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第46話 お前を共犯者にはさせられない 3
【お前を共犯者にはさせられない 3】
「おい、起きろ茶太郎」
ペチンと小さい手で頬を叩かれる感覚に目を覚ます。
「あ……あ、あれ!?俺、う……っいてて……」
完全に死んだと思ってたから、頭が混乱して状況が飲み込めない。撃った場所は確かに痛いし真っ赤に汚れてるけど、血は全く出てなかった。
「お前に渡した銃に入れていたのは|シミュニッション弾《訓練用ペイント弾》だ。実弾じゃないと知れば顔に出そうだと思ったから黙って渡したんだが……まさか自分を撃つとはな」
「おもちゃの銃でよかったね!」
「ふん。まあ、おかげであの|馬鹿犬《リドル》も上手い具合に騙せて面倒な争いが省けた。どう見ても血が出てないのに、冷静じゃない馬鹿ばかりで助かったな」
「あ、そ……」
とはいえ確認すると至近距離での被弾に|鳩尾《みぞおち》は真っ赤に腫れていて、数日は絶対に青あざになるなと苦笑した。
「……っ!ショット!!」
そしてようやくショットの事を思い出して辺りを見回すと部屋の隅にゴミみたいに適当に寝転がらされてて、慌てて駆け寄る。
「ショット!どうしたんだ!?」
「ちゃたろーに乗っかってジャマだったからどかしといた!」
「退かし方ってモンがあるだろ!おいショット!!」
眠っているわけではないのか目は開いてるけど、虚ろで何の反応もない。声をかけてもピクリとも動かなかった。
「ショット、おい、おい!しっかりしろ」
「こわれちゃった?」
「わかんねぇ。とにかくここじゃ落ち着けないな……悪いリディア、こいつウチまで運んでもらっていいか?」
いいよ!とニッコリ笑ってくれたのは良いが、荷物みたいに小脇に抱えるから手と足をズルズル引きずってる。できれば背負ってやってくれと頼むと素直に聞いてくれた。
そしてその後を追おうとしたらオーサーに服を掴んで睨みつけられる。
「じゃあ、お前が俺の"足"になってくれるんだろうな?」
「慎ましく車役をさせていただきます、陛下」
内心ではショットが心配で堪らなかったけど、クソガキ共がいつも通りでいてくれたから、俺の精神状態まで引っぱられずに済んでありがたかった。
***
アパートに戻るとシドニーが飛び出して来て抱きつかれた。オーサーがここで待ってろとしっかり言いつけておいてくれたらしい。
「オーサー、二人を助けてくれてありがとう」
「これで貸ひとつだ。安くないからな」
「うん!」
「まじでこの礼は改めてする……」
「じゃーねー!ばいばい!」
帰ってったリディアたちを見送って、俺は脱力して重いショットをズルズル引きずって奥の部屋に連れてった。
苦労しながらどうにかベッドに寝転がらせて、汚れてる服を脱がしてやる。
「とと、大丈夫?」
「ああ……とりあえず生きてる。命がありゃなんとかなるさ」
酷い目に遭った……と力が抜けかけるが、休むより先にショットを綺麗にしてやりたかった。
「本当は洗ってやりてえけど、俺の力じゃ無理だから」
見ててくれとシドニーに頼んでタオルを取りに行こうとすると引き止められる。
「ん、どうした」
「とーちゃんが見ててあげて!」
「え……あ、おう」
走ってった背中を見送ってしばらくぼんやりしてしまったけど、シドニーの気遣いに甘えてショットの側にいることにした。
「……ショット」
話しかけても当然返事はなく、まるで電源の抜かれちまったロボットみたいにおとなしい。自分の殻に閉じこもって、外からの刺激をシャットアウトしてるみたいに見える……けど、ぼんやりしてる目の前に手を差し出すと一応ほんの少しだけ反応があった。
「見えるか?聞こえてるか?」
「……」
「ダメそうだなこりゃ」
「とーちゃん!濡れタオルと着替えで良かった?」
「ああ、ありがとう。それと水も持って来てもらっていいか?吐いたんだこいつ」
「分かった!」
全くの無意識では無いみたいで、顔と体を拭いて綺麗な服を着せてやると多少は協力的に動こうとする気配がある。
「とーちゃん、これ水……」
「助かるよ、ありがとな」
水を受け取ってから小さな額にキスをして、あとはしばらく二人きりにしてくれるか?と頼むとシドニーはショットと俺の頬にキスをして出て行った。
体を起こさせて口に水を流し込んでみたけどうまく飲み込めねえみたいだから口移しでどうにか飲ませて、また寝かせて手で目を閉じさせた。
「今日は疲れたろ、おやすみ」
起きてんのか寝てんのかわからねーけど。夜中に目が覚めた時にもしこいつの目が開いてたら大したホラーだな、なんて思いながら俺も簡単に体を拭いて部屋着に着替えるとさっさとベッドに潜り込んだ。
腹も減ってたし頭も洗いたかったけど、今はコイツから一秒でも離れたくなかった。
「ショット、お前は悪い夢を見たんだ。全部夢だよ。もう大丈夫だからな」
丸い頭を抱きしめて、何度も耳元でそう言い聞かせながら眠った。
***
そして翌朝、目を覚ますとショットが起き上がってたから驚いた。
「……ショット?大丈夫か?」
でも返事も反応もない。
「ほら、朝メシにしようぜ」
ぼーっとしてる手を引いてリビングに行くとシドニーがホッとしたように抱きついた。
「とと!もう大丈夫なの?」
「まだ反応は無いけど、動けてるだけ昨日よりマシそうだな」
ショックで俺の事すっかり忘れてなきゃいいけど……と不安になるが、コイツのことだし有り得なくもない。
ま、その時はまた3年一緒にいれば良いだけか。
「3年前のショットもほとんど喋らなかったし、なんとかなるだろ」
「せっかく3歳くらいのお喋りは出来るようになってたのにね」
「仕方ねえな。また人間のやり方をゼロから教えるよ」
でも今日はマウロアの月命日だから、ショットが現れなかったら|首領《ドン》が心配して探りにくるかもしれねぇな……。
今回の事が知れたらリドルはきっと"始末"されちまうだろう。それはなんとなく嫌だ。
「俺ちょっとだけ出かけてくる。シド、ショットを見ててくれるか?」
「いいよ」
またいつ"電源"が切れちまうかわからねーから、せっかく引っ張れば歩ける状態のうちにトイレに行かせて、バスルームで体を洗ってやってからシドニーに託して出て来た。
***
一人でマウロアの墓参りに行くと案の定「シュートはどうした」と聞かれたが、体調不良だと答えておいた。実際あいつも風邪ひくことだってあるし、そんな変な言い訳じゃないだろう。
「……よお」
マウロア……享年、17歳。テレビで報道されてる生まれ年が正しければ、ショットは今24のハズだ。16の時に投獄されて、その後どれくらいで脱獄事件が起きたのか俺はハッキリ知らねえけど……同い年だったのかもな。
「悪い……お前が命まで懸けて大事に守ってくれたモン、俺が傷つけちまった」
――親友を喪ってから、6……いや、7年か。
どっちにしろ、心の傷を癒すには短すぎる期間だ。昨日、あの時……本気で俺が死んだと思ったんなら……あいつ、どんな気持ちになっただろうか。
「死なないで」「おいていかないで」とガキみたいに泣いてた姿を思い出して、罪悪感でいっぱいになる。
俺はあいつの心にナイフを突き立てて、抉って、バラバラに引き裂いちまったんだろう。
それでも、どうしても守りたかったんだ。弱い俺には他の方法が思いつかなかった。
「……来たばっかだけど、帰るよ。次は絶対にあいつと来るから」
そうマウロアに軽く挨拶をして、走って帰った。
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