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第40話 懐かしい名前
【懐かしい名前】
今朝からシドニーが2泊3日の修学旅行へ出かけて行った。
スラムの家庭事情は複雑な場合が多いので積み立てなんか出来ない世帯が多く、今まで何の案内も無かったから、先週いきなり言われた時は修学旅行なんてあったのかと驚いた。
シンプルに州都観光するだけだってシドニーは不満そうだったけど、それでも立派なもんだ。友達たちと過ごす2泊3日は楽しいぞと言えば多少は楽しみになったようだった。
「さて……」
昨晩からどっか行ってるみたいでショットもいない。夜は帰ってくるのか分からねーけど、久々にシドニーがいないって事はメシを作らなくても別にいいのか。まあショットが帰ってきたらパンでも食わせておけばいいだろ。
朝だけはゲートまでシドニーを送って行ったものの、ここから明後日の夕方まで何の予定も無いって事だ。
こんなにも"何も予定がない"なんて、当然ながらシドニーを引き取ってから初めてのことでソワソワする。ショットと二人で暮らしてた頃は何をして一日過ごしてたんだったか。掃除やら洗濯やらを済ませて、ぼんやり過ごして、夜はたまに飲みに行ったりもしてたな。
せっかく時間があるんだから、とりあえず"ヤリ部屋"のマットレスを風に当てたい。前にショットのせいで汚しちまったあのマットレスはすぐ処分して新しいのを買ったんだが、これもなんだかんだしばらく使ってる。
あんまり風通しも良くないこの部屋で何の手入れもしてないとすぐにカビちまいそうだ。俺はベッドからズルズルとマットレスを下ろして、窓際の壁に立てかけた。
「ふー……」
そうすると外からドカドカと足音が聞こえてきて、ショットだとは思うが念のために腰のナイフを確認して警戒しておく。
「ちゃたー?」
「ショット、こっちだ」
帰ってきたショットは何やらゴツい銃を背負っていた。
「ん?なんだそれまた|首領《ドン》に貰ったのか」
いつか義眼と一緒に失くしたと言っていたFN F2000ってアサルトライフルだ。あんまり撃ってる姿を見たことは無いが、どうも大層気に入っているようでいつでも背中に引っ提げてた。
「はは、なんかその姿を見ると懐かしい気分になるな」
丸みのある独特なデザインのF2000はショットによく似合うと思う。銃に似合うも似合わないもあるかとは思うが……。
「なつかしい?」
「ああ、初めて会った時を思い出すよ」
近寄ってきたショットを視線で誘えば軽くキスされて、なんか妙に甘ったるい空気が流れた。
「シドは修学旅行だって、明後日までは久しぶりにずっと二人きりだぜ」
首に腕を回してキスし返すと|擽《くすぐ》ったそうに笑ってから、少し考えて「ふたりっきり?」と聞き返してくる。
「そう。俺とお前だけ」
意味わかるかな、なんて考えたのは|杞憂《きゆう》だったらしく、あからさまに鼻息を荒くして抱きつかれた。
「ちゃたとふたり!?」
「明後日までな。明日の明日まで」
普段あんまり感情が顔に出ないショットだが、嬉しそうにニコニコと満面の笑みを向けられて思わず「可愛いなクソ」と素直な気持ちが口からこぼれ落ちた。
「ちゃたひとりじめできる」
シドニーがいてもいなくても好きなだけ俺に甘えてるんだと思ってたが、コイツなりに我慢している部分はあったらしい。
「ああ、お前だけのモンだよ」
***
普段なら外から帰ってきたショットは自分の眠りたいタイミングで好きなだけ寝るんだが、今日はうつらうつらしながらも何故かリビングで起きてた。
「ショット、眠いならベッドで寝ろよ」
「んん……いや」
「いやじゃねーよ、ほとんど寝てんじゃねえか」
とはいえ俺もそろそろ寝ようかなという時間になってきた。歯を磨いてると腰に抱きつかれて、今日はシドニーもいないし甘やかしていいかと金髪を撫でてかき回してやる。
「おい、重いって」
「ちゃたと一緒にねる」
「ああ?すぐ行くから、先に寝てろよ」
そう言ってもショットは付き纏ってくる。いつまでも赤ん坊だと思ってたら、今度は親の後追いをする幼児みたいだな。
「こらズボン脱げるから離れろ」
トイレ行ってから寝ると言うと平然とトイレまでついて来ようとするから手を繋いでベッドまで連れて行ってやる。
「ほら、すぐ戻るからここでいい子にしてろ。な」
横にならせて布団を被せてみたけど、しっかり目を開いたままだから手で閉じさせた。
「目は閉じとけ」
「……」
そうすると急に抱き寄せられて顔中にキスされる。
「な、なん……ん、ショット、こら」
「……ちゃたとふたりせっかくだから、ぜんぶ一緒がいい」
「わ……わかってるってば。すぐ戻るよ」
さっきから眠いのに耐えてくっついてくるのはそういう事か。そんなにも二人きりで過ごせる時間を喜ばれてこっちまでジワジワと嬉しい気持ちが伝染してくる。
俺はさっさと寝る支度を済ませると電気を落としてベッドへ潜り込んだ。ショットの事だからもうすっかり忘れてスヤスヤ眠ってる可能性もあると思ったけど、ちゃんと起きて俺の事を待ってくれてた。
「お待たせ。じゃ寝るか」
「うん」
ショットの頭を抱き寄せると満足そうに鼻を鳴らして、背中に両腕が回される。
「おい、体の下に腕入れると痺れるぞ」
「へいき」
「俺も寝にくいし……」
そうは言いつつ押し返す事もない。ショットの額、瞼、頬にキスをすると|強請《ねだ》るような仕草をしたから唇にもキスしてやった。
「んー」
「はは、アホヅラ」
くすくす笑いながら口付けあったり、手を繋いでみたり、まるで子供みたいだ。
そんな風にしてだんだんウトウトしてきた頃、ショットがポツリと呟いた。
「カディレ」
「ん?なんだそれ?」
「おれのこと」
ショットの事?"カディレ"が?もしかしてシュートって呼ばれる前のあだ名ってことか?
「あんま良い意味の言葉じゃ無かったと思うけど……」
ハッキリ思い出せないけど、落ちるとか転ぶとか……古い言葉だとしたら、もっと悪い意味かもしれねえ。
「でもおれ……おれカディレきらいじゃない」
「そうなのか?」
「ん」
眠そうにしながらも、その話口調はしっかりしていた。
「カディレよばれてた時、イヤなことなかった」
「そうか」
由来が何であれ、辛い記憶が無いなら良かったと思う。
「……ショットとカディレ、どっちで呼ばれる方が好きだ?」
「むずかしい」
別にカディレって呼んでほしいわけでもないんだな。髪をサラリと撫でてやると、心地よさそうに目を閉じてショットはまた呟いた。
「ぜんぶ言いたいと思った。ちゃたに……おれのこと」
「うん、話してくれてありがとな」
小さい事でもいいから、なんでも話してほしい。ショットの事ならなんだって知りたい。だってそうだろ、好きな相手なんだから。
「カディレでもショットでも、どんな名前で呼ばれても、お前はお前だ。俺は"お前"を愛してる」
髪を撫でてた手を頬に添えてキスをしながらそんな事を素直に言う。シドニーっていう歯止めが無い今、砂糖をそのまま食ってるような甘ったるい空気が俺たちの間に流れてた。
「……おれ、ちゃたすきでよかった」
「俺もだよ」
触れたショットの頬が熱い。嬉しくて興奮してるみたいだ。そんな反応も可愛いなとつい頬が緩む。親指でその唇を押してみると口の中に迎え入れられた。
「すき、ちゃた……」
そのまま俺の指を咥えて眠ったショットに笑う。赤ん坊みたいに吸うかなと思ってしばらく観察してたけど、流石にそれは無かった。
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