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第52話 誘拐だなんてとんでもない

【誘拐だなんてとんでもない】  タイミング良くシドニーが休みの今日、ショットが起きてきたのを捕まえて「家族会議をしよう」とリビングに二人を座らせた。俺はショットの隣に、シドニーと向き合うような位置関係で座る。これはいつも食事をする時の席順だ。 「どうしたの?とーちゃん」 「大切な話があるんだ。ちゃんと三人で話し合わなきゃいけないことでさ」  もちろん、昨日オーサーから"買った"情報に関する事だ。母親が探していること……シドニーはどう思うだろうか。 「えっと」  望むようにさせてやりたい。でも、もしその目が嬉しそうに煌めいたら……傷付かない自信は無かった。 「その……」  机の上に組んだ手に手汗が滲んで、どう切り出せばいいのか分からず言い淀む。 「ちゃた」 「え、あ」  心配そうにショットが手に触れて、顔を覗き込んできた。そうだ、俺がこんな深刻そうにしてたら、シドニーも素直な気持ちを話せなくなるかもしれない。 「その、シドのお母さんがな、シドの事を探してるんだって……」 「えっ」  俺がそう言った瞬間、シドニーの顔がパッと嬉しそうに明るくなった。 「そう、なんだ……」  シドニーが嬉しいなら、それは喜ぶべき事のハズなのに……やっぱり俺じゃ親の代わりにはなれないんだ、と思うとどうしても辛かった。  嘘を|吐《つ》くのは苦手だ。だから俺は気持ちがバレないように、ショットの視線から顔を逸らして「もし会いたかったら……」と続けた。 「会いたくない」  でもその言葉に驚く。 「な……なんで、いま嬉しそうに」 「会ったら気持ちが揺らぐって分かってる。血の繋がった母さんなんだもん」  揺らぐっていうのは、母親のした事を許すか許さないかって事だろうか。許したくないけど、会えば許してしまいたくなる……そういう事なんだろう。 「でもさ、|こんな《捨てられる》事……初めてじゃないんだ」 「シド……」 「俺は何回も置き去りにされて」  母親をどう思ってるのか、今までもずっと気になってたけど聞けなかった。本当は一緒に暮らしたい、俺たちよりも母親と一緒の方がいいって言われるのが怖くて……。  でも、シドニーの心には俺が思ってる以上の傷があったみたいだ。 「男に捨てられたら、また帰ってくる」  まだ11歳なのに。何度もこんな思いをさせられて、大人の汚い部分をたくさん見てきて。それなのに、母親を憎みきれないんだろう……血の繋がりって、本当に恐ろしいモンだ。 「そうしたら、ごめんねって謝って、抱きしめて、たくさんキスしてくれる」  話しながらシドニーはため息を漏らす。 「それで、もう二度と離れないって言うんだ。でも、言うだけなんだ」 「そう、か……」 「でもその度に俺は今度こそ本当かもって期待して」  シドニーの目に涙が溜まってくのが分かって、ショットに繋がれたままだった手をそっと外した。 「期待して……また裏切られる」 「うん」 「期待するだけ、前よりもっと傷付くんだ……」  俯いたままそう続ける。本当はまだ心のどこかで母親に期待してるんだろう。でも、それと同じだけ、傷付く事を恐れてる。 「もういやだよ」 「シド……」 「捨てられるのは、もういやだ」  とうとうポロポロと泣き出したシドニーを抱きしめようと立ち上がりかけた瞬間、ショットの方が俺よりずっと早く動いた。 「ぅわ!!」  ガタァンとあまりにも派手な爆音に何が起きたのか分からなかったけど、気が付けば机が斜め前方の壁際に吹っ飛んでて、ショットがシドニーを抱きしめてた。 「シド、泣いてる」 「と、とと……」 「だれが泣かせた?」  キレてる馬鹿を落ち着かせる事は後回しにして、俺も立ち上がってショットごとシドニーを抱きしめる。 「決めた。シドは俺たちの息子だ」 「……うん」 「さっき話してくれた事……辛くなかったら、手紙に書いてくれるか?俺は、お前と母親を直接会わせたくない」  こっちだって誘拐犯にされちまうかもしれねぇが、あっちだって立派な|育児放棄《ネグレクト》をしでかしてる。裁判沙汰になれば、お互いに無傷じゃ済まない。  話し合いで解決できれば、それが一番だと思った。 「シドの気持ちを伝えて、シドが自分自身で色んな事を決めて、金を稼いで、ひとりで生きていける年齢になるまでは会わせられないって伝えてくる。それでいいか?」 「うん」 「その時になったら、母親と和解するのか縁を切るのか、お前が決めていい」 「うん」  ショットは話が難しくてよく分からないのか、とにかくおとなしく黙ったままシドニーの頬に流れる涙を甲斐甲斐しく服の裾で拭ってる。  俺の事は遠慮なくベロベロ舐めまくるくせに、こういう涙の対処法も知ってるには知ってるんだよな、一応。 「俺たちは絶対にそれまでもそれからもシドを裏切らない。だって家族なんだからさ。本当の家族は切っても切り離せないモンなんだ」 「血が繋がってなくても?」 「当たり前じゃねぇか。世の中の"親子"は繋がってるケースが多いけど、"夫婦"は全員血は繋がってないんだぞ?でも家族だ。俺たちもそう。一緒に暮らしてても離れて暮らしててもそうだ。その事は前にだって話したろ?」  他人同士から始まって、時間や体験を共有するうちに、家族になっていくんだと俺は思う。 「ショットと俺だってそうだ。最初は完全に他人だったんだぜ」 「おれとちゃた?」 「そう。はじめは知らない人から始まって、何年も一緒にいて、今があるんだよな」 「よくわかんない」 「頷いとけ」 「うん」  間抜けなやり取りが面白かったのか、シドニーはようやくクスクスと笑って笑顔を見せてくれた。 「泣いたりしてごめんね、とと、心配させちゃった」 「シドもう元気なった?」 「なった!」 「謝らなくていいんだ。辛い時は泣いていい」  シドニーを抱いてるショットの反対側から俺も腕を回して、二人で挟むように抱っこする。そのまま頬にキスするとショットも真似をした。 「オーサーに聞けばきっとすぐにでも居場所が分かるハズだ。明日にでも早速話をつけてくる」 「ありがとう、とーちゃん」  それからシドニーは母親に伝えたい事を手紙に書いて、ショットとしばらく遊んで、疲れたのか晩メシを食うとすぐに寝ちまった。 「ショット、ありがとな。シドと遊んでくれて」 「なに」 「明日、会いに行ってくるから」 「ちゃた、へいき?」  自分で自分がどんな顔をしてたのか分からねえけど……心配そうに見つめられて、思わずホッとしたような気分になって、ショットに抱きつく。 「はー……癒される……」 「?」  今まであんま気にした事なかったけど、嗅ぎ慣れたショットのニオイがして、めちゃくちゃ癒された。

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