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第72話 あいつの人生には関わらせない 2
【あいつの人生には関わらせない 2】
――翌々日。
昨日は移動で一日を使い果たしてしまった。ショットは大丈夫だろうか。昨晩ホテルで電話を借りて首領に電話をかけると「さすがに今日の所は何もねえよ。お前は心配しすぎなんじゃないか?アイツはもう25なんだぞ」と呆れられたが、絶対に過保護なんかじゃない。
オーサーにもらった情報を頼りに俺はショットの異母妹……"ダーラ"の行きつけだというカフェのオープンテラスでその姿を探していた。ほぼ毎日通っているらしく、まだスラムへ向かってさえいなければ、ここへ食事に来る可能性が高いという事まで教えてもらった。
父親に直接アポが取れないのかと聞いてみたが、会社を通せばややこしい事になるからまずは娘に近付けと指示された。スパイ映画の諜報員にでもなった気分だな。
それにしても、会ったこともない人間をそんな簡単に見つけられるモノか……?写真くらい無いのかと不満を言ったが、会えば分かるとしか言われなかった。なんなんだよ。絶対に持ってるくせに。
「……」
妙な緊張を落ち着かせる為に水を飲みながら行き交う人々を眺める。その時、俺の向かいに突然一人の女が座った。
「あなた、山代 茶太郎さんでしょ」
「っ!?」
「はじめまして」
その瞳を見てドキリとした。ショットと同じ、青緑の|孔雀眼《ピーコックアイ》。腹立たしいが、どことなく顔立ちも似ているように感じる。しかしその身を包む服飾品は全てハイブランドで、どうも暮らしぶりはショットとは真逆のようだ。
「凄い……まさか先に会いに来られちゃうだなんて。ねえ、どうして私の事が分かったの?」
「企業秘密だ」
オーサーの真似をしておいた。こっちの情報を明かす必要なんて無い。
「大学生がわざわざ高額な興信所まで使って、どうして|法外地区《ゲートの外》の事なんか嗅ぎ回るんだ」
「|法外地区《ゲートの外》の事じゃなくて、セオドール・A・ブラッドレイの事でしょ。遠慮しなくていいのに。単なる興味よ、お金のことなら心配しないで。だっていくらでもあるんだから」
そう言いながらダーラは机に肘をつき、組んだ手の上に顎を置いた。わざとらしい仕草が鼻につく。
「パパが再婚だって知ってたの、私。もうずっと小さい頃からよ。まだ無垢だった少女は何の悪気もなく聞いたの。パパ、前のお嫁さんとは子供がいなかったの?ってね」
吸い込まれそうな瞳に見つめられて油断すると話を聞き流しそうになる。ダーラは俺が必死に平静を保とうとしている様子を見て楽しそうに口元に笑みを浮かべた。
「……?」
その時、ふと妙なデジャヴを感じて横槍を挟みかけたが口を閉じる。まずは話を聞こう。
「あの時のパパのおかしな反応、最近になって意味が分かったわ。ふふ……初めはまさかねって思った。でも、こんな色をした瞳の人間……そうそういないわよね。」
ショットの顔写真は国中に広まってる。あの写真ではハッキリとは分かりにくいが、世界に1%もいない|異色症《ユニークカラー》の瞳……その中でも特に珍しい青と緑の組み合わせだ。
指名手配の写真は16の頃のままで、今のアイツとは随分違って線が細くて儚い美少年って感じだが、ネットで今の姿を調べれば写真がいくらでも見つかる。そのうちのどれかにハッキリと瞳が写ってるモノがあったんだろうか。
「だから"お友達"にお願いして、私なりに色々調べてたのよ」
いちいち鼻につく言動をする女だ。テメー友達いないだろ、絶対。
「そしたら、今日ここへあなたが現れた……んー、これって、ビンゴって事でいいのかしら?」
「……」
こっちがボイスレコーダーを隠し持っているように、あっちも何を仕込んでるか分かったモンじゃない。ボロを出しかねない無駄話は避けたい。
「それに私の名前、|ダーラ《二番目》っていうのよ。長女で、ひとりっ子なのに。ねえ?絶対におかしいでしょ」
でもパパに言ったら、確かにそういう意味もあるが、別に珍しい名前じゃない……って流されちゃった。と頬を膨らませる。
「……たとえそれを不思議に思ったとしても、あいつと血縁関係だって証明するメリットが君にはあるのか?」
「あのクソ犯罪者ともし血が繋がってたら?ふふ、メリットなんか無いわよ!でも……そうね、パパを|脅《おど》かして、南の島の別荘に私専用の新しいクルーズでも買ってもらおうかしら!」
人生で初めて初対面の人間を殴りたくなったが奥歯を噛み締めて耐えた。
「私たち、ぜーんぜん仲良し家族じゃないの!パパはママと嫌々結婚して仕方なく私を産ませたんだもの」
さっきからどんなに楽しそうに振る舞っていてもその瞳が冷え切っているのは"怒り"だと理解した。コイツは父親を恨んでいる。どんなに金があっても、地位があっても、永遠に満たされない何かを抱えて生きているんだろう。だがどうでもいい人間の家庭事情なんか尚更にどうでもいい。
「……俺もアイツの血縁関係を知りたいんだ。協力してくれないか」
「本当?私の調べた限りじゃあなた、私たちに関わってほしくないんじゃないかと思ってたわ」
――ああ、そうに決まってんだろ。
「そんな事ない。あいつの家族がいるなら、そりゃ会ってみたいよ。俺たちの関係も調べて知ってんだろ?」
「ええ、とってもロマンチックな関係だって知ってる」
俺は父親の唾液を取ってきてくれるようダーラに頼んだ。お互いに友好的な協力関係で無いことくらい分かりきっている。しかし俺たちは同じ目的のために利用し合うという事でスムーズに作戦会議を終え、挨拶もなく解散した。
ホテルに戻ると電話は使用中で借りられなかった。後でまたフロントへ降りて来ようと思っていたが、精神的に疲れ果ててベッドに倒れ込む。
「はあ……」
酷く疲れているのに、頭の中がいっぱいでグルグルと思考が止まらない。認めたくないが、ダーラは確実にショットと血縁関係だろう。あまりにも似ていた。
「……っくそ……」
早くショットに会いたい。辿々しく喋るあの低く掠れた声が聞きたい。抱きしめたい。寂しがってるだろうな。
――電話、しねぇと……。
***
翌日、ホテルに俺宛ての電話が掛かってきてダーラから駅前のカフェへ呼び出されたので、念のためにボイスレコーダーをポケットにセットして指定の店へ向かった。
「手に入れてきたわよ、サンプル」
「早かったな、2,3日は掛かるかと思ってたけど」
「たまたま帰ってきた所に会えたから、大学の研究で必要なのって言えば簡単だったわ。忙しいって言いながら深く確認もせずにくれた。パパったら、私が何学部なのかさえ知らないのよ」
「そうかい」
コトが早く進むのは有難い。ダーラの手にある小瓶を受け取ろうと手を伸ばすとサッと避けられた。
「……おい」
「タダではあげられない。嘘を吐かれないって保証もないし」
「勿体ぶった所でそれを俺に渡さないと君の望むDNA鑑定は出来ないんだぞ。昨日も言っただろ、ショットの毛根や唾液は渡せないからな」
「分かってる。ちゃんと渡すけど、その前に」
反対にスッと手が伸びてきてジャケットの内ポケットからボイスレコーダーを抜き取られて止められた。見えないようにしてあったのに。
「教えてよ、私の"お兄ちゃん"のこと」
「……」
気安く家族ヅラすんじゃねえ、と怒鳴りたかったが、こっちこそ偽物を掴まされる可能性もゼロじゃない。オーサーに最悪どちらかで良いとは言われてるが、そりゃサンプルと言質の両方を取っておきたい。なにより父親に会わせてもらえなくなると困る。つまり今はまだ怒らせるのは得策じゃないって事だ。
「……何を話せばいいんだ」
「そうね、なんだかもっとじっくり知りたくなってきちゃった……だから茶太郎さん、私と3日くらい"デート"してくれない?お兄ちゃんとするみたいに。好きな食べ物や好きなコト、実際に見せて教えてよ」
「何の悪ふざけだ」
飲むの?飲まないの?と条件を突きつけられてダーラを睨みつける。なんなんだ、この女は。人を困らせるのが趣味なのか?
「昨日も思ったけど……あなたの苛立った顔、好きだわ。私ってちょっとだけ|S《サディスト》なの」
「じゃあ仲良くなれねーな。俺ァ|M《マゾ》じゃねえんだ」
瓶を奪い取ろうと身を乗り出した瞬間、予想していたのかダーラはそれを床へ落として割りやがった。
「……あら、ごめんなさい」
「このクソ|女《アマ》……」
「またもらってきてあげる。でも困っちゃった。パパが次に帰ってくるのは週末……5日後らしいの」
「じゃあ6日後にな」
俺は席を立った。一度スラムに帰ろう。結局昨晩は寝ちまって電話も出来てないんだ。
「ねえ待ってよ!」
振り返って睨みつけるとニヤニヤと手を差し出される。
「さっき私が言ったコト、もう忘れたの?お兄ちゃんのこと、教えてよ……それから私、ご機嫌を取ってもらうのが、だーい好きなの」
どう育てたらこんな歪んだ人間が出来上がるんだ。俺は嫌悪感を隠しもせず目元を痙攣させながらその手を取った。
「ね。一緒にウチでパパが帰ってくるのを待ちましょうよ。ゲストルームを用意させるわ」
「……」
どうも"面白いおもちゃ"認定を喰らっちまったらしい。そうして俺は人生でまさかの2度目になる軟禁生活を体験するハメになった。
何よりも最悪なのは電話ができない状況にされちまった事だった。ダーラが何をしたいのか分からないが、ここまで踏み込んじまった以上、下手な動きは出来ない。
本気で抵抗すれば逃げ帰れない事もないが、そうしてしまえばもう父親のDNAサンプルは手に入らない。それに、奴は確実に俺についてきてショットに接触しようとする事だろう。俺と何日も会えない状況でアイツが正常でいられるとは思えない。これは、自意識過剰じゃねえ……はずだ。
そんな時に、自分と同じ瞳をした人間が現れて「あなたの異母妹よ」だなどと言い出したら……想像するだけで頭が痛くなった。
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