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第58話 おれにあいをくれるひと

【おれにあいをくれるひと】 「とーちゃん!あのね、今日学校でさ……」 「うん」  最近のシドニーは学校であった事をよく話してくれる。毎日が楽しいみたいで、俺も嬉しい。キッチンで晩メシを作りながら、リビングで宿題をしつつ話しかけてくるシドニーに相槌を打つ。  そしてさっきからショットがそんな俺の背中にずっとへばりついてて、料理中は近付くなって教えたはずなんだけど……大人しくしてるから、まあいいか。 「それでさ、小学校から一緒のシェリーって子が」 「ああ、おませな子だろ、ストックホルム|症候群《シンドローム》の」 「そうそう!」  シドニーと話してケラケラ笑ってると、俺が笑うたびにショットがスリスリと頬をすり寄せてくる。何がしたいのかよく分からねえけど、悪い気もしねぇからそのままにしておいた。 「よーし、今日は寒いからシチューにしたぞ」 「やったぁ、俺シチュー好きなんだ!」 「シド、寒かったら毛布もう一枚出すから言えよ」 「もう今3枚も被ってるんだよ、とーちゃん心配しすぎ」  俺は子供体温かってくらいやけにポカポカあったかいショットと一緒に寝てるから毛布1枚だけど、シドニーが風邪を引いたら困る。ショットは真夏でも真冬でも外で寝れるくらい暑さにも寒さにも耐性がある。  耐性をつけざるを得なかったのかもしれねーけど、あったかいコイツを抱きしめてると心もポカポカするから俺はそれが好きだった。  その日の夜。 「ちゃた、ちゃた」 「うん?」  電気を消してベッドに入ってからしばらくした頃、珍しくショットから話しかけられて、俺はウトウトと眠りかけてたけど目を開けた。 「今日、シドいたから、ずっとあそんだ」 「ん……?んん、どんな事して遊んでたんだ?」  急にどうしたのかと思ったけど、聞いて欲しそうだったから質問で返す。 「字かいたり、本よんだ」 「読める字増えたか?」 「むずかしい」  最近はシドニーが本を読み聞かせてやっている姿をたまに目にする。普通は親が読み聞かせするんじゃね?とは思うが二人が楽しそうだから良いだろ。  ショットはやっぱり目で見たモノを覚えるのは難しいけど、今までは分からないから興味さえ持てなかったみたいだったし、興味が出てきたってコト自体がまず驚きだ。 「それでじゃんけんした」 「え、なにお前じゃんけんできんの?」 「これグー、これチョキ」 「そうそう」  パーをして見せるとチョキで返されたから「後出しすんな」とツッコんだ。  それからもしばらくショットは辿々しく話し続けた。 「それで、それでおれ……」 「ショット」  好きに喋らせてやりたいものの、もう夜中だし言葉を探すように口ごもったタイミングで一旦少し落ち着かせようと口を挟んだ。 「なに」 「どうしたんだ、今日はたくさん喋るな?」  もしかして熱でもあるのか?子供の発熱ハイか?と思って額に触れてみるが大丈夫そうだ。 「……ちゃた、おれ」  すると突然何かに気が付いたようにハッとした顔をしてショットは黙り込んだ。 「おれ……ちゃたとはなすの……好き」 「話すの楽しいのか?」 「……うん」  何かを話して、それを誰かが聞いてくれて、相槌を打ってくれて、反応したり、感想をくれたり、悩んでいたらアドバイスをくれたりもする……それが会話ってモンだ。  ショットは俺との"会話"が楽しいと思ってくれたんだろうか。そう思うとつい嬉しくて、軽くキスしてから鼻同士を擦り付けるとショットも嬉しそうに目を細めた。 「ちゃたとはなすの、たのしい」 「俺も楽しいよ。話したい事、まだあるか?」  目にかかってる前髪を避けてやりながら聞いてみると少し考えてから話したいけど話す事がないって感じの事をモゴモゴ言う。 「じゃあまた明日、何があったのか聞かせてくれよ」  あれ、前にもこんなコト頼んだよな。あの時は意味がわかってなかったみたいでアッサリ「いいよ」って言われたけど、今回は嬉しそうに頷いてくれた。 「はやく、ねる……」 「そうだな、また明日な」  そう言うとショットがじっと見つめてくるから寝ないのかと思ったら手を取って甲にキスされた。 「な……どうした?」 「わかんない……うれしくて」  更にちゅ、ちゅと手の甲や指にキスされて不覚にもめちゃくちゃキュンとしてしまう。まさかコイツにしてやられる日が来るとは。 「おい、ショット」 「ちゃた……ちゃた」 「ちょっと待て、おい」  それにしてもいきなりどうした、寝るんじゃなかったのかよ。顔が真っ赤になっちまってる自覚があって恥ずかしかったが、部屋が暗いから見えないだろう。 「ちゃたといると、あしたがくるの、うれしい」 「え?」 「ちゃた、おれに"たのしみ"いっぱいくれる」  こんな風に感情が昂るとまた泣き出すんじゃないかって心配したけど、それはなかった。嬉しいなら良い事なんだけど、それとは別にやっぱり泣かれるのは嫌なんだよな。  だって、明日が来るのが楽しみなんてコトくらいで泣いてほしくない。それって、今までがどれだけ楽しくなかったのかってコトになっちまうんだから。  辛かった過去は消えねえけど、そんなモン忘れちまうくらい幸せを感じて今を生きて欲しい。 「これからは毎日明日が楽しみになる。それが当たり前になるから」 「……ん」 「ほら、もう寝ろ」 「ん」  去年の今頃だったか……毎晩のようにコイツが夜中に泣きだすようになって、あの時は本当に参ったな。怖い夢を見ては泣いて、昔のことを思い出しては泣いて、嬉しくても泣いて。  俺たちの関係に変化があったりシドニーが増えたり、生活の面でいろいろあった1年だったから、情緒も不安定になりやすかったのかもな。  今年もリドルの件で揉めたり、シドニーの母親の件で揉めたり、平和な1年では無かったけど……それでも無事にこうして一緒に年末を迎えられた。 「……」  こんな死と隣り合わせの毎日で、あと何年くらい無事にこの世にいられるのか、正直わかんねぇ。来年の抱負ってわけじゃねえけど……出来る限り長くコイツと1日1日を重ねていきたいと願った。

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