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第70話 お店屋さんごっこ
【お店屋さんごっこ】
朝からアパートの下が騒がしくて目を覚ますと窓の下からリディアが呼んでた。
「ちゃたろーおはよー!」
「まだ寝てたのかお前は」
「なんだお前ら何してんだ?」
「あのね!手伝ってほしいの!」
「ちょっと待て、ショットが寝てるから」
口の前に指を立てて静かにするようジェスチャーするとリディアも同じように真似をして笑う。
下に行くと「おねぼうさんだね」と言われたが、まだ朝の7時だ。春とはいえ少し寒い。
「で?何を手伝うんだよ」
「今日のお仕事が見つからなくて……」
一緒に考えて、と言われても意味がわからなくて困る。
「順を追って説明しろよ」
「えっとね、しゃかいべんきょーなの」
「……」
オーサーに目線を送って助けてくれとアピールすれば、リディアに説明させると長くなりそうだと察知したのか、珍しく助け舟を出してくれた。
「今は生活には困ってないが、人間いつ死ぬか分からん。もちろん俺もだ」
「あ、ああ……まあそりゃ誰しも」
今の俺にとって少しセンシティブな話題にドキリとする。その通りなんだが、そのことについてあまり話したくはない。
……あれ?ってか生活には困ってないのか?俺それ知らなかったぞ。日稼ぎで生きてると思ってた……いや、普通に考えてそんなわけないか。オーサーだもんな。
「俺はこの馬鹿がいつまでもただの動ける馬鹿のままで良いとは思ってないんだ」
お前はどうなんだ?と言われて頷く。俺だって、ショットがただのバカのままで良いとは思ってない。
「もし俺に何かあって一人になっても自分で稼いで生きていく力は必要だろう」
14のガキが言うことじゃないとは思うが、オーサーにそんなコトを言い出したらキリがないから黙って聞く。
「だから、コイツ自身で毎日何か仕事を考えさせて生活費は稼がせるようにしてる」
その話を聞いて、俺もショットにひとりで"ちゃんと"生きる力をつけてほしいと改めて思った。金の面倒は見るって首領が言ってくれてるけど、それだって突然いつ終わりになるかわからねぇんだからな……。
「でも今日はなーんにも思いつかないんだぁ、新聞屋さんの売れ残りも手に入らなくて」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
部屋に戻るとちょうど起きてきたショットがキッチンで水を飲んでたから声をかけた。
「おはよう、早起きだな。うるさかったか?」
「おあよ……」
「でも丁度良かった。なあ今日さ、リディアと一緒に何かしてこいよ」
「なに」
「なんだって経験になるから」
「うん?」
ショットも混ぜてやって、と手を引いて連れて行くとリディアは「いいよー!」とあっさり了承してくれた。
「じゃあね、あのね……」
仲良さそうに二人でコソコソ話してる様子を見ると思わず頬が緩む。一応、実年齢は19と25のハズなんだが……俺の目には9歳と5歳くらいの幼児が戯れているように見えた。
「お前は何をニヤニヤしてるんだ」
「うっせーな」
オーサーに見られてた。
「なあ決まったか?」
「まだ!聞かないで!」
二人はもうしばらく話し込んだ後、お互いに売れるモノを持ち寄って販売する事にしたらしい。ガレージセールみたいなモンだな。
「じゃあ今日はここに店でも出してみたら」
コイツはリディアみたいに街中をピョンピョン駆け回れないし。もう捨てるつもりだったボロいシーツを持ってきてアパート前の地面にレジャーシートみたいに敷いてやった。
「わあ!お客さんたくさん来てくれるかな!」
「普段は持ち歩けないような大きいモンも商品にしていいぞ」
「やったー!」
リディアにそんな事を言うとゴミ山に捨てられてるジャンクのテレビとか棚とか持って来そうだなと思ったけど、まあいいか。売れ残ってもここにそのまま放置しておくだけだし。
「お店の名前なににする?」
「なに」
「売ってるモノが分かる名前がいいんだよ」
新聞屋さんとか、お話屋さんとか!と先輩らしく教えてやるリディアに「お話屋さんは分かりにくいから情報屋さんの方がいいぞ」と言いたくなったが、"新入り"の前で良い顔をしたいだろうから黙っておいてやった。
「モノ屋さん」
「え!それいいね!」
「いいのかそれ?」
耐えきれずツッコんじまったが、オーサーは隣でずっと黙ったままだ。こいつ忍耐強いよな……まああのリディアとずっと一緒にいられるんだもんな、と自分を棚に上げる。
「お客さん、来てくれるかなぁ」
「ん……そうだ、じゃあ客寄せしてきてやるよ。ショットこれ真似して書け」
「なに」
「シドを送って行ってから宣伝活動して来てやる。お前らはその間に"モノ屋さん"の準備しとけ」
部屋に戻って起きてきたシドニーに朝メシを食わせて出発するとアパートの前でショットたちが何かしているのを羨ましそうに見てた。
「ねーえあれ何?」
「お店屋さんごっこ!」
ごっこじゃねえハズなんだけどな。
「俺も一緒に遊びたい!!」
「ほら行くぞ、お前は学校な。あんな大人にならねーために」
「みんなだけズルい!」
駄々をこねるシドニーのもとへオーサーが近寄って来たから励ましの言葉でもかけてくれるのかと立ち止まった。
「シド」
「オーサー……」
「お前の分も遊んでおくから、しっかり勉強してこい」
「やだー!!」
おかげで余計にシドニーが暴れて嫌がったので睨みつけておいた。
***
ショットの書いた"ご優待券"を渡すと首領はしばらくそれをまじまじと見つめて、ジャケットの内ポケットへしまい込んだ。
「……で、なんだって?」
「ああ、ショットがアパートの前で"モノ屋さん"をやってるんで」
「モノ屋さんってなんだ」
「さあ……|あのガキ共《リディアとショット》が自分で考えたんで」
隣に立ってた部下は噴き出して後ろを向いた。あいつらが何を用意して販売するつもりなのかは俺にもまだ分からねぇけど、まあゴミだろう。
「おー茶太郎、何やってんだ?」
「客引きやってんだよ」
帰ろうかと廊下を歩いてると何人かの構成員たちに話しかけられた。
「あ、そういえばさ……お前らって人の担ぎ方とか知ってる?」
「あ?」
前にショットが抜け殻になっちまった時はたまたまリディアがいてくれたから助かったけど、これからもあんな状況が絶対に無いとは言いきれない。その時、俺ひとりでもアイツを担いで移動できるようになっておきたかった。
「その……何かあった時にさ……」
「お前、シュートを担いで走るつもりか?」
悪いかよ。無謀な事を言ったかと気恥ずかしくて誤魔化すように首に手を当てる。
「アレじゃね、レンジャーロール」
「体格差があっても担ぎ上げちまえばこっちのモンだよな」
「レンジャーロール?」
するとその内の一人が「大人しくしてろよ」と言って俺の右腕を持ち上げると体を屈ませて脇の下に潜り込んできた。
「このまま立ち上がるんだ。そうしたら……」
「うわっ!ちょっと怖ぇんだけど!」
「これがファイヤーマンズキャリーの基本」
「怖い怖い!」
「足と腕を掴んでるから落ちないって」
更にレンジャーロールって方法で簡単にこの状態を作ることが出来るんだと実践して見せられた。コレを覚えておくと災害時にも役立つからと言って皆でああでもないこうでもないと騒ぎながらやり方を教えてくれた。
そうしてその場にいた奴らで担ぎあってワイワイ笑っているとすっかり出かける準備を済ませた首領とその部下が現れて「出てくる」と去って行った。心なしか二人の背中は浮かれているように見える。
「あの人たちって、割とまじでショットのコト可愛がってくれてんのな……」
「今更か?」
***
遅れてアパート前に戻ると俺のくれてやったシーツの上に大小さまざま色んなガラクタが並んで叩き売られてた。先に着いてた首領はしばらくショットと話した後「元気そうで良かった、これァ小遣いだ」と札束をポケットに捩じ込んでやってた。
「それじゃただの募金じゃないすか、何も買わないンすか?」
「買うも何も、ゴミばっかじゃねえか」
「まあ……」
あ、これショットの直筆ですよ、と一緒に並べられてる大量の"茶太郎"を指差す。また増えてるな。これが売り物になると思って持って来た事が面白い。いや、それともただの展示品だろうか。よく見ると上手く書けてるから置いておこうと思って保管してた分まで混ざってる。
「てかお前、コレに価値が感じられるのは俺だけなんだから勝手に売るなよ」
「なに」
「俺の宝物なんだよ!売るな!」
「まあもらっていくか」
「いらないでしょ!冗談すよ!」
いくらだ?と律儀に尋ねる首領に苦笑すると隣で部下も肩を揺らして笑っていた。
帰って行った首領を見送ってから、改めて俺も地面に並ぶガラクタたちを眺めてみる。
「あれ?なんだよコレ、どっから拾って来た?」
それはキラリと光る小さなタイピンだった。
「あっち!」
「あっち」
もう何年も前なのに覚えている。間違いない、俺の元上司が身につけていたモノだ。結婚記念日に嫁さんに貰ったと言って嬉しそうに何度も自慢された、犬の形のレリーフが付いた少し可愛いタイピンだ。
こんなの可愛くて恥ずかしいよな、と言いながら毎日付けてた。家で飼ってる犬と同種のモチーフらしい。彼は無事に帰れたのだろうか。タイピンには少し血の跡にも見える汚れが付いていた。
もしかしたらオーサーに聞けば知ってるかもしれないと一瞬だけ思ったが、真実を知るのが怖くて踏み止まった。
「……これ買うよ、20ドルくらいでいいか?」
「そんなにいいよ!5ドルくらいじゃない?ね!」
「ん」
「じゃあ商品代10ドルで、お前たちにそれぞれ5ドルチップでやるよ」
「わぁ!売れたよ売れたよぉ」
ついショットにするクセで喜ぶリディアの頭を撫でかけたが、コレって犯罪か?と思って手を止めた。すると横からオーサーが「お触り1回50ドルだぞ」とふざける。
「こら!冗談でもやめろそういうのは!」
「お前じゃなかったら既にその手を吹き飛ばしてるから安心しろ」
「安心したよ!」
その後も皆で座って通り過ぎる人を眺めてたら時々顔見知りが足を止めてくれた。
「何してんだお前ら?」
「モノ屋さん!」
「ゴミ屋さんの間違いだろ」
張り切って接客しているリディアとは対照的に、ショットは飽きたのか壁に凭れてボーっとしてる。そういえば薄着に見えて、部屋から上着を取ってきてやった。
「ほらまだちょっと冷えるんだからちゃんと着とけよ。お前だって風邪ひくんだから」
「……」
そうか、こいつが風邪ひいて寝込んでたのはもう2年前の秋頃か……もうすぐ一緒にいて5年になる。月日が経つのは本当にあっという間だな。
「ちゃたろーコレいくらだと思う?」
「あ?何、買ってやってくれんの?2ドルとかでいいんじゃね」
「2ドルでーす!」
リディアとオーサーはなんだかんだ大半の街の人間に可愛がられている。恨みを持ってる奴らもいるが、その大抵は捕まってるから結局は無問題だ。まったく末恐ろしいガキ。
立ち寄る奴らはほとんど使えなさそうなモノでも何か見つけては買ってくれて、払える金が無い者も「代わりに」と食べ物や身につけてるモノと物々交換してくれて、店に並ぶ商品は少しずつグレードアップしていた。
「本当に売れそうなモンも増えてきたな」
「お店っぽくなってきた!」
「はは、こういうの、|わらしべ長者《ストロー・ミリオネア》って言うんじゃね」
「ふ、本当に屋敷や土地が手に入ればいいがな」
「交換屋さんでーす」
「店の名前変わってんじゃねーか」
昼メシ時を過ぎて人通りが増えるとそれなりに店は繁盛してきて、ショットの横顔が疲れてるように見えたから耳栓を持って来てやった。
「ほら着けとけ」
でも横からオーサーに手を掴んで止められる。
「おい、外ではやめておけ」
「ん?」
「ソイツは目の代わりに耳と鼻を使って周囲を把握してる。安全な家の中では良いが、外で着けさせると危険だ」
「え……」
なんでそんなコトわかるんだ?と聞けば「俺とそいつは正反対だからな」と答えられた。超視力の持ち主であるオーサーだからこそ、ショットが目じゃない所でモノを見てる事が分かるらしい。
"正反対"か。確かにそうだな。聴覚異常で聞いた音を忘れられないショットと、超視力と瞬間記憶を意識的に使いこなすオーサー……ついでに言えば、見た目と中身も正反対だ。二人の心と体を交換すればそれぞれ年相応の人間が生まれる気がした。
「そっか……少しでも楽になればと思ってたんだけど、上手くいかねぇな」
「言っておくが、離れていてもお前の居場所は声や足音でコイツにある程度バレてるぞ」
「ま、まじかよ!?」
いつかショットに何も言わずリドルと電車で街の方へ出て、アイツが探してるぞ、とオーサーたちに言われたコトがあったが……まさか、俺がこの街周辺にいない事を感じ取ってたっていうのか?じゃあシドニーの母親とカフェで話してる時にアイツが現れたのも?
「それ、俺だけが知らなかったのかな」
「あの馬鹿犬は薄々気が付いていたようだ」
「まじかよぉ……」
俺の体に付いたニオイに敏感な気はしてたが……ショットについて、周囲より知らない部分があった事に普通にショックを受けた。
「ちゃた?」
「なんでもない……ごめんな無理に着けさせて」
嫌だったよな、と耳栓をポケットに入れるとその腕にそっと触れられる。
「それ、いやじゃない」
「ほんとか?」
「ちゃたしてくれること、うれしい」
耳栓がどうというより俺がコイツの為を考えて何かしてるって事を感じ取ってくれていたようだ。それだけで充分報われる。
「……ありがとな」
「ん」
「おい、そういうのも家の中だけにしておけ」
「普通に会話してるだけだろ!」
「鏡も売ってるぞ」
よほど甘えた顔を晒してたらしい。気恥ずかしくて「シドニーを迎えに行ってくる!」と立ち去った。
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