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第34話 そしてあなたは眠りにつく 2
【そしてあなたは眠りにつく 2/3】
事件が起きたのはそれから3日後の事だった。
シュートは多分、共同生活ってのをマジでした事が無いみたいで、とにかく"粗雑"だった。
ドスドス足音を立てながら歩くし、扉の開閉もとにかく力任せ。コップを机に置けばダンと音が鳴る。食べ物をこぼしても気にしないし、汚れた手で何でも触る。
でもそのひとつひとつを丁寧に説明すればちゃんと理解して、すぐ忘れちまうものの……矯正する努力は本人なりにしているようだった。
「マジで何にも知らねぇだけなんだな」
誰にも何も教えてもらえずに生きてきたんだと分かる。言葉もあまり発しないが、理解は出来るみたいだ。シュートには"会話"っていう概念が欠落しているように見えた。これも経験で埋めていけるのだろうか。
まだたった3日だってのに、俺は生きるのが下手なこいつの事が放っておけなくて毎日甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。
だから、それをネタにまた絡まれたんだ。
「おいロア、その新人貸してくれよ」
「……」
自由時間にシュートと図書室へ行こうと廊下を歩いてると、そう声を掛けられた。俺は心底不愉快で見向きもしなかったが、行く手を阻まれる。
「えらく可愛がってんじゃねえか。なあいいだろ?俺にも貸してくれよ」
「何を勘違いしてんだか知らねぇけどな、こいつは」
ガッと勢いよく正面から口やアゴの辺りを雑に掴まれて上を向かされた。首が痛かったが何でもない顔で無反応を貫く。
「勘違いしてんのはテメーだ。誰が口答えして良いっつったんだ、あ?」
そのまま腹を殴られてシュートを逃すべきかと悩んだ瞬間、何かが目の端で動いたと思った直後、変態ヤローの側頭部にはシュートの手錠が食い込んでた。
辺りにはゴッと鈍い音が一発だけ。声を出す間もなくそいつは白目を剥いて地面に崩れ落ちたが、シュートは更に手を伸ばして何かをしようとしている。
「シュート、止まれ!」
廊下の中途半端な場所で、幸い誰にも見られていなかった。面倒事を避ける為に俺はシュートの腕を掴んでその場を離れた。
「大人しくしてなきゃダメだ。誰かを殴ったりしたら、それだけここから出られる日が遠くなるぞ」
中庭に出てそう言い聞かせたが、相変わらず分かってんのか分かってないのか、よく分からない反応しか返ってこない。
「シュート、あのな……」
「ロアいたい」
そう言いながら腹を触られる。俺が殴られたのを見て、守ろうと思ったみたいだった。
「こんなのは慣れてるからいいんだ。俺は辺鄙な地域で幅利かせてる田舎マフィアの息子だから、仕方ねーんだよ」
自分で言いながら情けなくなる。チクショー、本当は親父もファミリーの皆も、嫌いじゃねえのに……。
「とにかく、お前の力は強すぎるんだ。ガキの喧嘩じゃ済まねえ」
初日にこいつに対して感じた"あの恐怖心"は間違いじゃなかった。シュートはどうやら、只者じゃない。もし俺が武器を持ってても絶対に敵わないだろう。
そうして夜になれば、まだベッドに横になってうまく眠れないシュートに俺はファミリーの故郷の子守唄を歌ってやった。
――天使が見えるかしら、あなたを天国に連れ戻そうとする天使が――
***
そんな風にしてあっという間に3ヶ月が経った。
いくら隠そうとしても、シュートの並外れた戦闘能力……いや、もはや殺傷能力と言うべき力が知れ渡るのに時間は掛からなかった。誰かが俺にちょっかいをかける度にそいつは半殺しにされて、今では近くに寄ってくる奴すらいなくなった。
問題を起こしても看守は何故か見ないフリ。シュートの怒りが収まるのを待って、怪我人の救助をするだけだ。
「なあ、なんであいつ野放しなんだ?」
唯一気さくに会話が出来る看守にコッソリ尋ねてみた。
「手出ししたら殺されるからだよ。お前と仲良くなってくれてマジで良かったぜ」
まるで猛獣だな。いや、そうか。あいつは猛獣だと思えばいいのか。つまり人間の檻に一匹のライオンが放たれてるような状態って事だ。そりゃもう刺激しないよう遠巻きにしておくしかない。
……おい、それと同室にされた俺は怒っていいのか?
「俺は猛獣使いじゃねーぞ」
「似たようなモンだろ」
刺激されなけりゃ至っておとなしいシュートは中庭のベンチに座ってぼんやりと空を眺めている。
こんなクソッタレな場所のゴミみたいな食事でもこいつには余程マシな食い物だったようで、初めて会った時とは比べものにならないくらい最近のシュートは健康的になっていた。
それでも16にはあまり見えなかったが、こりゃ変態警官に手を付けられそうになったと言われても納得の美少年だと思う。俺にそんなシュミはねーけど。
栄養の足りてるシュートは目力が更に増して、本当に宝石みたいな瞳をいつも煌めかせてた。
「ロア、ちょっと来いよ」
「おー」
今までデカい顔をしてた野郎がシュートの登場ですっかり権力を失い、俺には会話を楽しめる相手が少しだけ増えた。
ただ良い事ばっかでもねえ。無口で見た目が綺麗で誰よりも強いシュートはこの監獄内で異質な存在だった。その特殊性はおかしな方向にも働きかけ、どうも最近はまるで教祖のように崇められているフシさえあった。
「なあシュートの髪の毛が欲しいんだよ」
「はあ!?」
「一本だけでいいから!」
「何言ってんだ、気持ち悪ぃ!」
「なんだよ、独り占めすんなよ!」
こんな事も珍しくはない。とにかくシュートに関する何かを手に入れようとする奴が後を絶たなかった。それをどうする気なのかは聞きたくもないから知らねえが。
そのうち大規模な脱獄計画が囚人間で囁かれるようになって、その首謀者がシュートだって話になってた時は流石に聞き流せなかった。
「おい、あいつがそんな事を計画するわけがねーだろ!」
「シュートならやれるさ」
「放っといてやれ!!このまま大人しくして、2年もしたら仮釈放が決まるかもしれねえんだよ!」
「そんなモンに甘んじる奴じゃねえよ」
俺たちを巻き込むな、と何度も忠告したが流れは止められず、とうとうシュートを中心人物に設定した脱獄計画が勝手に実行されることになってしまった。
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