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第51話 似たもの同士、気が合うのな
【似たもの同士、気が合うのな】
この辺りの地域は一年を通してそんなに激しい季節の変化は無いものの、そろそろ冬支度だな……と思いながら家の用事をする。
「くあ……」
すると急に眠気がきて、あくびが出た。暑くも寒くもなく、ちょうど良い空気につい一日中ウトウトしてしまう。
普段からダラけてばっかなのに、このまま拍車が掛かったら俺は本当にダメ人間になっちまう……と思いながらも、瞼は重くなっていった。
ガタン、ゴトゴト、と物音で目を覚ます。ショットがどこかから帰ってきたみたいだ。
「うー、だる……」
シーツを取り替えながらいつの間にか寝ちまってた。変な体勢で寝たせいで固まってる首を回しつつリビングに行くと、ショットが見たことのないクッキーをボリボリ食べてた。そんなモンを買い与えた覚えはない。
「あれ……それ誰にもらったんだ?」
「リディア」
思わぬ名前が飛び出してつい興味が湧いた。
「なになに、お前らって仲良いの?」
「しらない」
知らないと言う割には名前をちゃんと覚えてるあたり、こいつの中で他人よりはランクが上なんだろう。
「さっきそこで会って、げんきになったってきくから、なんでおれずっと元気なのに、変なのって、それでこれくれて、それでおれ……」
「待て待て待て!」
急にペラペラ喋り出したから思わずビックリしてその腕を掴む。
「なに」
「いや……お前……その」
こいつがこんなにも"文章"らしく話すのを本当に初めて聞いた気がする。
「……もっと話してくれ、なんでもいいから」
「もうない」
「なんでもいいよ、今日あったこと」
「ぜんぶ言った」
「じゃあ明日も聞きたい」
「いいよ」
そしてハッととある事を思いついた俺は慌ててショットが練習に使っている紙とペンを持ってきて『茶太郎』と書いた。
「お前……もしかしてこれ、読めるのか?」
書いてるんだから当たり前だろう。でも、なぜか俺の中でそれがピンと来てなかった。
「ちゃたろ」
この文字が茶太郎って読めるんだと、こいつの中で繋がってることが嬉しい。
「そう……これが『ちゃ』で『た』で『ろう』な。これ3つの文字が並んでるんだよ」
「わかんない」
「これひとつで『ちゃ』」
「ちゃ」
茶を見つめてるショットに「ブラウンって意味だよ」と教えてみたけど俺の声は右から左へ素通りしてるみたいだった。
「ちゃ……」
「なあ、じゃあこれは?」
試しに『シドニー』も書いてみたけど、ショットは不機嫌そうに紙を持った俺の手をやんわり押し退ける。
「もうべんきょういやだ」
「ああごめんごめん」
俺が矢継ぎ早にどんどん質問ばっかするから嫌になったみたいだ。寝室に逃げ込んじまった背中を慌てて追いかけてく。
「ショット、もう難しいこと言わねえから」
一緒にベッドの上に座って靴を脱がせてやりながら「リディアとどんなこと話したんだ?」「クッキー美味かったか?」とひとつずつ尋ねるとぽつぽつ答えてくれる。
「お前、まじで話すの上手になったな」
ずっと一緒にいるから気付きにくかったけど、最近は随分と会話が会話らしくなった。
「これちゃたの」
そんな事を考えてしみじみしてると、ゴソゴソとポケットからもう一枚クッキーを出して渡された。
「いいよ、お前が食いな」
なんか汚そうだからやめといた。
***
翌日、窓からボーッと外を見てるとリディアとオーサーがどっかの屋根の上を飛んで移動してるのが遠くに見えた。
オーサーだったら気付くかな、と思って軽く手を振ってみるとやっぱりしっかり見えてたらしく、こっちに向かってくる。呼んじまったのは俺だから、仕方なく下に降りて二人を出迎えた。
「こんにちは!ちゃたろー」
「おう、この前ショットにお菓子くれてありがとな」
「いいよ!」
「呼んだからには買うつもりなんだろうな」
「押し売りするなよ。今日は何してんだ?」
「今日はなんにもないの。だから、お話を売ってるよ!」
「はあ?」
お話ってなんだよ……とオーサーに視線を投げるがニヤニヤ笑うばかりで答える気がなさそうだ。
「わかったよ、いくらだよ」
「10ドル!」
「高ぇよ!」
ガキに小遣いをやってるようなモンだなと思いながらもポケットに入ってた札を手渡してやる。
「まいどあり!じゃあ何のお話がいい?」
「なんだよ、人魚姫の話でも聞かせてくれるのか?」
だったらショットに聞かせてやってくれ、情操教育になる……と言えばオーサーは意味深に指を立てた。
「10秒以内に、今一番お前が詳しく知りたい人物の名前を挙げろ」
「は、はあ……?あ、いや、待て!」
オーサーは皮肉は言うが嘘は言わない。何をどこまで知ってる?何が聞ける?お話って、情報のことだったのかよ。頭が混乱してたがとにかく口を動かした。
「シドニーの母親のこと……」
「兄さんの言ってたとおり!ちゃたろーってたんさいぼー!」
「ああ、だが賢い選択だ」
「え、偉そうに、このクソガキ」
思わず手が出そうになるが大人としてグッと堪える。
「本名ジェーン・ウィリアムズ、18で|あいつ《シドニー》を産んで、今は29……お前と同い年だな」
名実共に父親になってやればどうだ?なんて言われて今度こそマジで殴ってやろうかと思った。
「なんで俺の年齢まで知ってんだよ」
「企業秘密だ」
「ありきたりなファミリーネームに|ジェニー《どこにでもいる》とは。自分の不始末で作った借金で首が回らず、男に目が眩んで子供を放り出し、捨てられれば手のひらを返して子供に会いに帰って来る……まさに"ありきたり"な転落人生だな」
10ドル払ってそれだけか?と睨めば「慌てるな」と余裕そうで、まだ何か知ってるみたいだ。
「去年の春にシドを置いて男の所に行ったものの、案の定長続きしないで今年の夏にスラムに戻ってきてる。身勝手にも小学校に息子を探しに行ったようだが……卒業後で特に情報は得られなかったみたいだな」
ただ母親という事もあり学校も守秘義務には当たらないとして、そのまま同地区の中学に進学したという情報は手に入れたらしい。
「放置して出て行った手前、まだ警察に捜索願は出さずに自力で探してるみたいだ。まさか|こっち《ゲートの外》にいるとは思ってないのか、スラム地区ばかりをな」
「でも、探してるって……中学校の前で待ち伏せされたら!」
「既に目撃情報はある。西門と東門があるのが幸いしてるのか、まだ見つかってはいないようだがな」
だからなんでそんな事まで知ってんだ……と気になって仕方がないが、今はそれよりもシドニーの事だ。
「いくら子供を放置して出て行ったクズだとはいえ、相手は正式な"親"だ。訴えられればお前たちは誘拐犯……不利な立場になる」
「……それに、そんな親でも親なんだ。シドの本心はわからねぇ」
どんなに俺たちに懐いてくれてても、実の母親は特別だろうと思う。
「ああ。厄介な事になる前に話し合っておけ」
立ち去りかけたオーサーたちをつい呼び止めて「追加で"買える"か?」とまた10ドルを手に取る。
「ショットの事だ」
「もう金はいらん。そうだな……お前が逆さまに立っていられた時間だけ追加で話してやる」
「無茶言うなよ!」
「やるのか?やらないのか?」
逆立ちなんか体育の授業以来やってない俺が1秒も耐えれずに撃沈したのをクソガキ二人は散々大笑いして、まじで何も教えてくれずに立ち去って行った。
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