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第60話 始まったな、情操教育ってやつが

【始まったな、情操教育ってやつが】  春が来てからしばらく、シドニーはどうやら思い悩む事があるみたいで難しい顔をしてた。学校からの帰り道を一緒に歩きながらその横顔に話しかける。 「なあシド、何か悩んでるのか聞いてもいいか?」 「えー、うん……」  中学に上がって半年、どうやらクラス内でカップルができ始めているらしい。まだ11だろ?早くないか?そんなモンなのか? 「とーちゃんは初めてガールフレンドができたの、いつだった?」 「え!俺ぇ!?」  自慢じゃないが俺は全くモテてこなかった。クラブに所属する事もなく、かと言ってイジメの対象にされるほどでもなく、良くも悪くもひたすらに目立たない冴えない人生を歩んできた。 「こ、高校とか……だったかな……少なくとも中学ではそういうの、何もなかったよ」 「ふぅん……」  見栄を張る必要なんか無いんだけど、1を20くらいには盛った。嘘ではないんだ。実際、高校の時によく話してた女子が一人だけいたんだ。俺たちはプラトニックだったけど、お互いにそういうつもりで一緒にいた……はずだ。たまにデートだってしてたし。  大学の時のガールフレンドにはめちゃくちゃハッキリフラれたから、フラれたって事は俺たちは交際関係にあったんだと思う。 「俺、まだあんま分かんないんだ、好きとか。友達とボール遊びしてる方が楽しいんだもん」 「いいと思うけど」  俺もそうだし。中学生どころか、社会人になってからもそうだった。 「とーちゃんはととのどこが好き?」 「ま、また俺のことかよ!」  この手の話は苦手だ。俺だっていまだに恋愛って何だか分かってねぇんだから。 「ええー……アイツの、どこがぁ……?」  ンなコト考えた事もねえよ。リドルに聞かれた時も困ったけど。  でも大事な息子が悩んでんだから、適当にはぐらかすのは親のする事じゃねぇよなとも思う。 「んん、そうだな、俺もあんま分かんないからさ、好き……っていうか、アイツの良い所なら言えるかな」 「それでいいよ!」 「まず嘘つかねぇ所だろ、素直な所、優しい所……いやちょっと待ってくれ」  めちゃくちゃ顔が熱くなってきて額を押さえた。これってつまり、そういうトコが好きってコトじゃねーか! 「とーちゃん真っ赤なんだけど」 「もう勘弁してください……」  強い所は?って聞かれて、そういえばすっかり忘れてたけど、俺がアイツと一緒に行動し始めたキッカケはショットが強そうだからだったよなと思った。 「強い所は……なくなっちまってもいいよ。あいつの良い所は他にたくさんあるんだ」  強くなきゃいけない人生なんかクソ喰らえだ。  ***  帰ってきてもまだ悩んでいるらしいシドニーはメシを食いながら「とーちゃんの事は大好きなんだけどなあ」と漏らした。まだ向ける相手による好きの違いなんてピンとこないよな。 「それなら、俺もシドが大好きだよ」  すると突然隣のショットに襟首を掴まれて引っ張られた。 「うわっ、なんだなんだ」  座っていたイスが倒れたけど当然気にするような奴じゃない。そのままグイグイ引かれて寝室に連れ込まれる。まだ食べてる途中だったのに。 「どうした、何かあったか?」 「ちゃた好き言わないで」 「はあ?」  一瞬、何を言われたのか分からなくてつい聞き返した。 「好き言うのいやだ」 「俺、好きって言っちゃダメなのか?」 「おれに言って」  その言葉の意味を少し考えて、まさか嫉妬したのかと思い至る。そういえば、シドニーに好きだなんて改めて言葉にしたのは初めてだったかもしれない。ましてやコイツの前で。 「ショットにしか言っちゃダメなのか?」  そう確認してみると不機嫌そうに頷く。お前それ、ヤキモチって言うんだぞ……思わず頬が緩んだのを見咎められる。 「なんでわらうちゃた、好き言うのいやだ!」 「悪い、聞いてるよ。ごめん、ごめんな」  他の人間を近付けたくないっていう、動物の獲物に対する独占欲みたいなモンは以前からヒシヒシと向けられていたが、こんな風に俺の好意を独り占めしたいだなんて……ンな可愛い事を真正面から言われりゃ、つい笑っちまいもするだろう。 「毎日いろんな事で成長してんだなぁ、お前」  リビングに戻るとシドニーはもう食べ終わってて、俺たちと入れ違いに部屋に行く所だった。そこは元はショットの寝室だったんだが、なし崩し的にもう完全にシドニーの部屋になってる。 「俺、読みたい本があるから、ごゆっくり」  ニッコリ笑いかけられて乾いた笑いが出るが、とりあえず残ってたメシは冷蔵庫にぶっ込んでおいた。  ***  別にお互いサカッてるわけじゃねーけど、俺はショットを奥の部屋まで引っ張ってきた。  嫌な気分にさせちまった詫びに……いや、白状すると初めてのヤキモチが嬉しくて、めちゃくちゃに甘やかしてやりたくて。 「する?」 「いや、こうしたいだけ」  服も着たまま、ただ抱き合って寝転がる。 「ごめんな、嫌な気持ちにさせて」  でもお前だってシドニーのコト好きだろ?と聞いてみるが「だいじ」と答える。それが好きってことなんだけどな。難しいか。 「好きには種類があんだよ。シドニーは家族としての好きで、お前は……」 「……」 「聞いてる?」 「ちゃた」 「うわ……っ、おい、ショット」  鼻先をくっつけながら「好き」について喋ってると急に軽くキスされて乗り上げられた。まあいいか。 「あ!ちょっと待て」 「なに」  ベッドにうつ伏せで押さえつけられて|頸《うなじ》を舐められながら、ふと思いついてその手を掴む。 「キスマークって知ってるか?こうやってな」  掴んだショットの右腕に舌を押し付けてから口で覆って、そのまましばらく吸い付く。 「……ほら、できた」  俺の印。と言って見せてみるとパッと起き上がってまじまじとソレを見つめる。 「ちゃたのしるし?」 「そう」 「ずっと?」 「すぐ消えちゃうんだ」  そう言うと残念そうな顔をするから「またつけてやるよ」と笑った。 「おれもする」 「ん」  あんま見える所には付けるなよ、と一応言って腕を差し出したけど遠慮なく首にもつけられた。まあ、いちいち血まみれになるよりはコレでコイツの所有欲だとか独占欲が満たされんなら安いモンだ。 「こら、戻ってメシ食うんだから服は脱がすな」 「もっとする」 「おい」  服を捲り上げて腹にも胸元にもどんどん吸い付かれる。今までにも結果的にあちこちキスマークみたいになってる事はあったけど、意図的にこうして付けられるのは初めてだ。 「ちょ、こら!」  脱がすなって言ってんのにズボンをズリ下ろされて腰や足の付け根にまで吸い付かれた。 「いっ……いてぇって、ばか」  興奮してんのか、若干噛まれてるしやたら強く吸うからちょっと痛い。  しばらくしてやっと気が済んだのか、結局俺はほとんど全裸みたいな状態になって解放された。 「……満足したか?」 「ん」  フスーッと満足げに鼻を鳴らしてそんな俺の姿を上から下まで観察しやがるからシーツに包まって「変態」と睨みつけてやる。 「おれのしるし」 「……付けすぎな」  まあ俺そんなに人に会わねぇし、別にいいか。それよりコイツが嬉しそうだから。 「俺にコレつけていいのはお前だけだから」 「うん」  さて、感情が豊かになっていくのはいいが、本気でシドニーと張り合ってケンカしたりするようになったら困る。  いつでも何でも好きなようにさせてきたけど、そろそろコイツに"順番"だとか"平等"だとか"譲る"って事を教えねぇとな……なんて思った。

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