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第45話 お前を共犯者にはさせられない 2

【お前を共犯者にはさせられない 2】  バカ正直に一人で現れたショットはすぐ駆け寄って来ようとしたが、リドルが俺に向けて銃を構えているのに気が付いて固まった。 「扉の鍵を閉めろ。誰も入らせるなよ」 「……」  リドルが本気で俺を撃つわけがねぇだろ、言う事なんか聞かなくていいから、暴れちまえ……そう言いたいけど、ショットはきっと動けないだろう。 「その場から動かずに銃をこっちによこせ。ホルスターごと床に置いて、こっちに蹴るんだ」 「ちゃたをはなせ」 「早くしろ!」 「……」  ショットの腰につけられたデザートイーグルと背負っているF2000が床を滑ってリドルの足元に寄越される。 「両手を開いたまま見えるようにして膝をつけ」  言われるがままにショットはその場に膝をつく。俺は何もできず、間抜けに縛られてる事が悔しくて堪らない。 「いいか?お前はセオドール・A・ブラッドレイ。何人もの罪のない人を殺した犯罪者だ」 「リドル!!頼む……それはやめてくれ!」 「うるさい茶太郎!二度目は無いぞ!」  ああ、名前がトラウマだなんて簡単に教えるんじゃなかった。こんな事になるなんて……甘く考えてた自分を呪った。 「復唱しろ!セオドール・A・ブラッドレイ!!」 「……っ」  フルネームで怒鳴りつけられて、膝立ちのショットの肩がビクッと跳ねる。顔の横に上げたままの手が小さく震えてるのが分かった。 「リドル、やめてくれ……」  黙れと言うようにゴリッと頭に銃を突きつけられて、リボルバーの|撃鉄《ハンマー》が起こされる。俺が殺されると思ってショットが酷く怯えているのが分かった。 「ちゃ、ちゃた……っ」 「早く言え、お前の名前はなんだ!」 「っもうやめろ!こいつの言う事なんか聞かなくていい、ハッタリだ!リドルは俺に何もしない!!わかるだろ、ショット!!」 「茶太郎、次に騒いだら塞ぐって言ったろ」  リドルは片手で銃を構えたまま、俺の口に用意していたテープを貼り付けた。心臓が激しく鼓動してるのに、鼻呼吸しかできなくなって苦しい。 「……おねがい、ちゃたを……はなして」  バカ、早く逃げろ、逃げろよ……! 「放して欲しかったら言え」 「なに……」 「さっさと言え!『俺はセオドール・A・ブラッドレイ、何人もの罪のない人を殺したクソッタレの犯罪者だ』と言うんだ!!」  やめてくれって塞がれた口の中で必死に叫んでも当然まともな言葉になんかならなくて、とにかく首を振りまくって唸り声をあげた。 「お……おれ、は……っ」  ショットの顔からはすっかり血の気が失せていて、今にも倒れそうだ。やめろ、そんなこと言わなくていいから、早く、早く逃げてくれよ……! 「セオ……ド……ッふ、ぅえ゙」  耐えきれずにショットはその場で吐いて床に手をついた。こっちにまで聞こえてくるぐらい苦しそうに呼吸が荒れている。そのあまりに辛そうな姿にズキズキと胸が痛んだ。 「……」 「はぁっ、はぁっ、う……ぅ」  リドルはそんなショットを黙って冷たく見下ろしてるだけだ。 「言えないのか」 「はっ……はぁ……っはぁ、ゔぇ……」  また嘔吐して床に|蹲《うずくま》り、とても動けそうにないショットを見て、無情にもロープを手に近寄って行く。 「動くなよ」  背中で腕を拘束されそうになって、ショットは反射的に逃げようとした。けどその抵抗は弱々しく、更にリドルが精神的に追い打ちをかける。 「や、いや……だ」 「逃げたら茶太郎にはもう二度と会えないぞ」 「……っふ、ぅ……」 「大人しく捕まれば面会くらいさせてやる」  会わせる気なんか絶対にないくせに……俺の存在がショットにとってどれくらい大きいのか、分かった上でここまで徹底して非情になれるリドルは、もう情に訴えて止まってくれる段階じゃないんだろう。  そうしてリドルはショットを縛り終えて俺の隣に戻ると、しばらくその様子を警戒したように見つめていた。次のロープを取って、足も縛った方が良いか悩んでいるみたいだ。 「ぅぐ、う……っ、はぁ、は……っ」 「お前が茶太郎を殺されたくないと思うように、お前が殺してきた人たちを愛する人だっていたんだ」  耳元で銃声が響いて、壁に穴が空いた。そしてまたカチリとハンマーの起こされる音がする。 「茶太郎が殺されたら、お前はどんな気分になる?」 「……っや、やめ……っ」 「分かったか?ブラッドレイ、お前の侵した罪の重さが」  ヒクッとショットの喉が引き攣って苦しそうな息が漏れる。 「はぁっはぁ……はぁっ……ちゃ、た……っ」  それでも俺の心配ばかりするショットに「逃げてくれ」って叫びたくて、声の代わりに涙がこぼれ出た。酸欠で頭がクラクラする。  朦朧としながらうーうー唸ってると乱暴に口のテープが剥がされた。 「騒いだらまた塞ぐからな……」 「っは……っはぁ、ショット、ショット……!」  しばらくぶりに思い切り酸素が吸えて、指先がピリピリする気がした。俺の声に反応してショットが少しだけ顔を上げる。 「もう……もうやめてくれ、リドル……分かったよ、お前と一緒に行くから!」 「当たり前だ。その上でコイツは逮捕する」  なんとかできないのか、なんとか……。 「……頼む、絶対に反抗しないから、解いてくれ」  呼吸だけでも落ち着かせてやりたいんだ、と懇願するとリドルは床に落ちてるショットの銃を更に部屋の隅に蹴り飛ばしてから、倒れてるショットを片手で引きずり起こして俺の腕の拘束を解いてくれた。 「余計なことは一切すんなよ。俺はいつでもコイツを殺せる気構えが出来てんだ」 「分かってるから……頼むよ、もう酷いことはしないでやってくれ」  ずっと縛られてた腕を久々に動かすと関節がギシギシ痛んだ。すぐには動けない俺の様子を見ながら、リドルは保険の為かショットの頭に銃を突きつける。 「……ショット」 「ちゃ、た……っ、はぁ、はっ、はぁっ」 「ショット、大丈夫だ」  吐瀉物と涙で汚れてる頬を手で拭ってやって、キスをした。 「……っ、ふっ、ん……ふぅっ……」  そのまましばらく口を塞いで、ショットの乱れてた呼吸を整えてやる。 「もう大丈夫だから」 「ふ、ぅ……ちゃた……」  俺にはリドルの言動がただの脅しだって分かってる。でも何を言い聞かせても、俺がこの空間にいる限りショットは戦えない。だったら一瞬で俺をこの場から消すしかない……その方法は、"殺す"事しか思いつかなかった。 「本当に、ごめんな……」  ――お前を、愛してる。  俺は前にオーサーに渡された銃を腰から抜き取ると、躊躇なく自分の心臓を撃った。  ***  ガタンと大きな音を立てて足が括り付けられていたイスごと茶太郎の体が床に崩れ落ちたのとほとんど同時に、突然扉が蹴破られてただの割れた木片となり、ガラガラと部屋の中に散らばった。  リドルは混乱しつつも反射的に侵入者に向けて銃を構える。そこに立っていたのはリディアとオーサーだった。 「……!?な、何をしに来た……このクソガキ共」 「少なくとも楽しい世間話をしに来たわけじゃない」  オーサーは小さな体が反動でブレないよう、しっかりと足を開き両手で体の前に銃を構えている。その目は|照準器《サイト》越しにリドルを睨みつけ、いつでも撃てる体勢だった。 「あいつの縄を解いてやれ」 「わかったぁ」 「っおい、やめろ!」 「1ミリも動くなよ、馬鹿犬」  硬直状態の二人を横目にリディアがブチブチと腕の拘束を解いてやると、シュートは泣くわけでも喚くわけでもなく、ヨロヨロと茶太郎の体を抱きしめて動かなくなった。 「ねえだいじょーぶ?」 「……」  自分さえ死ねばシュートは自分の力でこの危機を乗り越えられるだろうという茶太郎の思惑は外れ、完全に心の糸がプッツリと切れたシュートは茫然自失してしまっていた。  一方、オーサーとリドルはまだ互いに銃口を向け合ったままでいる。 「やめておけ。俺とお前、どっちの銃の腕前が優れているかはよく分かっているだろう」 「……なんでコイツの味方をすんだよ」  並外れた視力と反射神経を持つオーサーはリドルが引き鉄を引こうと指先に力を込めた瞬間にその頭を撃ち抜く事が出来る。前科がつく事を嫌がるオーサーはおそらく殺すつもりはないので頭は撃たれなくとも、銃を弾き飛ばされるか、指を吹き飛ばされるだろう。  リドルは悔しくもその事をしっかり|理解《わか》っているので、この状況はすでに"詰み"が確定していた。 「|友達《シド》の頼みだからな」 「弱いものイジメしちゃダメなんだよ」  その言葉にリドルは眉を顰める。どうして、犯罪者を捕まえようとしてるこっちの方がまるで悪役なのだと。 「ふ、嫌と言うほど分かっただろう。ここは|法外地区《ゲートの外》なんだよ」  そしてリディアはいつもの朗らかな表情のまま床に転がっているシュートのデザートイーグルを拾い上げて何でも無い事のように軽くスライドを引くとリドルの頭に銃口をピタリと向けた。 「はい、おしまい!その銃、ちょーだい!」 「さっさとこの街から消えろ、卑怯者の負け犬め」

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