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第49話 確かにそこにあった友情

【確かにそこにあった友情】  春が来て、去年の9月から中学生になったシドニーは毎日楽しそうで、ゲートまでの送り迎えもまだ素直に一緒に歩いてくれる。というか、まだ道がちゃんとあるスラムはともかく、崩れかけの違法建築バラック群がぐちゃぐちゃに積み上がって道もへったくれもない|こっち側《ゲートの外》を歩く危険性はしっかり理解してくれてるんだろう。  同時に、俺よりショットに送り迎えしてもらった方が安全だとか思われてそうではあるけど。 「新しいクラスはどんな感じだ?」 「楽しいよ!えっとね、今日はね!」  並んで歩きながら聞いてみると、学校であった事をたくさん聞かせてくれる。こんなシドニーにもそろそろ反抗期とかってくるのかな。「うるせえんだよクソ親父」とか言って口利いてくれなくなったらいやだな……。  ――俺、普段の言葉遣いちょっと見直そうかな。 「その時が来たら、せめてショットみたいな口調にしてくれよ」 「なにが?」  俺が何やら口うるさく注意したりして、二人から「もーちゃたうるさい」「とーちゃんあっちいって」って言われる光景を想像してみたら、あれ?それはそれで悪くないかも……とか思えた。いや、断じて俺は|M《マゾ》じゃねえんだけど。  ***  リビングの机で書き物をしてると寝室からピロピロ笛の音とケタケタはしゃいだ笑い声が聞こえてきて、いったい何事かと覗き込めばベッドの上に二人で座って仲良く遊んでるみたいだった。参加したくなって俺も靴を脱いでベッドに乗っかる。 「えらく楽しそうじゃねえか、二人でなにしてんだ?」 「あははは!とーちゃ……!見て見て!!」  シドニーはショットの手に掴まれてるフルートを奪い取って、笑いながら震える息で何やら簡単なメロディを吹いてみせた。  するとショットは音に反応するおもちゃのように首を左右へヒョコヒョコと傾けた。その仕草がツボにハマったのか、シドニーはベッドにフルートを取り落として酸欠になりそうなほど笑い転げながらヒーヒー苦しんでいる。 「おいおい、壊すぞ」  それにしても確かに独特すぎる反応だ。鳥かコイツは。 「これ何かわかるか?ショット」 「なにこれ」  シドニーは中学の音楽の授業で選んだフルートがとても楽しいようで、たまに居残りしてまで練習してるらしい。ショットが触ったら壊すかもしんねーから学校に置いとけって言ったんだけど、聴かせてみたくなって持って帰ってきたんだと。 「とと、これフルートっていう楽器だよ、フルート!」 「これフルート」 「楽器って知ってるか?」  こいつは音楽やら楽器って概念さえ知らないかもしれないな。俺の地元に行った時、ショッピングモールでBGMなんかは耳にしたハズだけど……ザワザワした場所で情報量が多すぎてあんま聞こえてなかった可能性もある。 「ここに息を入れたら音が鳴るんだ」  俺もやってみたけどスカッた音しか出ない。「貸して!」とシドニーがまた吹いてみせると、また首を傾げて心底不思議そうな顔をした。 「あははは!!」 「それにしてもやっぱ音に敏感なんだな」 「あはは、あは、とと目まんまるなんだけど」 「こぼれ落ちそうだな」  しばらくシドニーの拙い演奏とショットの変な動きを堪能してから、俺は立ち上がって寝室を後にした。  ***  リビングに戻って作業の続きをしようとしたらシドニーがついてきて俺の手元を覗き込んでくる。 「とーちゃん、なにそれ?」 「手紙書いてんだよ」 「誰に?」 「ヒミツ」 「ふぅん……」  "あの事件"からそろそろ半年くらい経つし、どこにいるのかわかんねーけど、俺はとりあえずリドル宛に警察署へ手紙を書いた。  まあ、名前さえきちんと書いておけばきっとどうにかして届けてくれる事だろう。あいつがちゃんと警察官に復帰してたらの話だけど。  ――クソッタレのリドル・J・J・クーパー殿  なんか色々ごめんな、騙すつもりは無かったんだけど、俺は運良く生きてた。  お前が、本当にただこの街から俺を連れ出してアイツを忘れさせようとしてくれたんだって事も分かってる。だから色々あったけど、全部気にすんなよ。  でも、もうここには帰ってくんな、俺たちは絶交だ。お前が立派な警察官になって、しっかりやる事を祈ってる。  これ以上、罪のない人が傷付かないで済むように俺は俺であの猛獣の手綱をなるべくちゃんと握っておくからさ。  ……まあなんか、そういう感じの内容だ。  あんな事があったけど、別にリドルを嫌いになったりはしてない。むしろ、あいつの言ってる事は全部正しいと思ってる。でも、正しい事だけが心の正解ではないから、人間って複雑なんだよ。  あいつだって、本心ではショットの事を心からの悪人だと嫌いきれてなかったはずだ。一緒にいてそう感じる瞬間が何度もあった。だからこそ悩んだんだろう。 「……」  せめてもの救いは、あいつの親父をショットが殺して無かった事だけか。もしそうだったら、あいつはなりふり構わず逮捕どころか復讐としてショットを殺そうとしたかもしれない。でも、そんな勢いで現れたらそもそも初対面の時にショットが返り討ちにして終わってただろうな。  "たられば"の世界線について思考を巡らせても仕方がない。あいつは最後までショットを許せなかったけど、それとは無関係に俺たちの間には確かに友情があった。それだけが事実だ。 「……あ、そうだ」  俺はそのついでにもう一通、追加で手紙を書いた。 「シド、ショット!俺ちょっとポスト行ってそのまま買い物してくる」 「はぁい、いってらっしゃい」 「ショットが壊す前にフルート片付けておけよ」 「うん」  見送りに来てくれたシドニーの頬にキスをして、俺は扉を開いた。  ***  ウチには当然ポストなんかねえし、あったとしても回収に来てくれるわけもねえから、スラムにあるラクガキだらけのポストに「本当に回収されんのか?」と不安になりつつ手紙を投函した。  追加で書いた方の手紙は入れず、ポケットに入れる。 「……さて」  こういう時、どこからともなく現れてはギャーギャー騒いで、結局一緒にカフェに行ったり買い物に行ったり、そんなお供がいなくなっちまったんだなと痛感する。  数少ない友達だったのになあ。それでも俺は安心して普通に暮らしていける人生より、|あいつ《ショット》を選んだ。それについて、後悔なんてこれっぽっちもない。  とはいえシドニーにはこの街から出て行けるように教育しときながら、俺って自分に都合の良い奴……と笑う。  用事を済ませてゲートを抜けると住み慣れた法外地区に気の休まる感じがした。この4年間で、すっかりここが俺の帰ってくる場所になったんだな。 「ただいまぁ」 「おかえりとーちゃん!」 「おかえり」  部屋に入ると二人に抱きつかれる。それにも驚いたが、何よりも……。 「え!?ショット、今お前、おかえりって言ったのか?」 「俺が教えたんだよ!」 「なあもう一回言ってくれ」 「なに」  意味が分かってなさそうなショットの頬に手を当てて「ただいま」ともう一度言うと、首を傾げながら「……おかえり?」と言われて、俺は思わず抱きついてキスをした。

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