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第35話 そしてあなたは眠りにつく 3
【そしてあなたは眠りにつく 3/3】
そりゃ酷いモンだった。奴らはシュートが純粋無垢な馬鹿なのを知ってて、まんまと脱獄計画の首謀者として利用しやがった。どうせ「ロアが看守に折檻されてる」なんて言ったんだろうな。シュートが暴れてるとなれば、大慌てした看守たちの意識は一気にそこにばかり向かう。
しかしそれは情けなくも捕まえられちまった俺のせいでもある。俺を囮にシュートを怒らせて最初の火種を撒かせたあと、結局は滅茶苦茶な乱戦だ。
「ロア!」
「悪い……止めようとしたけど、俺なんも出来なかった」
「ロア、ケガしてる」
適当な奴の牢屋に縛られて転がされてた所にシュートがやってきて、ロープを解いてくれる。その手にはどこかで手に入れてきたらしいナイフが握られてて、ああもうこいつの無実を主張する事は出来なくなっちまったと絶望した。
「……行くしかねぇ、俺たちも」
「?」
「護送車を奪うって言ってた。騒ぎを追うぞ」
あちこちでサイレンが鳴ってるが、鉄扉は開きっぱなしで想像以上に念入りな脱獄計画が水面下で動いてたんだなと驚く。
大半は既に外へ出ているようで、見張り台からの狙撃音が建物内にまで聞こえてきた。
「止まれ!」
狭い室内では跳弾の危険性もあるからか無闇に発砲はしてこない。だがその手には電気の流れる警棒が握られていて、足元には何人もの気絶した囚人たちが転がっている。
「ここまで来たらもう止まれねぇんだよ!」
大量の囚人が逃げ出しているおかげで完全に警備は手薄になっていた。俺とシュートはほとんど駆け抜けるだけで外へ出る事に成功したが、5台の護送車は全部がもう動き出している。
「シュート、あれに掴まれ!お前は捕まったらもう二度と出られねぇんだ!」
頭上から狙撃されてすぐ真横の地面に弾が降ってくるが、俺たちはとにかく走った。
結局、なんとか俺たちのしがみついた護送車がボロくなってた裏門を破壊して、多分50人近い囚人たちが外へ出た。その後にもまだ走ってる奴らがいたから、総勢ではもっと多いかもしれねぇ。
「どうせこの車はすぐパンクさせられて格好の餌食だ。降りるぞ」
ある程度走った所で俺はシュートの肩を掴んで護送車から転がり落ちた。人里離れた所にある監獄からの脱獄ルートは首都方面に向かう道かスラムへ向かう道のどちらかしかない。追手はその道で護送車を捕まえるだろう。
こんな何もない草原で降りたってどうしようも無いとは分かっていたが、とにかくシュートを捕まえさせたく無かったんだ。
「電話さえあれば……」
車の音やヘリコプターの音がする度に身を潜めて、もうすっかり日も暮れた頃、祈りながら歩いてると潰れたダイナーが見えてきて俺は思わずシュートと肩を組んで喜んじまった。
「大体こういう場所には電話があんだよ!」
見張りがいるかもしれねぇから慎重に辺りを確認してから、ダイナーの前に設置されてる公衆電話へ走る。
監獄内で本当に安い仕事を少しでもやっておいてよかった。ポケットに入ってた小銭でなんとかオンボロは動いてくれた。
「よお兄弟、俺だ、マウロアだ。ああ……シュートも一緒だ。手紙に書いてた奴だよ。うん、すぐ迎えに来てくれ、そう、そこで待つ」
脱獄はニュース速報になってたらしく、話は早かった。俺がスラムの方向へ移動してる事も分かってくれてて、警察の目を掻い潜れそうなルートで落ち合える事になった。
「シュート、もう少しだけ歩こう。そこまで俺のファミリーが迎えにきてくれる」
その時、何か嫌な予感がして俺は咄嗟にシュートの腕を引き寄せた。するとパンと乾いた音が鳴って、腹が熱くなった。
「あ……」
真っ暗な国道沿いで、油断した。暗視ゴーグルを付けた警察が潜んでいたらしい。それにしても容赦なく撃たれたな。
「ロア?」
「シュート、このまま……まっすぐ走れ。黒い車が、すぐに来る」
ガサガサッと音がして何人かに囲まれているのが分かった。俺は思わず諦めかけたけど、シュートはどうやら完全にキレたみたいだった。
「ロア、ロア」
抱き起こされて目を開けても辺りはやっぱり真っ暗であまり何も見えなかったけど、静かになっててシュートがこうして立ってるって事だけは分かった。
「お前って、やっぱハンパねぇ……」
肩を借りて歩き出す。まだ死ねねえ。こいつだけは絶対に逃してやる。
俺は朦朧としながら「いざとなったらお前だけでも逃げろ」「親父に会わせてやるからな」と繰り返した。シュートを励ましているかのようで、自分を鼓舞してたんだ。
無事に迎えにきてくれた車と合流できて乗り込む。
「ロア、撃たれたのか」
「ああ……親父に笑われるな」
「傷は」
「もうダメだ、自分で、分かる……助からねえ」
隣にいるシュートにも意味が伝わっちまうかなと思ったけど、ただ心配そうに見つめられて「大丈夫だ」と頭を撫でてやった。
「あ、れ……お前、目が」
その時、その左目から血がボタボタ流れてんのに今更気がつく。まさか。
俺の大好きな宝石みたいなシュートの左目がすっかりダメになっちまってた。
「ちくしょ……ひでぇこと、しやがる」
「ロア、眠る?」
うまく話せなくて呂律の回らない俺を眠いんだと勘違いしたのか、シュートは下手な|子守唄《ニンナ・ナンナ》を歌い始めた。
――ねんね ねんねよ ぼうやをあげよう だれにあげよう ようせいにあげたら よいこにそだつ そしてあなたは 眠りにつく――
「……シュート」
俺はお前が心配だよ。俺は……ここでもう眠って、それで終わりだけどさ。
「シュート、お前を愛してくれる奴が、きっといる」
「?」
「お前も、そいつが大事だと思ったら……ちゃんと、言葉で伝えるんだ。『愛してる』って」
「ロア、もうすぐ首領と合流できるからあまり喋るな」
フワフワしてるけど、まだそんな簡単にくたばらねーから安心しろ。こいつの事を親父に託すまでは死ねねえ。
「わかったな」
「あいしてる?」
「そうだ。本当に好きで……大事な奴、に……言う言葉だ」
体からどんどん血が流れ出していくのを感じて、目の前が真っ暗になった。
その時、車が止まって誰かに抱きしめられた。きっと親父だ。懐かしい匂いがする。
――親父、意地張ってごめん。俺このファミリーが好きだよ。こいつ、シュートっていうんだ。数えきれねぇくらい、こいつに救われたんだ。バカだけど、とにかく良い奴で……すげー純粋だから、悪い奴に利用されねえよう、面倒見てやってくれ。幸せを教えてやってくれ。
頼むよ。なあ、こいつのこと、頼むよ……親父――
ちゃんと全部声になってたか、もうわかんねぇけど……最後に親父に抱きしめられて嬉しかった。
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