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第50話 お前が生きてた事の証明
【お前が生きてた事の証明】
また少し時は遡って、ここからの話は俺の自殺未遂とショットの心身離脱事件から少し経って、いつもの日常が戻ってきた頃。
俺が死んだと思ってんだろうし、もう少し気持ちの整理がついたらリドルに手紙でも出してやろうとは思ってる。
「……ん」
目を覚ました時に隣で寝てるショットの寝顔が穏やかだと、それだけで幸せだと本気で思う。大人しくしてる時のコイツは本当に静かだから、ちゃんと生きてるよな?と寝息を確認してからそっと部屋を後にした。
「とーちゃん、おはよ」
「おはよう、すぐ朝メシにするからな」
「それがさ……今日、早く行かなきゃいけないの、忘れてた」
「まじか、もう出る?」
「うん」
わかったと返事をして簡単に身支度をすると、棚にあったパンを持ってアパートを出る。
「これ持っとけ。腹減るだろ」
「ありがとう」
最近のシドニーは少年って感じから青年らしくなって少しずつ身長も伸びてきた。関わる人間の数も種類も増えたはずだが、今のところはまだまだ素直に甘えてくれる。
「あ、しまった」
「どうしたの?」
「そのまま買い物して帰りたかったけど、ショットに何も言わずに出て来たから一回帰らなきゃな」
まだ早い時間だから起きてないだろうが、念のために一度帰るだけで寂しい思いをさせる可能性が消せるなら安いモンだと思う。
「とーちゃんって、カホゴだよね」
「面倒見が良いって言ってくれ」
部屋に戻るとやっぱりショットはまだよく寝てて、慌てる必要もねぇから俺もベッドに戻って一緒に二度寝する事にした。
「んん、ちゃた」
隣に潜り込むと嬉しそうに擦り寄ってくる。
「くっついてても汗かかない季節になったな」
コイツは年中いつでも汗とか気にせずにベタベタしてくるけど。
「のどかわいた」
「あー?」
もー、と言いつつすぐ起き上がって水を取りに行く。やっぱ面倒見が良いんだよ、俺は。な。
「おい持ってきてやったぞ」
「ん」
ショットは全く起き上がる気がなさそうな様子でゴロリと仰向けになる。飲ませろって事か?
「鼻から出るぞ」
「でない」
面倒見が良い俺は口に水を含んでコップをサイドテーブルに置くとショットに覆い被さった。少しずつ流し込んでやると上手く飲んでたが少しだけ口の端から垂れた。
「ほらもう」
拭ってやると抱き寄せられて頬を舐められる。
「俺もうちょい寝るから」
「おれも」
頬に当ててた手を取って人差し指に食いつかれたから口の中をグイと押してやると「おえ」と言いつつ離さない。その時、指先に固い感触があってふと気になった。
「そういえばこのピアスってなんなの?」
「|首領《ドン》がした。バチってなった」
「ふぅん、痛そ」
「ちょっといたかった」
抱きつかれたまま横になるがしつこく顔を舐めたり噛まれたりして、気まぐれにチロッと舌を出してやると案の定それも舐められる。
「もう噛むなよ。まじで痛かったし1週間くらいメシ食うのも大変だったんだからな」
「んーちゃたべーして」
「お前って俺のベロ好きな」
「ちゃたぜんぶ好き」
「知ってるよ」
俺がもし死んだら、骨は砕いて粉にして、内臓や肉と混ぜて焼いてコイツに一つ残らず食ってもらおうか。その時は俺の左目をくれてやるから……そうして、お前とひとつになって、同じ|モン《景色》が見れるなら最高の死だな。
……なんて考えてたら。
「クソ、ムラムラしてきた」
「?」
「さっさと寝るぞ」
ショットに背を向けるように寝転がるとやっぱりくっつかれて、背中があったかいなと思いながら俺はウトウトと心地よく二度寝を堪能した。
***
買い出しを終えて帰路につくと突然真横に黒塗りの車が止まって扉が開いた。何事かと身構えたが、そこに乗っていたのは|首領《ドン》だった。
「よぉ奇遇だな。帰る所か?まあ遠慮せず乗れ」
「び、ビビるんすけど……」
「そういや、ショットの|あれ《ピアス》、なんなんすか?」
「純金で出来てる。売るなよ」
「売りませんよ」
車に乗せられ……乗せてもらって、隣に座っている首領に聞いてみる。意外と小さい車に乗ってるんだなと思ったけど、思考を読み取られたのか「派手なのは好きじゃねえんだ」と先手を打たれた。
「あいつに恨みを持ってる人間がもしあいつを殺すような事があれば、人間と判別できる形で見つかるかどうかも怪しいだろ」
「はあ、まあ……」
そんな事にはなってほしく無いが、言う通りその可能性はゼロではない。
「最初はドッグタグでも付けさせようかと思ったんだが、無理そうだからな」
「一瞬で失くすでしょうね」
そうか、死を判別するため……。
突然帰って来なくなって生きてるのか死んでるのか分からなくなったとしても、あのピアスが付いた肉片さえ見つかれば……。
「……」
「耳なんかはいつ切り落とされてもおかしくねえから、死ななきゃ取れねえような場所に目印を付けとこうと思ってな」
いっそそんな印なんか無ければ、形も分からねえくらいにされて殺されたとしても、俺はその死を知らずに、いつ帰ってくんのかなってずっと思っていられる。
――でも、そうだよな。
「ファミリーの刻印が小さく入ってるが、別にあいつをウチの所有物扱いしてるわけじゃないから許せよ」
「それは正直、あんま面白くない情報ですけど……」
この街じゃピアスの付いた肉片くらい、たまたまショットの居所が分からないタイミングで見つかったってそれほどおかしくはない。本人かどうか判別する方法は必要だろう。
「まあ俺も、もしあいつが死んだらちゃんと見つけて葬ってやりたいし、そういう事ならいいです」
「着け換えさせてやろうか、ブツにでも」
首領はよほど面白い冗談を言ったつもりなのか、肩を震わせてくつくつと笑うが、冗談じゃない。俺は笑えない。だって正直、クソほど|唆《そそ》る……と思っちまったからだ。
「け、結構です」
咳払いで誤魔化して、煩悩を頭から追い出した。すると車は俺の住むアパートへ向かう道を素通りして直進して行く。
「|あいつ《シュート》も墓参りに来てるだろ、ウチに寄ってから二人揃って家まで帰してやる」
「あ、そうか今日は月命日……」
「いや、"命日"だ。10月28日」
「え……」
それを聞いて驚く。確か去年、初めてマウロアの事を話してくれて一緒に墓参りに行ったのもこの日だったはずだ。
――じゃあ、あの時に墓参りに誘ってくれたのって、命日だったからか……。
***
揺れる車内、隣で眠るショットをぼんやりと見つめる。あんまり俺とは接触させたくないみたいだが、こうして油断した姿を見せられるくらいにはやっぱり|コイツら《マフィアたち》にも気を許してはいるんだろう。
その両目で見つめられたら、どんな気分がしたんだろうか。正直な所、マウロアが羨ましい。これからどれだけ一緒にいてもそれだけは絶対に叶わないんだから。
「……なあ、もし俺が先に死んじまったらこの左眼をやるから、反対にお前が先に死んだら……その右眼は俺にくれよ」
そっと左目のケロイドに触れながら呟くと首領の部下が「左はウチのロアがあの世に持って逝っちまったからな」と運転席から言う。
――そうか、それならきっと良い景色を見せてもらってるに違いない。
「マウロアにあの世で会うのが楽しみだな」
それまでは俺とこの世で生きる時間を楽しんでくれよ。
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