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第71話 あいつの人生には関わらせない

【あいつの人生には関わらせない】 「さて、ビジネスの話をしようか」  突然訪ねてきたオーサーが、リディアとショットに「お前たち外で遊んで来い」と言いつけて追い出したかと思えばいつものニヤニヤ顔でそう切り出した。 「ビジネスぅ?自慢じゃねえがお前に出来なくて俺に出来る事は車の運転くらいだぞ」 「まあ聞け、お前も聞いておいて悪い話じゃない」  さっさと茶くらい出せ。と偉そうに言われてイライラしながら紅茶を入れてやる。 「砂糖とミルクは!」 「いらん。座れ」 「ぶん殴るぞこのクソガキ……」  紅茶を一口飲んでから、オーサーは珍しく言葉を探しているように黙り込んで視線を横に流した。 「返品は認めないが……買うか?」  窓の下からリディアのはしゃぐ声が聞こえてくる。仲良く遊んでるみたいだ。 「"ヤツ"に関する重大な情報だ」 「買うしかねーんだろ、俺は」  いったい何を支払わされるのか分からねーが、逆立ちでもなんでもやってやるさ。 「ふ、まあな。安心して投資しろ。俺は優良物件だ」 「自分で言うかよ」  とはいえ、悔しいが事実なんだろう。分かったから早く話せよ、と促した。 「あいつの|異母妹《いもうと》が接触しようとしてる」  俺はその言葉に一瞬完全に思考が停止した。 「いっ……妹ぉ!!?」 「ああ。母親は違うがな」 「ま、まじで言ってんのかよ、まじ……っ」  あまりに突然の情報にくらりと目眩がして、いっそ吐き気までしてきた。ショットに……|異母妹《いもうと》だって?って事は……まさか、今も生きてんのか?あいつの、本当の、父親が……? 「俺の持っている情報は全てやる。それが俺の提示する"商品"だ」 「……で、俺は何を支払えばいいんだよ……」  まだ頭が混乱してるが、とにかく答えた。オーサーは無駄が嫌いだ。 「父親に接触して|言質《げんち》を録ってこい、なんとしてもな」 「げ、言質?」  差し出された名刺に書かれていたのは誰もが知る大企業の名前だった。しかも結構な役職がついてる。嘘だろ、コイツが……? 「嘘だろ……」 「俺が嘘を言った事があるか?」  残念ながら、無い。素直じゃない事はいくらでもあるけど、その情報は確かだ。 「役職はお飾り。次期取締役……御曹司って奴だ」 「……」 「そいつに『セオドール・A・ブラッドレイの父親は自分だ』と自供させて、それを録音してくるんだ」 「いや、絶対そんな事、口にしねぇだろ!」 「言わせるんだよ。もうお前は情報を買っただろう。返品不可なんだから対価は支払うしか無いぞ。それとも先5年間、俺の奴隷になるか?」  メディアが血眼になって欲しがるような超特大スキャンダルじゃねえか。俺は更に目眩が酷くなった気がした。 「わかったらさっさと行って唾液のサンプルも取ってこい。DNA鑑定にかけて|強請《ゆす》りのネタ……いや、取引材料にする」 「簡単に言うなよ!おい強請りって言ったぞ今!!」  犯罪行為は避けてるんじゃ無かったのかよ、と言えば「罪は法に裁かれて初めて罪になる」と抜かしやがった。コイツって本当にマフィアよりマフィアらしいクソガキ……。 「その言質とサンプルさえ録ってくれば更に俺から"追加報酬"を支払ってやる。"アイツに父親と異母妹が一生、絶対に、関わって来ないという約束"をな」  なんでそんな事が可能なんだ?なんて聞いたって仕方がない。どうせのらりくらりと交わされてイライラさせられるだけという事を嫌というほど理解してる。  今は「オーサーなんだから」で納得しておこう。でもいつか問い詰めてやる。 「それに、上手くいけばもっと良い物も手に入る可能性もある」  それ以上に良い物ってなんだよ。聞きたくて仕方ないが"そっち"に関してはまだ確約できないから言えないと言う。悔しいがこれだからコイツは信用できるんだ。 「どうだ?」 「……分かったよ……てか、やるしかねえんじゃねーか!」  話が早くて助かる。とオーサーは机にいくつかの資料とボイスレコーダーを置いた。  ***  しばらく留守にする、だなんて言えばショットは騒ぐに決まってる。黙って行くべきか、きちんと説明すべきか……どっちが正解なのか、俺には分からなかった。 「シド、明日から夏休みだよな、予定は何かあるか?」 「前に話してたサマーキャンプくらいかな、それまでは何にもないよ」  学校帰りのシドニーと一緒に帰路を歩きながら頭の中で色んなことを考える。 「いつからだっけ?」 「16日だよ!」  さっさと行って、決着が付き次第帰ってくるつもりではあるが……まず接触するまでに3日、作戦を考える時間に1日、実行日を2日くらいは最低でも考えておきたい。  そんなにうまくいけば良いが……もっと掛かる可能性も大いにある。もしかしたら1週間以上……いや、酷く長引きそうなら一度帰って来よう。 「遅くても16日までには絶対に帰ってくる。それまでショットを頼めるか?俺、どうしてもやらなきゃいけない事が出来たんだ」 「16日まで……って、2週間も!?そんなにとと、とーちゃんと離れて大丈夫かな……」 「わかんねえ。特に最近はアイツほとんど毎日ちゃんと帰ってくるから」  俺だって心配だ。心配で仕方がない。でも今回は絶対に連れて行けねえし、俺は行くしかない。  ――異母妹……ダーラが"アイツ"の周辺を嗅ぎ回り接触しようとしてる。変な女だ。高校卒業後に1年のギャップ期間を挟み、現在20歳の大学2回生。この夏の長期休暇を利用して本気で会いにくるかもしれん。  会って何を話すつもりなのか、凡人の考える事は俺には理解出来んが……奴はシュートが自身の異母兄である事をほぼ確信しているようだ―― 「……話せば、俺も行くって言い出すと思う」 「でも……!」 「多分5日くらいで帰ってくるよ」  とにかくあっちが余計なアクションを起こしてくる前に急いで行きたい。|首領《ドン》にも頼んでおこう。もしあいつが酷く寂しがったら、気を紛らわしてもらえるように。 「俺だって、行きたくない」  なんなんだよ。何が目的で今更……。過去にどんな理由があろうが関係ない。絶対にあいつの人生に関わらせてたまるか。 「……とーちゃん、怒ってる?」 「悪い。ちょっと気分が悪いんだ」 「何かととに関すること?」 「……」  黙って頷くとシドニーは「わかった、任せて!」と言ってくれた。本当に助かる。 「食べモンはたくさん買い込んでおいたし、オーサーたちにも世話を頼んである」  そう思えば、いつの間にか頼れる相手がこんなに増えてたんだな。  シドニーを部屋に帰らせてその足で首領の所へ行けば「面倒事なら手伝わせようか」と言ってくれたが丁重にお断りしておいた。 「それより、ショットを頼みます……何日も離れた事がないんで、どうすべきか俺も分からなくて」 「アイツもお前と知り合うまではひとりで生きてたんだ、離れたからって死にゃしねえよ」 「そうだといいんですけどね……」  最近の俺への執着具合を見るに、あんまり平気ではないと思う。とにかく早く帰ろう。 「どうせシュートの為に必要な外出なんだろう。詳しくは聞かん。言ってこい」 「ありがとうございます」  落ち着ける場所が決まれば電話をかけます、と言って番号を控えさせてもらった。 「いつ出るんだ」 「もう、どうせならなるべく早く……明日にでも」

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