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第32話 お名前はなんて言いますか

【お名前はなんて言いますか】  シャワーを済ませた後はインナーをタオル代わりにしてとりあえずトランクスは裏表を逆にして履いた。汚れてるけど仕方なくスラックスとシャツだけを身につけて、ジャケットは手に持ったままシャワールームを出ると意外にもシュートはまだそこにいた。 「おい?寝てんのか?」  その顔を覗き込んだ瞬間、パッと目が開いたかと思うと首を乱暴に掴まれる。 「ぅげっ!」 「……」  突然の事に頭が一瞬パニックになったけど、次の瞬間には背中から床に叩きつけられて首を締め付けられて息が出来なくなった。  頭に血が回らなくなって、落ちる……と思った時、状況を思い出したらしいシュートはあっさり手を離して俺を解放してくれた。 「っう……ゲホッ、ゲホッ!!」  せっかくシャワーを浴びたのに、汚い床に倒されたせいで絶対に汚れたと思う。でもとりあえず立ち上がって咳き込みながら余ったコインを返した。 「ありがとな、これ」  でもなかなか受け取らないから、無理やりポケットに突っ込む。  なんかすげー疲れて、そのままコインランドリーのベンチに横になるとシュートも近くに腰を下ろした。 「なに、お前もここで寝んの?」  もしかしたらさっき会った場所で寝てたのかもな。起こしちまった上にここまで案内させて、悪い事したな……と思いつつ、眠気に勝てなくてベンチは譲らずにそのまま寝落ちた。  しかし後から分かったけど、こいつは座ったまま寝るのがデフォルトみたいで譲る必要はそもそも無かったらしい。  それから次の日もなんとなく一緒にいて、次の日も、その次の日も……シュートは俺が付き|纏《まと》っても怒らない、というか良くも悪くも大して興味が無さそうに見える。  生きるのが苦手そうなのがつい気になっちまって、メシや傷の手当てやら世話を焼いてるウチに、いつの間にかここに来て1週間が経ってた。こいつ今までどうやって生きてきたんだ?  その間に歓楽街の方に消毒液を買いに行ったり、着替えを買いに行ったり、何度も帰るチャンスはあったのに、どうも俺は意外とここが気に入っちまったのかもしれねえ。 「茶太郎さん!」 「ん?おお、クレイグ!」 「なんでまだここに居るんすか!?」  朝メシのパンを買って紙袋を小脇に抱えながらシュートのトコに戻ろうと歩いてると見覚えのある好青年に話しかけられた。 「帰る金が無くて戻ってきて、そのままズルズル」 「パン買う金あるんじゃないすか!」 「いや、コレは俺の金じゃなくて……」  なんて話してたら突然クレイグの目線が俺の背後に伸びて表情が硬く引きつった。 「ち、茶太郎さ……」 「おわっ」  後ろから腹を引き寄せられて驚いたが、更に頭の上にゴツッと硬いモノが乗せられた。多分アゴだな、こりゃ。 「なん……シュート?」 「おそい」  俺に興味無さそうだと思ってたけど、一応は個として認識されていたらしい。 「はは、なんだ心配したのか?」  まさかな、なんて思って言ってみたけど意外と本当にそうだったりして。 「……」 「メシにするか」  目を白黒させてるクレイグに「またな」と手を振ってメシを食うのに丁度いい場所を探すために歩き出すとシュートも素直についてきた。  水の出てない噴水に腰掛けてパンを二つ紙袋から出す。 「どっちがいい?」 「……」  パンじゃなくて俺をじっと見つめるから、聞こえてる?と聞いてみたけど返答は無い。慣れたモンだ。 「俺はこっちなんだけど」  そう言って片方を掲げると反対側を取ってモソモソと食べ始める。俺はそのポケットに釣り銭を返して自分の分を食べ始めた。 「お名前」 「ん?」 「お名前はなんて言いますか」  まるで決まり文句を丸覚えしたみたいな質問に俺は笑いながら「茶太郎だよ、ちゃたろー」と答える。そしたらシュートは口の中で何度か俺の名前を繰り返した。 「……ちゃたろー」 「そう、お前は?」  知ってるけど聞いてみた。こいつが自分を誰だと紹介するのか興味があった。でも待てど暮らせど返事はなかったから、答えたくなかったか、もう俺との会話に興味を失ったか。  まあ、そんな感じで俺とこいつは気が付けば当たり前のように一緒に行動するようになっていった。  ***  コインランドリーのベンチに座ってあいつがシャワーを済ますのをぼんやりと待つ。 「おう茶太郎、生きてたかよ」 「おかげさまで」  何度か会話した事のある見るからにワルなゴツい男に手を挙げて返事をする。昨日は謎の熱血警察官がこの街に現れて、俺はショットにぶん殴られて脳震盪を起こしたんだった。 「あの警官は?」 「さあ……仕事してんじゃね?」  あの後、その警察官……リドルは「また来るからな」と言い残して帰って行った。 「あんなのがウロついてたらシュートがまた暴れるぜ」 「それは困るなぁ」  そろそろ寒くなってくる時期だし、身を隠す為にも家を探さねーとな……なんて思う辺り、いつの間にかすっかりここの住人になっちまってる自分に笑う。  するとシャワールームから出てきたショットが俺と話すそいつに気がつくや否や殴りかかったからビックリした。 「おいテメーなんだ急に!」  銃は俺が預かってて良かった。 「ストップストップ!俺ぁ別に絡まれてたワケじゃねーから!」 「備品を壊したら現金で弁償だからな」  コインランドリーのおっさんが雑誌を読みながら忠告する。昨日からショットはピリピリしてて、俺を殴って気絶させたのは自分だっつーのに、俺に近寄る人間に威嚇して回るから喧嘩になるんじゃねえかとヒヤヒヤする。 「降りろてめぇ殺すぞ!シュート!!」 「ちゃたに近づくな!」 「さっさと拠点見つけねぇとな」  マウントポジションでまだ威嚇し続けてるバカを引き剥がしながら独り言のように呟くとコインランドリーのおっさんが「上なら空いてるぞ」と言った。 「なんだお前ら路上生活なのか?」 「そうだよ、だからいっつもここでシャワー借りてんじゃねーか」 「この上、誰も使ってねえよ。しかも水道ガス電気は生きてる。誰が管理してんのか謎すぎていつ止まるかわからんが」 「え、アンタは?」 「俺はこの階しか使って無いんだ、シュートが上に住んでたら悪ガキ共もそうそう悪さしに来ねえだろうし、助かるぜ」  そんな訳で俺とショットはコインランドリーの上で暮らしてく事になった。

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