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第68話 生きていく為の力 3
【生きていく為の力 3】
その日も俺はショットと昼飯を食った後に少し勉強の時間を取っていた。あんまやりたくなさそうな時は無理強いはせず、嫌がらずに続けてくれる範囲内で。
「ちゃた」
「ん?」
「なんでいっつも勉強する?」
勉強イヤか?と聞いてみるとそういうワケでは無かったみたいでホッとした。
「今はさ、なんだって俺がやってやれるけど……いつ何があるかなんてわかんねーから」
大人になってから読み書きを覚えるのは本当に大変な事らしい。特にコイツは色々とゆっくりだから、きっと人一倍大変だと思う。
不思議な事にせっかく覚えたと思ったアルファベットも左右を逆転して書いてしまったりもする。ショットには何か俺とは違うように文字が見えてたりするんだろうか。
とにかくそんな理由もあって、文字は本当に少しずつ教えてる。それより先に得意そうな算数と料理をメインに教えていた。
簡単な計算と料理が出来れば生きていくのがずっと楽になると思う。読み書きもできたら理想だけど。
「だから、もしも俺が死んだらさ……」
そう言った瞬間、パッと手を取られて驚いた。
「ん、どうした?」
「……ちゃた、それ……やめて」
「それ?」
「死んだら……言うの、いやだ」
あんまり深刻そうに言うからつい苦笑が漏れる。ったく、今はそういう話をしてんじゃねぇのに。
「もしもの話だろ、人間いつ死ぬかわからねぇんだ。俺だって死ぬつもりなんかねーけど、もしもの時はお前がひとりでもちゃんと生きていけるようにって……」
「ちゃたが死んだら、おれも死ぬ」
「っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、ついカッとなって勝手に拳が出た。こんなコト生きてきて初めてだ。でも|易々《やすやす》と掴まれて、すぐ左拳も振りかぶったがやっぱり簡単に止められた。
「テメェ……!今、自分で何を言ったのか分かってんのか!!バカなコト……二度と言うな!!」
「……ちゃたも、言った」
「俺は例えばの話をしてんだ!意図的に死ぬなんて、一言も言ってねえだろ!!」
コイツのバカ頭をどうにか殴ってやらないと気が済まなくて掴まれた手を振り解こうと力任せに暴れる。けど悔しい事にビクともしないし、振り解くどころか抱きしめられた。
「っくそ、放せ、触んな!!この野郎、俺はまじで怒ってんだぞ!!」
それでも更に苦しいぐらい抱きしめられて、遅れてショットの体がガタガタ震えてるのに気が付いた。
「おまっ……!ショ……ショット……?」
流石に勢いを削がれちまって、慌ててその背中に腕を回す。
「はっ……はぁ……っ」
「どうした、ショット?大丈夫か?」
あんまり強く怒鳴りすぎてトラウマを刺激したかと焦った。コイツに対して本気で感情的に怒鳴ったりなんか、何があっても絶対にしないつもりでいたのに。
「おい、ショット」
「……っ」
息を詰めてるのか小さく細い呼吸の音だけが聞こえてくる。肩にも力が入ってガチガチに硬直してるし、このままぶっ倒れちまうんじゃねえか。
「落ち着け、ちゃんと息しろ」
背中を軽く叩いてやると耳元でひっ、ひっ、としゃくり上げる声が聞こえて胸が痛んだ。ああ、しまった。コイツをこんな風に泣かせたいわけじゃないのに。
「……デカい声出したのは悪かったよ」
「ち、がっ……」
何か言いたいコトがあるらしいが、しゃくり上げちまって言葉が繋がらないみたいだ。焦らさないようになるべく優しく背中をさすってやるけど、あんま効果は感じられない。
「ゆっくりでいいから」
「っく、ぅう……っ」
うまく喋れないのが腹立たしいのか、ショットは俺にしがみついて駄々をこねるガキみたいに「ゔぅーっ」と唸った。
しばらくするとショットの体の力が抜けてきて、俺たちは抱き合ったままゆっくり床に座り込んだ。
「大丈夫か」
少し体が離せたから、涙でべしょべしょになってる頬を拭いてやる。
「おれ、いやだ」
「……うん」
「ちゃたが……それ、言うと……おれ」
頬を拭ってた手を取られたかと思うと、ショットの胸元に当てられた。俺の手を掴むその指先は寒くもないのにキンキンに冷えてて、ドクッドクッと激しい鼓動が手のひらに伝わる。息も浅く早くなってて、まだ酷く苦しそうだ。
「おれ、ここ……が……っ、いた、くて……」
それを聞いてハッとした。俺だって、コイツが苦しんでる姿を見ただけで耐え難いくらい胸が締め付けられてズキズキと痛む。そんなのショットだって同じなはずだ。
俺は例え話だからとつい軽い気持ちで「俺が死んだら」なんて、前にも言っちまった。そうだ、あの時だって「死んだらいやだ」って、大声を上げて泣きかけてたよな……。
「ショット……」
あの時も今も、コイツがその言葉を聞いて、俺の死を想像して、どんな気持ちになるのか……ってトコまで全然ちゃんと考えられてなかった。
思い返せばあの後からしばらく夜泣きが続いたんだ。そうか……あれも全部、俺のせいだったのか。守ってやりたい、幸せにしてやりたいって思ってるハズなのに、コイツの心を深く傷つけちまうのは、いつも俺だ。
「……くる、し……っ」
ショットがまだマウロアの死から立ち直れてない事だってよく知ってるクセに、俺はなんつーバカなコトを。
「ごめん、ショット……本当にごめんな」
まだ痛いか?と手のひらを押し当ててその胸元を温めてやるけど、ポロポロと涙をこぼしながら頷く。
「いた……、っう……いたい」
ショットは「たすけて」と小さく呟くと両耳に手を当てて|蹲《うずくま》っちまった。その背中がいつもよりずっと小さく見えて、寄り添うようにして震える肩に手を回す。
「嘘でも、もう二度と言わねぇから……」
一度言ってしまった言葉はもうコイツの記憶から消す事は出来ない。軽率な発言を心の底から後悔した。
しばらくして漸く気持ちが落ち着いてきたのか、酷く疲れた顔でゆっくり起き上がると、肩に頭を預けてそっと背中に腕を回された。まだその呼吸は少し震えているようにも感じる。
「っは……、はぁ……」
「ごめんな」
泣きすぎたのかグッタリしてるし起きてるのが辛そうに見えて、立てるか?と力を入れてゆっくり立ち上がらせると寝室へ誘導した。ベッドに並んで寝転がり片手で指先を温めるように手を握りながらもう片方の手で胸をさする。
「痛いの、マシになったか?」
「……ん……」
いつものショットみたいにその頬を舐めてみると、|擽《くすぐ》ったかったのか少し笑うのがわかった。たとえ反射でも笑ってくれた事にホッとして、反対の頬についた涙の跡も丁寧に舐める。
「勉強はな、お前に笑って生きてほしいから教えてるんだ。お前が、笑って生きられるように……」
「……うん」
「それなのに、肝心の俺が泣かせてばっかでごめんな」
不甲斐なくて俺も泣きたいような気持ちになってきて、どうしようもなく情けなくて、ついため息を|吐《つ》いた。
「おれも」
「ん?」
「ちゃた、笑うのがいい」
そう言いながら頬にキスされる。そうだよな。いつまでも暗い顔しててコイツの元気が出るわけもねえ。
「キスしていいか?」
頬に手を当てて聞くとショットからキスされた。
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