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第36話 少しずつ家族になる
【少しずつ家族になる】
ふと目を覚ますと背中にピッタリくっつかれてて、首の下に右腕、腰には左腕が巻かれてた。外は薄明るくて、早朝みたいだ。
「……?」
目を開いただけなのに俺が起きた気配を敏感に感じたのか、遠慮なくぎゅうと抱き寄せられて驚く。下着だけ履いた状態だったから素肌同士が密着して、背中越しにトクトクと心臓の鼓動を感じた。
「おっ……どした、ショット?」
グス、と鼻をすする音が聞こえて、泣いてんだと分かった。また嫌な夢でも見たか、何か思い出したか。
「どうした」
それぞれの手に指を絡めて、なるべく優しい声で話しかけた。
「ロアが、死んじゃった」
そう言いながら左手が解かれて、ショットの指が俺の腹の銃創痕をなぞる。
「ちゃた……ずっと一緒にいて」
「ああ、ここにいるから安心しろ」
マウロアのこと、思い出すのは辛いか?と聞けば首を振るのが分かった。それでも寂しいんだろう。こいつは人間初心者だから、そういう感情がこうやって外に出てくるようになっただけでも成長だなと感じる。
「どんな奴だった?」
「……」
いっそもっと思い出して、思う存分泣いてみるのもいいんじゃないかと思った。こいつの中で燻り続けてる悲しみを燃やし尽くした方がいいんじゃないかと。
「ロアいっつも怒る」
「お前のこと?」
「うん」
だってお前バカだもんな……と笑う。きっと昔はもっと酷かったんだろうな。
「ドタドタ歩くなって言った」
「お前粗雑だもん、今でもそうだけど」
振り返ろうとしたけど、より強く抱きしめられて身動きが取れない。
「……おれのこと、シュートって呼んだ」
そうか、マウロアが名付けたのか。なんとなく動揺してしまって、俺は何の反応もうまく返せなかった。
その前にはなんて呼ばれてたんだ?なんて聞きたくなって困る。こいつの古傷を抉るような好奇心なんか捨てちまいたいと思ってるのに。
「会いたいか?」
「死んだら、もうあえない」
「……そういう事はちゃんと|理解《わか》ってんのな」
どうせなら本当に何も分からなかったらいいのに。そしたら、ロアは別の所で元気にやってるよって言ってしまえるのに。俺は何も言えなくて、ただ背中でグスグス泣いてる声を黙って聞いてた。
「ちゃた」
「なに……」
「おれのこと、おいていかないで」
その声が涙に濡れてて、抱きしめてやりたいと思う。前に腹を撃たれた時にもこんな風に思ったな。
「おねがい」
「ショット、そっち向きたい」
力を緩めてくれと言えば素直に腕が離されて、一旦体を起こして固まった関節を伸ばしてるとショットが腰に巻きついて甘えてきたから頭を撫でてやった。
本当に今のコイツは小さいガキと一緒だなと思う。死の概念を理解して、孤独を理解して、親のベッドに潜り込んで死なないでって急に泣き出したり。そんな可愛い時期が俺にもあったような気がする。
「なあ、お前のこと抱きしめたいんだけど」
「して」
あと半裸だから寒い。俺は毛布を肩から被ってショットを巻き込みながら寝転がった。
「ここには俺もいるし、シドもいるだろ」
「うん」
濡れた頬を拭ってやるとその手にキスされたから俺はお返しと額に口付けてやった。
「明日もそのまた明日も、そのまた明日もずっと一緒だ」
「うん」
「はは……バカ」
悲しい時は泣いてもいいけど、俺がいなくなる事を勝手に想像して泣くのはよせよと抱きしめた。
「ほら、次は悲しい夢は見ねぇから、もう少し寝とけ」
俺はそろそろ起きてシドニーの朝飯を作ってやらなきゃならねえ。
「いやだ」
「すぐ戻るって」
それともたまには一緒に行くか?と冗談混じりに誘えば「いく」と脊髄反射的に返事が来た。
「え、まじで?」
「いく」
***
今日はショットも一緒にお見送り行くんだって、と伝えたらシドニーは飛び上がって喜んだ。
「やったぁ!学校まで!?」
「騒ぎになりそうだから、残念ながらゲートまでだな」
「そうだよねぇ……」
朝メシのパンに目玉焼きを乗せて渡してやると二人とも同じようなポーズで食べるから思わず笑っちまった。
「一緒に暮らしてると似てくるモンなのかな」
「ととととーちゃんも似てるよ」
「え、俺こんなに頭悪そう?」
「そういう事じゃなくてさ」
たまに同じポーズで寝てると言われたけど、そういやシドニーとショットもたまに同じポーズで寝てる。
「目撃者がいないだけで三人揃って同じポーズしてる時あるかもしれねえな」
「なんかそれ、すごく幸せって感じかも」
「そういう幸せにちゃんと気が付けるお前は最高だな」
着替えてくる、と二人を残してクローゼットに向かいながら「幸せね……」と呟いた。全く、どんな姿でどんな場所に転がってるかわからねぇモンだな。
俺やシドニーにとっての幸せってのは"フツーの人"からしたら一刻も早く抜け出すべき場所で一刻も早く逃げるべき相手と共同生活を送る事だ。
「なあシドニー、ショット、こういうのなんて言うか知ってるか?」
「んー、ストックホルムシンドローム?」
「なんで知ってんだよ!?」
「クラスメイトのシェリーが言ってた。あなたたちってまるでストックホルムシンドロームねって」
マセたガキがいるもんだ。
「やっぱり外から見たらそうなんだよな」
実家に行った時、母親にも「脅されてるの?」って言われたし。どっちかというと俺が押しかけて始まった共同生活だから、全く違うんだけど。
てか誰と暮らしてるのかクラスメイトに言ってるのか。親や教師にまで知られたら厄介な事になるんじゃねーの?と思うが、そこんトコは聡明なシドニーの判断に任せておこう。
ちょっと眠そうにしながらもショットはまじでシドニーの見送りについてきた。
「じゃあなシド、今日は5限までだよな?」
「うん!とともありがとう!」
元気に走ってく背中が見えなくなるまで眺める。
「んじゃ帰るか。お前もまっすぐ帰る?」
「ふわ……」
あくびをするショットに笑って「早く帰って二度寝しようぜ」と言えばじっと見つめられた。これは喜んでるな。最近はそういうのも分かるようになってきた。
シドニーのお迎え準備を開始するまで逆算して5時間はある。今日は気の済むまでたっぷり甘やかしてやろうと決めて帰路を急いだ。
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