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第29話 怖がらせてごめんな
【怖がらせてごめんな】
湿気のせいか、夜中に寝苦しさを感じて目を覚ますと、隣で寝ているショットも|魘《うな》されてた。
こんな時間に大人しく寝ているのを起こすのもどうかと悩みつつ、あんまり苦しそうだったら声を掛けようかとその寝顔をぼんやりと眺める。
少し窓でも開けるか……と悩んでいると突然ガバッとショットが起き上がって思わず「おわっ!」と大きな声を出してしまった。
「ビビったぁ……ショット?」
髪で隠れて表情が見えない。ただ何かに怯えているように見えて、そっとその背中に手を伸ばす。
「怖い夢でも見たか?大丈夫だ、ほら……」
でも触れる直前に力任せに弾かれて、爪が当たったのかガリッと手首に痛みが走った。そのままショットはベッドから飛び降りて部屋の隅に行くと腰に手を伸ばす。
「……っ、はぁっ……はっ……」
「ショット、大丈夫だ」
ようやく視線が交わったかと思えば、知らない人間を見るような目をしていて、相当混乱してるみたいだ。更にホルスターが腰回りに付いていないのに気が付いて、余計にパニックになったようだった。
知り合ったばかりのショットはどんな時も絶対に銃を手放さなかった。それが最近では外して眠るようになっていたのだが……。
「俺はお前に危害を加えない」
今のこいつに言葉が理解できてるか分からない。それでもなるべく穏やかに声をかけるが、ショットはサイドボードにある銃に気が付いて素早くそれを手に取るとその銃口を迷いなく俺に向けた。
「……ショット」
少しでも動いたら殺される。分かってたけど、俺はついベッドから降りて手を伸ばしてしまった。薄暗くてほとんど分からないけど、ショットが泣いてるみたいに見えたから。
「大丈夫だ」
「……っ」
引き鉄に当てられた指に力が入るのを感じ取って、ああまずったな……と思ったが、一瞬ショットの目に戸惑いが走って銃口がブレた。そしてバンと派手な銃声が一度だけボロアパート内に響き渡る。
全身に衝撃が走って一瞬どこを撃たれたのかさえ分からなかったが、どうも弾は横っ腹を掠めたみたいだった。それでも内臓を内側からぶん殴られたみたいなショックと肉の抉られた痛みにガクッと膝をつく。
「う、ぐ……」
「……っあ……ちゃ……ちゃた、ちゃたっ!!」
その銃声で混乱が解けたのか、ショットは聞いたことのない悲痛な声で俺の名前を叫びながら駆け寄って来た。銃声で流石に目を覚ましたらしいシドニーも駆け寄ってくる。
「ちゃた!!」
「とーちゃん!!」
「大丈夫だ、かすっただけ……」
腹を押さえてたらグイッと抱き寄せられて、ショットの肩に頭を預ける形になった。
「ちゃた、ちゃたぁっ」
「悪い……俺が、考えなしだった」
お前が怖がってるって分かってたのに、俺なら大丈夫だって、どっか自惚れてた。それでこんな顔させて……。
「俺の、自業自得だから……っ、そんな、顔すんな」
すぐにシドニーが清潔なタオルを持って来てくれて、傷口に当てる。あっという間に血が染み込んじまってどうしようも無かったけど。
「ふっ……ふぅっ」
「ちゃた……っ」
「だい、じょうぶ」
撃たれたショックのせいか手も吐く息も勝手に震えちまう。二人を安心させてやりたいのに。
「とと、病院の場所わかる!?」
頭を振るショットにシドニーはパッと立ち上がると「俺、多分覚えてるから……ついて来て!」と走り出した。ああ、まじでなんて頼りになる奴なんだ。
「悪い、立てそうにねえ」
どこをどう持てばいいのか分からないみたいでオドオドしてるショットの首に腕を回して、足を脇に抱えるみたいに持てば走れるだろと教えてやった。
「ちゃた、ちゃた死んだらいやだ」
「っふ……ぅ、ごめんな……ショット」
***
傷口にタオルを押し付けるのと痛みに耐える事に必死になっていると無事に病院へ辿り着いたみたいだった。シドニーが無遠慮に入り口の扉をガンガンと叩く。
「先生!開けて!!」
「ウチは夜間診療やってないよ」
「でも対応できるようにここに寝泊まりしてるんでしょ!」
「勝手にそう言われてるみたいだけどね、ただここを家代わりにしてるだけで」
「いいから早く!!」
仕方ないなあとボヤきながら医者は俺を見て「今回はDV?プレイ?」と聞きながら扉を開けた。
「どっちも、違……」
「はいココに乗せて」
ストレッチャーに乗せられて、汚れたタオルを問答無用でゴミ箱に捨てられる。衛生観念どうなってんだ。
「派手に抉れてるけど内臓は無事だね、弾も残ってないし」
ちゃちゃっと処置するから、さっさと帰って。と言われて「お願いします」と声を絞り出した。
「ストップ、君は入らないで」
医者はシドニーを待合所のソファに座らせるとショットを病院の外へ追い出そうとする。
「なんで!」
「絶対バイキンだらけだから」
「バイキン」
「騒ぎそうだし」
あまりの言い草に思わず笑うと腹から血が噴き出した。
「ショット、大人しく待ってられるか?」
「うん」
俺がチラリと視線を投げかけると、シドニーがショットの手を握って自分の隣へ座らせる。
「おとなしくさせてます!」
「ああそう」
処置室へ運び込まれる俺をあんまり不安そうに見つめるから、魔が刺してつい馬鹿な事を聞いてしまった。
「俺が死んでも、毎月墓に会いに来てくれるか?」
「いやだ」
まさかの即否定に絶望していると、ショットが立ちあがろうとするのでシドニーが慌てて止める。
「ちゃた死んだらいやだ!」
「とと、追い出されちゃうよ!」
なんだそういう事か……と安堵しつつ、意地悪な質問をした罪悪感と泣き出しそうなショットの姿に、今すぐ抱きしめてやりたいと思った。
そして俺の頭上ではストレッチャーを押しながら「だから死なないってば」と医者が呟いていた。
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