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第65話 生きていく為の力
【生きていく為の力】
今日は朝から珍しくショットが起きてきたなと思ったら、何を興奮してんのかやけに話しかけてきて、ちょっとうるさい。
「ちゃた、これ見て」
「ああさっきも見たよ、上手くなったな」
こっちはシドニーの朝メシを作るので忙しいってのに、上手く書いた自信のあるらしい"茶太郎"を見せびらかしてくる。今まではひとりで書いて満足してたのに、褒められたいって気持ちが強くなってきたらしい。
「上手だな」
茶と太はほとんど|左右対称《シンメトリー》だから難しくないみたいだが、郎はたまに反転してる。
「シドニー、そろそろ起きろよ」
「んんーもうちょっと……」
「ちゃた、見て」
「見たってば」
偉い偉いと頭を撫でてやるとぎゅうとくっつかれて動きにくい。
「お前もう少し寝てこいよ、昨日何時に帰ってきたんだ?寝不足でハイになってんじゃねえの」
「ねない」
誰かコイツを寝室に連れて行って大人しく寝かしつけてくれ。
「あ、そうだ」
ふと思い出してキッチンからドーナツを持って来た。昨日、シドニーを迎えに行く時に早めに出たから立ち寄って買っておいたんだった。
「ほら、ドーナツあるぞ」
「……」
ショットは甘いものを持たせておけばしばらく静かになる。最近気がついた事だ。前はこんな事をしなくてもほとんど自ら言葉を発する事が無かったから知らなかった。
たくさん喋ってくれるようになったのは嬉しいが、忙しい時にあんまり構ってムーブされるとどうしようも無い時があるから、そんな時はこの手段を使うことにしている。
「シド、起きろ」
「うーん、ねむぅい……」
「夜更かししてたんだろ、もう朝メシ出来るぞ」
ベッドから引きずり下ろして体調悪いんじゃねえな?と確認する。「元気だよぉ」と言うからさっさとリビングに来るよう言いつけた。
すると机に座って少しずつドーナツを齧って黙々と味わっているショットを見つけて眠かった事もすっかり忘れた様子で大声を出した。
「あぁ!ととドーナツ食べてる!なんで!?俺の分は!?」
「あー……無い。ごめんな」
「ズルいズルい!」
「……」
「ズルーい!!」
「悪かったよ、あんま騒がないでやってくれ」
音に敏感だから頭が痛いんじゃないかなと思って一応ショットの両耳を後ろから手で覆ってやるが、シドニーに真横で騒がれても甘味を味わうので脳みその容量を使い切ってるようだった。
***
朝はあんなに構って欲しそうにしてたのに、適当にあしらって悪い事したな……と思ったから、シドニーの分に加えてショットの分もマフィンを買って帰った。
「ただいま」
「おかえり」
このやりとりが出来るようになった事が未だに嬉しい。座ってボケッとしているショットに近寄り頬にキスしてやると雑に掴まれて顔中を舐められる。これも慣れたモンだ。
「そろそろ"茶太郎"以外も練習してみねえ?」
「んー」
好きにさせてやりながらそう話しかけたが、そのベロが目に近付いたので閉じると手でこじ開けられる。
「おいおい、おい、さすがに眼球は舐めるな」
「う」
顔を押し返して机に転がってる紙とペンを手に取ると俺はそこに数字を書いてみた。
「時計が読めるようになったらさ、俺がいつ帰って来るとか分かるだろ」
「ん」
すると思ったよりスラスラと数字を書き写すから驚いた。2と5も6と9も正しい向きをしてる。試しにもう何度か書かせてみたけど、やっぱり大丈夫そうだった。
「なんだよ、数字は得意なのか?」
凄いな……と声が無意識に口からこぼれ落ちたら頭を差し出されたので撫でた。パブロフの犬かこいつは。
「じゃあ簡単な足し算からやってみるか」
足し算って分かるか?と聞けば案の定「なに」といつもの調子で返ってきたから、買ってきたモノをキッチンに置くついでに、いくつかリンゴの入ったカゴを取って戻る。
「コレがさ、最初は1つだけど、もう1つ置いたら2つになるだろ。1たす1は2な」
「……」
考え中なのか黙り込んでいる。
「……あっ」
俺はふと試してみたかった事を思い出した。
「なあ、これ着けてみろよ」
そう言いながらさっき目について買って来た耳栓をポケットから取り出した。返事を待たずに問答無用で耳に突っ込むと嫌がってたがなんとか無理やり着けさせる。
「……な、どうだ?俺の声、聞きやすくなったか?」
「ん、これいやだ」
外すなよ、と両手を掴んで言い聞かせると大人しく頷いた。もう一度リンゴを手に取って「1たす、1」とゆっくり説明してみると俺が何を言いたいのか分かったみたいだ。
「2になる」
「そう、んでこの2に1を足すと」
「3」
教えるより先に答えられて驚いた。更に紙に書いてやろうとすると"3"と自分で書いた。
「え!まじ?」
どの数字がどの単位を示してるのか、ちゃんと知ってるのか。銃を扱うから、|銃弾《バレット》を数えたりして自然と覚えたのか?それとも|首領《ドン》やマウロアが過去に教えたのか?
「なに」
「じゃあ例えば……コレもわかるか?」
俺はその紙に横から"2+3"と書き込むと"+"の部分を指差す。
「コレなに」
「これが足すって意味だよ」
あまり悩む仕草さえなく淡々と"5"と書いたのを見て俺は「コイツ天才か……!?」と思ったが、よく考えたら25歳なんだった。危ない所だった。
「なんだよ、数字は得意だったのな、もっと早く言えよ」
ショットに出来る事があるのが嬉しい。いつものお返しと顔中にキスすると「へへ」と笑った。
***
シドニーを迎えに行って今日は帰ったらマフィンがあるぞと言うと飛び跳ねて喜ぶから、もっと普段から甘いモンを食べさせてやれば良かったなと反省する。俺自身があんま食わねえから、子供がそういうの好きだって忘れてた。
「ねえ、オーサーってなんであんなにたくさんの事を知ってるんだろ?」
「ああ……あれな、|瞬間記憶《カメラアイ》って能力らしいぜ」
「瞬間記憶?」
「一瞬でも見た景色を完璧に記憶しておけて、後から頭の中で本を読む事もできるんだってさ」
超視力、そして瞬間記憶……まるでショットの特性の視力バージョンだなと思うが、オーサーはそれらを全て意図的に使いこなしてるから更に凄い。
「あ、今日ショットに時計の読み方を教えてみたんだ」
「時計?とと数字はわかるの?」
「それが数字は得意みたいでさ、すぐ理解してくれた」
「へぇー」
じっと見つめられて、どうしたのかと思ったらシドニーはニッコリ笑う。
「とーちゃん、ととの出来ること増えて嬉しそうだね」
「う……、うん、そりゃ嬉しいよ……」
「あ、素直なんだ」
照れ臭くて親を|揶揄《からか》うなよと唇を尖らせると二人が仲良しで嬉しいよと更に照れるような事を言われた。
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