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第66話 生きていく為の力 2

【生きていく為の力 2】  また次の日には料理ももっとさせてみようと思った。たまに思い出したかのように何か切ると言って手伝いに来る事はあるが、今までは簡単な作業しかさせてなかった。  でも最近では包丁の持ち方もずっと自然になって、どんどん上手くなってるのが分かる。今日は時間に余裕があるタイミングで起きてきたから、キッチンへ誘う事にした。 「耳栓つけたか?」 「なに」 「サイドボードに置いておいただろ」  取ってきてやると、やっぱり少し嫌がったけどとりあえず着けさせた。多分だけど、着けてた方が楽なんじゃないかと思った。 「気持ち悪かったら外していいから」 「ん」 「よし。リンゴの皮、剥いてみるか」  じゃがいもとか剥けたらいいけど、形がまちまちで不安だったからまずリンゴにしてみた。 「こうして……」  左手にリンゴを持ち、右手の親指を当てて刃を滑らせていく。それを見てショットは剥いた皮の端を口に入れた。 「食えって言ってんじゃねーよ、引っ張んな」  ショット用のセラミック包丁を出して渡して左手に新しいリンゴを乗せてやる。 「俺の真似しろ、剥けたらこうやって切ってな」 「ちゃたこれ昼たべる?おれいつもこのままたべてる、りんご何もしない」 「おお急にいっぱい喋んな」  ビックリして変に切っちまった。いっつも皮剥いたりせずにそのまま齧り付いて食べるのになんで皮剥いたり切ったりするんだって聞きたいのと、これが今日の昼メシなのかって聞きたいんだろう。 「これは包丁を使う練習だから……あと昼メシはこれだけじゃねぇから安心しろ」  納得したのかどうか分からないが、とりあえずやってみる気にはなったらしい。リンゴと包丁を構えたから黙って見守る。 「お、上手いな」 「……」  出だしは少しモダモダしたが、親指の使い方を教えるとスイスイ進みだした。いや、俺より上手いかもしれねぇ。 「コレも同じようにできるか?」  試しにジャガイモを渡してみるとそれも簡単にやってみせた。 「上手いな!」  包丁を下ろさせてからそう言って頭を撫でる。 「つかれた」 「休んでていいよ、昼メシ出来たら呼ぶから」  その日はショットが剥いてくれたジャガイモを使ってリンゴ入りのポテトサラダを作った。  ***  コインランドリーで洗濯が終わるのをイスに座ってぼーっと待ちながら晩メシどうするか考える。 「……」  怪我しそうな手付きでもねえし、普通の包丁を使わせてセラミックのはシドニーのにしてもいいな……と思ったが、最近の嫉妬したり構って欲しがったりする様子を見てると「いやだ」「おれの」って怒りそうな気がした。  別にそんな高価なワケでもねぇし、そのうちシドニー用を買ってやるか。 「茶太郎さん」 「おー、なんか久々だな」  外から俺に気付いたのかクレイグがにこやかに入って来た。 「俺も洗濯で」 「なんだ、俺に話しかけに来たわけじゃなかったのか」  自意識過剰だったらしい。 「最近はどうだ?」 「うん……元気かな、チームの皆も、そんなに荒れてないですし」  そう言いながら洗濯機に大量の衣類やタオルを突っ込む背中は元気とは思い難い。 「なんか悩み事か?」 「茶太郎さんあと何分くらい?」 「いいよ、気にすんな」  本当はコーヒーでも飲みに行くかと言いたいが、この場を離れると絶対に洗濯物が無事で済まないので隣のイスへ座るよう促した。 「俺、外の世界のこと、何にも知らないんで」 「……」  クレイグが迷いながら言葉を選んでポツポツと話してくれた事を要約するとつまり、これからもこのままで良いのかって感じで悩んでるらしかった。 「今、何歳だっけ?」 「え……たぶん、20だったかな」 「そうかぁ、色々悩む時期だよな」  俺が20の時は社会に出るのが嫌で、大学を休学して今しか出来ないことをするとか口先だけ言いながらモラトリアム期間を謳歌してたな。悩む時期だよな、とか分かってるようなことを言ったけど、当時の俺は何も悩んでなかった気がする。  むしろ、今まで大きく悩んだことってないな。なるようになるとしか思ってないから……。 「年齢の問題なんですかね?」 「嫌でも若い頃とは生活を変えなきゃなんねーくなるよ。だから今から考えてんのは偉いな。そのうちマジで無理きかなくなるから、マジ」 「茶太郎さんもまだそんな歳じゃないっしょ」  俺もう30だぜ、と言えば驚いた顔で見つめられた。 「25くらいかと思ってた……」 「幼く見える顔立ちなんだ。歳とンのまじでやだよ、28超えたくらいから体力どんどん減るし、髭が伸びるスピード早くなったし」 「ええ?それ関係あります?」 「あるんだってマジで!」 「まじまじうるさいなあ……」  クレイグは社交的だし、頭も良いからその気になればなんだってやれると思う。でも無責任に「なるようになるさ」なんて言うつもりは流石にない。 「チームの奴らも同い年くらいか?」 「そうですね、大体13から24くらいなんじゃないかな」 「それ以上になると皆どこ行くんだ?」 「……死んじゃうか逮捕されたまま帰って来なくなるか、そのどっちか」  まあそりゃそうか。こんな街で生き方の教科書なんかあるわけもない。無茶やって、なんとか毎日を生きて、30にもならずに死んでく……そんなガキ共ばっかの場所だ。 「俺はお前には死んでほしくないな」 「本当に言ってくれてます?」 「俺にもしもの事があったら、ショットの事を頼めそうだし」  そう言うと脊髄反射くらいのスピードでムリムリ!と言われた。 「俺あの人と喋った事もありませんよ」 「え!俺より前から知ってんだろ?」 「まともに口がきけるって事さえ、茶太郎さんと一緒にいるのを見て知りましたからね」  ガキ共の間では「危険なやつ」「気分次第で殺される」「関わると呪われる」とか言われてんだって、呪われるってなんだよ!と笑えばクレイグは真剣そうだから余計に笑っちまう。 「俺、あの人が変な言葉で変な歌歌ってんの見たことありますからね!」 「ああ、そりゃ子守唄だ。放っておいてやってくれ」 「子守唄ぁ!?なんですかソレ余計に怖い!!」  人畜無害な可愛い奴だよ、と言えば冷ややかな目で見られた。 「人畜無害って言葉の意味わかってます?」 「おっ、終わったな」  俺の方の洗濯機が止まったので中身を引き摺り出して乾燥機にぶち込んだ。 「今年の秋が来たらアイツと一緒にいて5年になる。俺がこうして無事に生きてんだから、それが証拠」 「誰かと一緒に5年暮らすだけで無事で済まない可能性があるだけでおかしいンす」 「俺の話はいいよもう。お前は何かしたい事でもあんのか?将来」 「将来?」  まるで考えた事も無かったって感じのリアクションに思わず笑う。 「そうだよ、お前まだまだ若いんだからさ、なりたいモノ目指せばいいじゃん」 「なりたいモノ……?」  偉そうに言って、俺も将来の夢って特に具体的にあるタイプでは無かったけど。生活に困らないだけの給料を得られる仕事に就いて、小さな幸せを積み上げていけるようなパートナーと慎ましく暮らすような事を夢見てたかな。  ……まあ、ざっくり叶ってると判断していいだろ。 「考えた事もないです」 「ロックスターとか」 「いいね、はは、ギターなんか触った事も無いのに」  銃やナイフよりずっと良いモンだ。でもなんとなく、クレイグはこの街を出て行かない気がした。コイツはコイツで深い闇を抱えてるし、それを誰にも見せずに抱え込んだまま死ぬつもりでいる気がする。 「チームを抜ける気は別にないんだろ」 「抜ける、なんて概念が無いですから」 「そうだな、死ぬまで抜けられないって言ってたもんな」  俺に何かあったらショットの世話を頼みたいってのも半分は本気だが、ただコイツに死んでほしくないってのも本心だ。  破滅しか待っていないと分かりきっている道を歩いてほしくはない。でもその道から抜け出すかどうか、決めるのは本人だ。  俺の方の乾燥機が止まり、クレイグの方の洗濯機も止まった。 「……じゃあ行く。あのなクレイグ」 「はい?」 「好きに生きればいいが、簡単には死んでくれるなよ。お前までいなくなっちまったら、つまんねーだろ」  なんか小っ恥ずかしい事を言ったなと思ったから、返事は聞かずに扉を閉めた。

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