44 / 231

第44話 お前を共犯者にはさせられない

【お前を共犯者にはさせられない】  珍しくリドルが真剣な様子で「話がある」と言うから、スラムのカフェで話す事にした。 「復帰?警察に?良いじゃん」 「まだ悩んでんだよ」 「なんで?」  警察官を引退した父親から何やら手紙が届いたらしく、思う所あって復帰を考えてるという事だった。俺に報告する意味はわかんねーけど、良い事だと思う。 「もう"アイツ"に執着するのはやめて、警察官として自分のキャリアを考えて前を向けって言われたんだよ」 「ああ俺もその通りだと思うぜ」 「……」  個人的にもショットを捕まえてやるって考えてる人間がこの街からひとり消えるのは有難い。同時に友人も消えるわけだから、寂しくねえとまで言うと嘘になるけど。 「あのな、茶太郎」 「言っとくけど、俺はここで暮らしてくからな」 「こんなトコに長くいすぎただけだって、いいか?お前は犯罪者じゃないんだ。人間社会で、真っ当に生きられるんだよ」 「話がそんだけなら俺は帰るぞ」  見送りにはいくから、街から出る前に教えろよ。と席を立てば腕を掴まれる。 「茶太郎、忘れんな」 「何がだよ」 「いくら不幸な身の上だからって……あいつは脱獄事件の時になんの罪もない警察官を何人も殺してんだ」  それを言われると何も返しようがない。元はと言えば、ショットだってその脱獄事件には巻き込まれた側らしいが……そういう事じゃないのは分かってる。 「その人たちにも家族がいた。妻や子供がいた。その尊い命を奪ってんだぞ、あいつは」 「わかってる!俺だってあいつが清廉潔白だなんて流石に思ってねえよ!」  聖人だけを好きになれるなら、誰も苦労なんかしない。あいつがどんな悪人だろうが、犯罪者だろうが……。 「でも……俺はあいつを愛しちまったんだ」 「茶太郎、そりゃDV被害者と一緒なんだって」  リドルが掴んだ俺の腕に視線を落とす。引っ掻かれた痕がミミズ腫れになって、いつのモンかも忘れちまった治りかけのアザが黄色く変色してた。 「その愛情は勘違いなんだ。痛みと恐怖で感覚がマヒしてるだけだ。最初は寂しく感じるかもしんねーけど、あいつと離れて数年もすれば忘れてく、まともに戻れる!」 「……ああ、そうなのかもな。でも……一生勘違いし続けてたいんだよ」  言いたい事は分かるさ。俺だって、もしも友達が毎日生傷だらけになって「あの人の事を分かってあげられるのは自分だけ」だなんて|宣《のたま》ったら、目を覚ませと頬を叩くだろう。 「俺はあいつに与えられる痛みさえ愛してる。あいつになら殺されたって後悔しないって思っちまうくらい」  ――あいつが犯した罪を一緒に背負って、地獄に落ちたって良い。 「だから俺だって共犯だ。もうそれで構わねえよ」 「構わなくねえ!お前とあいつは違う!俺の親父は運良く生きてたが……"|あの《脱獄》事件の時"に殉職した親父の同僚の葬式に俺も行ったんだ」  今回は本気なのか、俺がここまで言ってもリドルは引き下がらなかった。 「いくつもの棺桶の前で、何人もの人たちが泣き崩れてた、まだ若い人だっていた!」  それを目の前で見たコイツは、ショットがのうのうと暮らしてることが許せないんだろう。それも理解できる。つまり俺たちは絶対に相入れないって事なんだ。 「俺だって直接関わって、あいつが心からの悪人じゃないって事は分かったよ……可哀想な奴なんだなとは思った」 「……」 「でもな、親父から手紙が来て……改めて思い出したよ。やっぱり絆されちゃダメだ……人を平気で殺せる奴は狂ってるんだ!!」  あまりの大声にさすがに一瞬だけ周囲の視線が集中するが、すぐ興味は失われる。ギリギリと掴まれた腕が痛い。 「……熱くなんなよ。ここは|法外地区《ゲートの外》なんだ」  俺はわざと突き放すように視線を逸らして言った。 「ゲートの内側の常識を持ってくんじゃねえよ」  俺の事なんかもうどうでもいいって、怒っちまえばいいと思った。 「お前はさっさと帰って、まっとうな生活に戻って、俺たちの事なんか忘れて、立派に頑張れ」  ――でも、そんな軽率な考えで挑発したのが良くなかった。 「……気が変わった。俺は警察官に復帰するし、あいつも捕まえてやる」 「は?おい、何考えてんだ」  その言葉にサッと血の気が引く。何をするつもりだ。 「あいつは捕まれば終身刑だ。茶太郎、そうしたらあいつの事……もう諦めるしかないだろ」 「おい、やめろ!!」  腕を掴まれたまま、半ば引き摺られるように歩き出す。物凄い力で振り解けない。抵抗するとカフェの机が倒れてガタガタッと大きな音を立てたが、こんなスラムで揉め事なんか日常茶飯事だ。誰一人として気にする様子もない。 「やめてくれ、お前を本当に友達だと思ってる、リドル」 「俺だって思ってるよ」  チラリとこっちを見たその目は完全に据わっていた。 「だから、その目を醒ましてやる」  ***  リドルはマジなようで、部屋に俺を放り込むと扉の前にイスを持って行って座った。 「……なあ、どうするつもりなんだよ」 「明日になればアイツが茶太郎を探しに来るだろ」  そこを捕まえるつもりらしい。 「無謀な事はやめとけ、ショットはお前の手に負える相手じゃねえ」 「だから先に茶太郎を捕まえたんだ」  手足を縛りもしないで、俺をここから逃がさない大した自信があるらしい。本気になれば窓から飛び降りるくらいの勇気、俺にだってある。 「ショットにとって俺なんかが人質になるとでも?」 「十分すぎるだろ」 「バカ言うなよ、あいつにそんな人間らしさがあると思ってんのか?」 「あのな、諦めさせようとしても無駄だ、茶太郎。お前たちに初めて会った時から俺は知ってる」 「……」 「お前がアイツの唯一の弱みだってな」 「……ああ、その通りだよ」  俺は意を決して窓に走った。鍵を開けて窓を開けて……なんて悠長な事をしている隙なんかない。飛び込んで割るしかない。  でもその直前で羽交締めにされて捕まった。いっつもダラダラしてばっかの俺は、さすが元警察官の瞬発力には敵わなかった。 「悪いけど、縛らせてもらうぞ」 「放せ!!」 「次に大声を出したら口も塞ぐ。頼むから大人しくしててくれ」  どんなに本気で暴れてもビクともしない。俺はあっという間にイスに座らされて両手両足を括り付けられて、身動きが取れなくなった。  いっつもケツポケットに折りたたみナイフを入れてる事を知ってるリドルはそれも回収してまた扉の前に座り直した。  ***  翌日、ドアがノックされてリドルは銃を手に「誰だ」と返事をした。 「リドル、とーちゃんがここに来てない?昨日から帰って来ないんだ」  不安げなシドニーの声に返事をしたかったけど、次に大声を出せば口を塞がれてしまう。用意周到にもリドルは銃を持ったまますぐ貼れるよう、俺を縛り付けているイスの背もたれにテープを貼り付けていた。 「……シド……」 「シドニー、一人で探し回ってるわけじゃないんだろ。"あいつ"も来てるのか?」 「え、うん……とと?下のバーにいるよ」 「呼んできてくれ。茶太郎はここにいる」 「え!」  ドアノブがガチャガチャと鳴って、シドニーが扉を開けようとしたみたいだった。 「開けてよ!なんで!?」 「大事な話があるんだ。三人で話したい」 「……」 「一人で入って来るように言ってくれ。それから、シドニーは気をつけて帰れ。いいな。約束を守らなかったら茶太郎は返せない」 「……なんで……」  しばらく扉の前で悩んでいる様子だったが、リドルが何も返事をしないままでいると小さな足音が遠ざかって行った。 「……おい、こんな捜査手段は違法だろ」 「何言ってんだ。ここは|法外地区《ゲートの外》だぜ」

ともだちにシェアしよう!