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第55話 こんなふうにしたくないのに

【こんなふうにしたくないのに】  キッチンで晩メシの準備をしてると部屋の方からきゃあきゃあとシドニーの笑い声が聞こえてきて、ドタバタ足音が近寄ってきた。 「なんだどうした」 「へへ」  振り返ると珍しくニコニコ笑ってるショットがキッチンに飛び込んできてぶつかった。 「おい、火使ってるから」 「ちゃたきいて、シドが」 「あ、ばかっ」  何も確認せずに作業台に手をつくから、カットボードが傾いてガタッと音を立てる。 「おっと」  バランスを崩したショットが俺の上に倒れ込んできて、二人揃って転んだ頭上に火にかけてたフライパンが降ってきた。 「ショット!!」 「?」  反射的にショットを下敷きにするように体勢を反転させて右手で後頭部を庇うとその手の甲に熱せられた鉄がぶち当たってジュッと皮膚の焼ける音がした。 「あ、ぐっ……!」  すぐ壁際に向かって振り払い、ショットに怪我がないか確認する。 「このばか、ケガしてないか!?」 「ちゃた手みせて」  ガランガランとデカい音が鳴ったから、驚いたシドニーが慌ててキッチンを覗き込んできた。 「とーちゃん、どうしたの!?」 「ああ大丈夫だから、心配すんな」 「大丈夫じゃない!ちゃた痛いかおした!」  手を取られそうになって咄嗟に避けた。今こいつに握られたら焼けて浮いた皮膚が剥がれちまうかも。 「軽いやけどだよ、しばらく冷やすしかない」  立ち上がって水道で冷水をぶっかけると手の甲から手首の辺り全体がヒリヒリと痛んだ。 「いてて……」  せっかく楽しそうにしてたのに、シドニーもショットも黙っちまって気まずい。 「ほら、もういいから。二人はあっちで遊んで来い」 「……おれ、こういうの……いやだ」 「お前にケガさせたくないんだよ」 「もうしないで」 「やなこった」 「ちゃたのばか!」 「ああ馬鹿で結構、次もその次も同じようにするぞ俺は!」  語彙力が壊滅的なショットの悪口のレパートリーは「ばか」しか無いらしく、気持ちを上手く言い表せなくてもどかしいのか顔面を両手で押さえながら「ばか、ばか、ばか!!」と叫んで俺の寝室に閉じこもった。 「あの辿々しい喋り方で大声出されても、正直俺は全然怖くないんだよな……」 「とと、とーちゃんが心配なんだよ」 「分かってるさ」  床に落ちたフライパンと散らばった食材を片付けてくれるシドニーに礼を言って、もう少し手を冷やしてから俺は閉じこもってるショットのトコに向かった。  扉をノックすると「ちゃたいや」と返事がある。いやって言われてもなあ。別に鍵も掛からない扉なんだから勝手に開けてやった。 「そうやって閉じこもっても気持ちは伝わらねえぞ」  ベッドに座って向こうを向いたままの背中に話しかける。 「あっちいって」 「お前にそんなコト言われる方が、怪我するよりずっと悲しいんだけど」  悲しいなあ、ともう一度言ってみるとクルリとこっちを見て、不安げな右目と視線が合う。 「かなしい?」 「ああ、お前にあっち行ってって言われると悲しい」 「ごめん」 「いいよ」  後ろ手に扉を閉めて近寄るとベッドに座ったまま腰元にしがみつかれた。 「お前はケガしなかったか?」 「うん」 「なら良かった」 「おれ、ちゃたとこんなふうにしたくない」  "こんなふう"ってのは言い争いの事だろう。 「俺だってお前と喧嘩したくないよ」 「……」 「な。仲直りしよう」 「する」  つむじにキスすると顔を上げてくれたから額にもキスを落とす。 「とーちゃん、とと、長引きそうだったら先にご飯食べてからにしてもらってもいい?」  いつの間にか入り口に立ってたシドニーが開けた扉をわざとらしくノックしながらそう言うから、俺は照れ笑いながらリビングに戻った。  ***  作ってた料理はひっくり返ってダメになっちまったし、手もヒリヒリ痛むから今日はレトルトのパスタに変更になった。 「こぼれてる」 「ん」  前にも言ったようにショットは麺類を食べるのが下手だ。スプーンを使って食べるモンはほとんど問題なく食べられるけど、麺を巻きつけるのは難しいらしい。 「スプーンも使うか?ホラこうやって支えて……」 「できない」 「頑張れって」 「とーちゃん、二人も子育てして大変だね」 「シドニーはほとんど手が掛からねえから、実質ガキはひとりだよ」  口元を拭ってやるとその指にかぶり付かれたから頭を引っ叩いておいた。 「ととととーちゃんがケンカしてるの、久しぶりに見た」 「え、俺たち喧嘩したことあったか?」 「うん、前にリドルがウチに来た時……」  そうだ、そういえばそんな事もあったな。俺がちょっとリドルの味方をしただけでショットが確か「ちゃたおれのこと嫌いになった」だとかギャーギャー騒いで。  懐かしくて思わず笑う。リドルの名前にショットは少しムッとしてシドニーはハッと気まずそうにした。 「シド、こいつあん時のコトほとんど覚えてねーから」  多分こいつは最近あの顔を見なくて嬉しいなくらいにしか思ってないだろう。 「え、そうなの?」 「なに」 「お前は気にしなくていいよ」  そんな事を話してるとシドニーは不意にクスクス笑い出した。 「ん、どうした?今そんな笑うとこあったか?」 「えへ、最近気がついたんだ。ととの『なに』って口グセだよね」 「ああ……」  そう言われると確かにそうかもしれない。なに?じゃなくて、なに。って感じで特徴的だ。ショットを見ると「なに」ってまた言われた。 「っぶふ」  だからなんだって話だけど、そう言われてから聞くと妙におかしくてつい笑う。 「なに」 「あはは!」 「ちょっ!はは……っま、待て」  自分が「なに」と言う度に笑われるのが分かってなんとなく面白くなかったのか、ショットはムッとした顔をして黙り込んじまった。 「ごめんごめん、悪い、可愛くてさ」 「おもしろくない」 「ごめんって、バカにしたんじゃねえよ」  食べさせてやるから、とパスタを口に運んでやれば大人しくパカっと口を開く。 「ねえ、ととって知らない人に差し出された食べ物も反射的に食べちゃいそうだよね」 「そうなんだよな……知り合ったばっかの頃から、金くれって言えばいくらでもホイホイ出すしさ」 「とーちゃん、そんな事してたの?」  ドン引きした目で見られて、確かにどっからどう聞いてもカツアゲしてたような発言にしか聞こえなかったなと慌てる。 「いやあの頃はまじで仕方なかったんだって!」  てかまあ、今も生活費はもらってんだけど。ショット越しに首領からな。 「16の時に売人してて捕まったのも、誰かに何か言われるがままに働かされてたんだろーな……お前」 「なに」 「これからは知らない人についてっちゃダメだぞ?」 「?」

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