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第61話 おべんと持って出かけよう

【おべんと持って出かけよう】  いつだったか、俺はとある事故によるナツメグの大量摂取で酷い食中毒を起こした。これはその少し後の話。  買い物に行くけど、と声をかけたらシドニーもついてきたから一緒に電車に乗ってモールへ向かうことにした。 「茶太郎!シドニー!どこ行くんだよ?」  声をかけられて上を見る。バーの2階の窓からリドルの野郎が顔を出してた。面倒なのに見つかったな。 「げぇ」 「失礼だろ!ちょっと待てよ、おい待てって!」 「さっさと行くぞシド」 「またねーリドル!」  ドタバタ降りて来ようとしてるのを無視して歩き続けたけど、案の定しつこく追いかけてきた。 「どこ行くんだ?買い物?」 「そうだよ」 「俺も行く!なあいいだろ?シドニー」 「今日は電車に乗って遠くまで行くよ?」 「いけるいける」  まじで一緒に行くつもりらしい。ショットに子供用の包丁を買ってやるつもりなんだが、また文句言い始めなきゃいいがな……。  ***  売り場に着くと色んなキッチン用品を楽しそうに見てるシドニーとリドルを放置して俺はまっすぐナイフコーナーへ向かった。 「んー、これなら……」  セラミック製の包丁で手が大きくても使いやすそうなサイズのモノを探す。柔らかい食材しか切れないみたいだが、その方が安心だ。 「……でも逆にムキになって力入れるのも危ないか?」  もし俺の見てない所でカボチャでも切ろうとして、体重かけて切ったら押さえてた指まで切れたとか言わねえよな。  いやもうガキに買い与えるモノでもしもの心配ばっか展開し始めるとキリがねぇだろ。あいつだってあの歳まで銃やナイフを持ち歩いて無事に生きてきたんだから、刃物が危ないって事くらいは理解してるはず。 「とーちゃん、いいのあった?」 「あ!ああ、コレにしようかな」 「なんだよ、新しい包丁か?こういうのにすれば良いのに」  見るからに切れそうな奴を指さすから「いいんだよ、ウチには危なっかしいのがいるから切れ味が悪いくらいで」と言えば納得してくれた。  会計に並んでるとリドルも見たいモンがあるとか言ってどっか行った。あいつ、普段はバラックの修繕とかしてるみたいだけど、好きに買い物が出来るくらいには家賃も生活費もちゃんと賄えてんのな……。 「プレゼントですか?ラッピングはいかがいたしましょう」 「あー、どうする?」  俺は隣のシドニーに意見を求める。 「せっかくだからしてもらおうよ!」 「そうだな。お願いします」  なんとなく俺からラッピングしてまでプレゼントするってなると気恥ずかしいから、シドニーがいてくれて助かった。  ***  夜になって、シドニーの髪を乾かしてるとショットが帰って来たから昼間に買った袋を持たせてやった。 「ショット、ほらプレゼント」 「なに」 「開けてみて!」  不思議そうにしながらも素直にガサガサと袋から中身を出し、ラッピングをビリビリと破る。 「……?」 「これな、包丁。お前のだよ」  箱を一緒に開けて出てきた包丁を手に置くとしばらく考えて「おれの?」と聞き返してきた。 「そう。これでさ、手伝ってくれよ」  使わない時はここに片付けてな、と付属のケースも取り出すと黙ったままコクッと頷く。やけに静かだけど、こういう反応の時のコイツは心底喜んでんだ。 「気に入ったか?」 「……」  こうなったらもう俺の声なんか聞こえてない。 「ショット、また明日使ってみような」  ケースに入れさせてキッチンに置くと抱きしめられて頬にキスされた。 「ありがとう」 「どういたしまして」  こんなに素直に喜ばれるとこっちも嬉しくなる。本当に、いつまで経ってもこのままでいて欲しいモンだ。  そしたら翌朝、俺が起きるより先にショットが起きてたからマジでビックリした。 「ど、どうした?」 「ごはん作る」  まさか、渡した包丁を使うのが楽しみ過ぎて目が覚めたのか? 「ちゃんと寝たか?」 「ねた」  顔を覗き込んでも確かに目元にクマは無い。ちゃんと寝て起きたらしい。  とにかく何か切ってみたくて仕方ないようでウキウキしてるショットをリビングに連れてってテーブルにカットボードを置いた。 「キッチンは狭いから、今日はここでやろう」 「なに」 「火がいらねぇ料理だ」  こんな朝からやるとは思わなかったが、こうなる事は予測済みだったからサンドイッチの材料を昨日のうちに買っておいたんだ。ゆで卵まで作っておいた。いろいろ切らせてやりたかったから。 「じゃあまずハム切ってくれ。こう持って、左手をこんな風に添えてだな。刃を上からこう……」 「やる」  早くやりたくて仕方がないのかグイッと押し退けられた。まあ自分の指を切りはしないだろ。 「半分にな!いっぱい切るなよ!」 「うん」  放っとくと嬉しがって切りまくりそうだから急いで次の食材を用意する。 「できたら次これ、トマト。これくらいの間隔で……わかるか?」 「わかる」  サンドイッチ食べた事あるしな。すげー身を屈めてハムを切ろうとしてるから、座れば?と声をかけたけど真剣そのもので聞いちゃいねえ。 「あ!何してんの?」 「サンドイッチ作るんだ。シドも一緒にやるか?」 「やる!」  俺も使ってみたいと言うシドニーに快く包丁を貸してやる姿に「なんだ、譲ったりできるんだな……」と感心する。今までも言動の端々からたまに感じてたけど、ショットはシドニーより自分が年上で大人だっていう自覚がしっかりあるらしい。 「……」  それくらいの事で褒め倒してやりたくなる俺がコイツをガキ扱いしすぎてるだけなんだろうか。仲良く交代で包丁を使って楽しそうにする二人の様子にホロリと泣けた。  そうして数十分後、無事に流血騒動になる事もなく、想定よりずっと綺麗にちゃんとしたサンドイッチが三人分出来上がった。 「じゃあシド、これ今日のランチパックにして学校持ってくか」 「うん!」  ジップロックにサンドイッチを入れて、キッチンにあったりんごと一緒に紙袋に入れてやると嬉しそうにカバンに詰め込む。いっつも昼飯は適当に買ってくれって小遣いを渡してばっかだから、こんな風に親らしいコトが出来てなんだか俺も晴れやかな気分だ。 「ショットを今日からシドの弁当係に任命しようか」 「なに」 「わあ、たまにでいいから本当に作ってよ、とと!」 「?」  頭を使い過ぎたのか理解力が下がってるらしいバカの頬にキスをして「シド送ってくるから、良い子でお留守番してろ」と言い残し俺はシドニーと一緒にアパートを出た。  ***  ゲートに沿って西側に行くと廃線になった駅があって、ロータリーの植物が勝手に繁殖しまくって局所的に緑豊かになってる。  打ち捨てられたままの駅構内はホームレスの溜まり場になってるみたいで、薬中っぽい奴らもウロウロしてるから普段は近付かないんだが……やっぱりピクニックと言えば芝生だろう。  マウロアの|トコ《墓場》ってのも考えたんだが、どうもあそこは月命日以外の立ち入りは禁止って言われてるらしい。なんでだ?理由を聞いてもショットは「わかんない」としか言わなかった。  だから俺たちはサンドイッチを持って、不穏な空気の漂う廃駅前の天然芝の上でピクニックを楽しんだ。 「……なあ、お前ってさ、俺のどこが好きなの?」 「なに」  |歪《いびつ》な形のハムやゴロゴロ分厚くカットされたゆで卵の挟まったサンドイッチに齧り付く。 「俺の何が好き?」 「……」  黙り込んじまったけど、無視してるわけじゃない。これはめちゃくちゃ脳みそをフル回転させてる時の間抜けヅラだ。 「むずかしい」 「そっか」  ちょっと残念だったな……と思った瞬間、ショットがまだ何か言おうとしてる気がして口を閉じた。 「一緒にいるの、うれしい」  だからそれが何でって聞いてんだけどな。笑うと頭を撫でられた。 「ちゃたのニオイ、すき」  え、俺って何か臭ってんのか?シャワーは毎日浴びてんだけど……。と自分の腕を嗅ぐ。 「声もすき」 「お……おう」 「ぜんぶ、すき」  自分から聞いときながら、まさかこんなに具体的に言葉にされると思ってなかったから照れた。多分"ぜんぶ"ってのは、性格だとかそういう概念も含めてるんだろう。  目に見えない、手に取れないモノの名前を理解して言葉として使うのは本当に難しいことだ。 「……俺の、性格も好きか?」 「?」 「俺が言うこと、すること、考えること……」 「ん」  あんまり質問したら嫌がるかも、と思ったけど少し考えた後に「ちゃたの性格、すき」と言ってくれた。 「はぁ、ほんっと……早く帰ろうぜ、冷える」  持ってきたモンを適当に片付けてサッと立ち上がる。そうしないと、誰が見てるかも知れねーのに、こんな真っ昼間から往来でコイツにキスしてしまいそうだった。

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