。
「さて……現金どれくらい持ってる?」
額に銃が押し当てられて走馬灯が脳裏をよぎる。その時、背中に衝撃が走って前に倒れ込んだ。突然の事にガキ共は反応が遅れたみたいで、俺も状況を理解するのに一瞬時間が掛かったが、どうも上司に蹴られたらしかった。
「おいアイツ逃げたぞ」
「はは!ヒデー奴だな!」
何人かが走って追いかけて行く。俺は地面に転がったまま、今度こそ死んだと思った。
「持ってるモン全部出せ」
「……」
殺した後に死体から好きなだけ漁ればいいだろ……なんて言えるはずもなく、震える手でポケットから財布や携帯を取り出す。このわずかな時間で打開策が無いか考えたが、当然何ひとつ思いつかなかった。
それを渡した瞬間、ガキ共のうちの一人が「うわっ!」と情けない悲鳴を上げたかと思うと「逃げろ!」と叫んで、突然そいつらは俺の事なんかすっかり忘れたみたいに一目散に逃げ出して行った。
「は、え?」
一体何事かと視線を動かせば真横に血だらけの何かが立っていた。どうも人間らしい。いや……本当に人間か?とりあえずあいつらの反応を見るに、まともな奴では無いことは確かだ。
俺はそいつを刺激しないよう、じっとしたまま息を殺して通り過ぎてくれることを願った。あの時ショットに俺が見えてたのかそもそも見えてなかったのか、今となっては分からねえけど……とにかく殺されずに済んで次の日を迎えたわけだ。
「……え、それが初対面?」
「まあ、初対面はそれだったな」
「会話すらしてねーじゃん!」
あの後、携帯もカバンも奪い取られた俺は帰る方法すらなくて、とりあえず道さえも分からずフラフラして、ポケットに残ってた小銭でパンを買って……。
見るからに何も持ってないからか絡まれないし、幸い無意味に殺されるような事は無く。
「これからどーすっか……とか思いながらとりあえずパン食べてたら、道端でショットがぼーっとしてたんだよな」
昨日助かったの、なんだかんだでコイツのおかげだよなと思って「パン食うか?」って話しかけたんだった。
「茶太郎って最初から割と頭のネジ外れてたんだな」
「はぁ!?俺はまともだろ!おかしいのはアイツ!」
「その流れでパン食う?って話しかける奴は普通じゃねーから安心しろ」
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