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第62話 お前も割と変わってるぞ

【お前も割と変わってるぞ】  俺は財政破綻を起こしたまま打ち捨てられた街に生まれた。避妊する脳もないようなバカな親だらけのこの街には放ったらかしにされてる子供を集めて育てるような施設がやたらたくさんあって、俺もそのうちのひとつで育った。  だから兄弟が上にも下にもそれはそれはたくさんいて、小さい頃から赤ん坊の世話は慣れたものだった。裕福ではなかったしいつもお腹は空いてたけど、それなりに幸せだったと思う。  小学校に通ってる間は良かったんだけど、中学校で関わる人間が増えてくると人間っていうのは残酷なもんで、一般家庭の子と施設育ちの子を区別するような言動がクラス内でも増えた。  こんなスラム街の中でも上下意識ってのはしっかり存在して、どんなに貧乏な家庭でみじめな暮らしをしてたとしても、施設育ちよりは"上"だとマウントを取られる日々。  百歩譲って俺自身は別に構わなかった。でも、同じ施設で育った兄弟たちも同じ目に遭ってるのを見ると無視できなくて、中学に進学してからあっという間に俺は"素行の良い生徒"という評価を下落させ、問題児へ変わっていった。  その辺りから学校へ行くよりも路地裏で仲間たちと|屯《たむろ》して過ごす時間が多くなり、12になる頃にはゲートの外側へも足を踏み入れる事が増え、ティーネイジャーになる頃には立派な"ストリートキッズ"の一員になっていた。  顔は広い方だけどリーダーになる気なんかない。俺は、自己満なのかもしれないけど、ただ同じ施設出身の奴らに辛い思いをしてほしくなくて……。  チーム同士の抗争や盗みなんか日常茶飯事。人道に背く犯罪行為と同時に、目についた人間にお節介を焼くという偽善行為。相反する自分が心の中に同居している生活に感覚はどんどん麻痺していった。  あと、この|法外地区《ゲートの外》には俺とほとんど同時期にここへやってきたらしい、シュートっていう変な人がいる。ここで暮らしてくようになってすぐ「あいつとは関わるな」と周囲から警告された。  ちょうどその頃はどこかで大規模な脱獄事件があったらしくて、この辺りにも逃げ込んだんじゃないかって警察が大量にウロついて居心地が悪かったんだ。  あの人はその首謀者だとかいう噂で、何人もの警察官を殺したとか、目についた気に食わない人間は気分次第で殺すとか、人の死体を食ってたとか、話しかけたら呪われるとか、とにかく色々言われてた。  いっつもボケッとした顔でフラフラ歩いてる姿は本当に不気味で、実際たまに血まみれになってる時もあった。さすがに人は食ってないと思うけど、水の出てない噴水に腰掛けてよくわからない言葉で歌ってる……?のを見た時は呪われるのは本当かも、と思った。  今からだと、もう6年前か。そうして俺がこの街で暮らし始めてから3年が経った頃に茶太郎さんは現れた。どう見てもこの辺りの人じゃない、スーツを着たお兄さん。  きっと追い剥ぎに遭ったんだろうけど、妙にご機嫌そうに地面に寝転がってて、この人大丈夫かな……って心配になったから、つい声をかけた。  こういう所が"お節介"な自覚はあるんだけど、兄弟の世話係を率先してやってた人間の宿命だよ。  金はないし携帯もないし帰り道も分からないって言うからゲートの内側まで案内してあげたってのに、茶太郎さんはなぜか|こっち《ゲートの外》側に戻ってきてた。  何やってんだこの人はって呆れたけど、その隣に"あの"シュートが来て、まるで甘えるみたいな仕草を見せたんだから、その時の俺の驚きは計り知れなかった。  例の謎の歌以外で初めて声を聞いた。思ったより低くて少し掠れてて、たどたどしく抑揚のない不気味な喋り方だった。  あんなに近くでその姿を見たのも初めてで、法外地区に来てすぐに見た華奢で不健康そうな体格とは比べ物にならないくらい成長してた。  どういう事なのか気になって仕方なかったけど、それから茶太郎さんはシュートと路上生活をしてるみたいだった。  なんで?あの危険人物と?意思疎通できんの?頭の中は疑問だらけだったけど、茶太郎さんはその頃から今までずっと変わらない自然体で本当に凄い。マイペースの極地に至る人なのかもしれない。  とにかく二人の存在は法外地区では密かに有名になっていった。そして西側にあるコインランドリーの2階で本格的に暮らし始めたこともモチロン周知の事実で、触らぬ神に祟りなし。俺たちストリートキッズはその"呪いの館"を忌避するようになっていった。  *** 「酷い目に遭ったな、お互い」 「目が覚めました?」  たまたま隣のベッドに寝かされてた茶太郎さんから声をかけられて横を向いたけど、全身包帯だらけでなんだかシュールだ。 「命があって良かったですよ」 「そっちはどうだった」 「ダメです、チームは解体されました」  もうここ以外で生きていく方法が分からない。俺はこれからどうしたらいいんだろう。 「マフィアに助けられたんです。意外だった」 「ああ、こういう仏頂面の人?」 「茶太郎さんもいつも仏頂面でしょ」 「え、まじ?」  あの人、面倒見いいんだよな。と呟くから「それも茶太郎さんもでしょ」と言えば「ショット限定でな」と惚気られた。なんであんな変な人がそんなに好きなんだろ? 「俺……これからどうしようかな……」 「あの人は良い人だよ、マフィアだけど」  知ってる。行くとこが無ければ拾ってやるって言われた。なんで俺を助けて気にかけてくれるのか分からないけど、きっとそういうのは気にし出したらキリがない。俺だって理由なく人を助けることはよくあるし。 「好意に応えるも応えないも自由だと思う」 「ありがとうございます」  この怪我が治って病院を出て行く頃には結論を出そう。スラムで身寄りのないホームレスになるか、法外地区でマフィアになるか、強盗でもしでかして牢屋にぶち込まれるか。 「俺……"まっとうな生き方"を知らないんです。難しいよ」 「会社に入って馬車馬のように働くのも悪くはないが、コンプレックスに思う必要もねえよ。お前は立派に生きてる」 「ほんと?」 「ま、でも盗みはほどほどにしとけ。奪うものは奪われるんだ」 「……うん」  怪我をしてるのに話して疲れたのか、茶太郎さんはふぅと少し苦しそうに息を|吐《つ》いた。 「アイツが心配だ。早く帰りたい」 「シュートですか」 「ああ、きっと落ち込んでる」  どんなに酷い怪我をしてても、いつも茶太郎さんはこんな調子だ。 「変わった人ですね、茶太郎さんって」 「言っとくけどお前だって割と変わってんだからな」 「ええ?茶太郎さんほどじゃないでしょ」  そんな事を言い合ってケタケタ笑ってたら医者の先生に「まだ起きてたの。さっさと寝て」と電気を落とされた。

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