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第73話 あいつの人生には関わらせない 3
【あいつの人生には関わらせない 3】
|客室《ゲストルーム》を用意する……と言われたはずだが、俺には"家"がひとつ与えられた。出入り口や窓付近にはわざわざ警備までつけられていて、勝手な外出は一切許してもらえない。大したお嬢様だ。
「おはよう茶太郎さん」
「……」
「今日はお土産があるのよ」
そう言いながら見せられたのは大型犬用の首輪だった。ご丁寧にリードまである。
「俺はアイツとそんなデートした事ねえぞ」
「いいのよ、あの人に関する大体の事はもうこの3日間で聞けたと思うわ」
首輪は大人しく着けさせてやったが、リードは拒絶した。どこかへ括り付けられたら本気で逃げ出せなくなる危険性があると思ったからだ。
「それより、これからはあなた自身の事が知りたいの」
「俺に興味を持つ必要はねえだろ」
「だって興味が出てきちゃったんだもん」
そう言いながら唐突に服を脱がされそうになって、流石に本気で抵抗した。
「おい、何してんだ!!」
「なに……ダメ?」
懲りずに伸びてくる手を弾き飛ばして部屋の隅へ下がる。もう殴ったって良いだろ、こんな奴、やっちまえ……頭ではそう思ってるが、その瞳を見るとどうも出来ない。
「むしろなんで良いと思うんだよ……」
「いいじゃない、同じ血よ」
恋人に優しいのね、と首輪を掴まれてゾッとした。
「放せっ!」
「あなた、元々は女性が好きなんでしょ?」
体を押し付けるように抱きつかれて、女体の柔らかさが伝わってくる。
「やめろ!!」
細い肩を掴んで引き剥がす。コイツなんかに髪の毛一本も触れたくないが、無抵抗で好き勝手させてたらマジで犯されそうだ。
「冗談よ。私だって相手は選ぶわ」
「……さっさと出ていけ」
嫌悪感で気分が悪い。吐きそうだ。女の瞳を見たくなくて俺は便所に引き篭もった。
そんな地獄のような5日間をひたすら耐えてようやく迎えた週末、肝心の父親は急な仕事とやらで帰って来なかった。
「おいふざけんなよ!!」
「私に言われたって困るわよ、週末は家族サービスするっていう"契約"のはずなんだけど、どうしてかしら……でも仕方ないわよね?パパはお仕事なんだから」
「もういい」
さすがに一度帰ろうと荷物をまとめていると「あなた、戸籍上は死んだ人間なんですって?」と笑いかけられた。
「……」
「保険金……振り込まれてるみたいね。あなたのご実家」
あら?これって、保険金詐欺ってやつかしら……と白々しく言いやがる。
「悪趣味な魔女め」
「せっかくなら魔女じゃなくて、女王様って呼んでみてくれない?私……"ソッチ"の道でやっていける気がするの」
俺の苦々しい顔を見て最高に気分が昂揚しているらしいクソ女に首輪の前側を乱暴に引かれて、突然の事に反応が遅れた俺はまんまと床に引き倒されちまった。
「最初はただあの人のコトが知りたいと思ってたハズなんだけど……あなたをこのまま飼い殺しにするのも、ひとつの幸せのカタチかも」
背中に足を乗せられた。跳ね除けて立ち上がれなくも無いがひとまずは大人しく様子を見る。
「お前のは単なる恨みや妬みからくる加虐心だ。|ホンモノの女王様《SMのプロフェッショナル》にはなれねえよ」
「妬み……?お兄ちゃんに対して?」
「う、っぐ……!」
後ろから首輪を締められて血の巡りが悪くなる。それよりも俺はダーラの発言の方にカッとなって、床に手をついて立ち上がった。
「テメェがアイツを軽々しく兄だなんて呼ぶんじゃねえ!!」
「ふふ、ようやく本音が聞けたわね」
コイツの歪んだ父親への執着はショットへ向けられて、更に俺に移り変わってきたようだ。反抗するだけ喜ばせると分かりながらも苛立ちが抑えられなかった。
「そうそう……最近、パパに会うにはアポを取らなきゃいけないの、家族でさえね。私うっかり忘れてたわ……ねえ、ちゃんと約束を取り付けるから、あと1週間、私だけのオモチャでいてよ」
「……」
本当にコレが最後の猶予だ。一刻も早く帰りたかったが、ここまで来ちまったんだ。俺はあと一週間だけ自分を差し出す決心をした。
***
それから一週間、本当にダーラはSMプレイの真似事を俺に強要してきた。興味が湧いたオモチャに次々に夢中になる子供のような女だ。そして、どんなくだらない興味にも手を出す金だけはある哀れな女だ。
その金でプロのM男でも買えよと言ったが、どうも俺をいたぶる事でその心は満たされるらしい。下着は脱がさない、直接肌には触れないという事を書面で約束させて俺は渋々同意した。
「う……っ……」
下手に縛られて肩の関節が痛い。今日は鞭の練習と背中を何発も打たれて、血が流れ出した。やっぱりコイツは女王様にはなれねぇな。
「うーん、結構難しいのね」
ごめんなさい、後で使用人に治療させるわ、と言われて「放っとけ」と睨みつけた。流血沙汰には慣れてる。
「おいっ!直接は触らないって話だろ」
「いいじゃない少しくらい」
顎を持ち上げられて顔を逸らした。
「ねえ、覚えてない?2年前の今頃……」
「……?」
「首都に向かう電車の中で、あなたたちを見たわ」
ハッとした。"あの時"に感じた違和感……この女の瞳を見たからだ。でも一瞬で自信が無かった。あの時はまさかショットと同じ瞳を持つ人間がいるだなんて思ってもいなかったし。グリーンアイを見間違えたんだろうと思った。
「指名手配書の写真もどこか似てる部分はあったけど……成長したセオドール・ブラッドレイは、それはもう、パパにそっくりだったんだもの。興味くらい持つわよ」
ケガをさせちゃったお詫びも兼ねて……とダーラは小瓶を机に置いた。
「割ったのは偽物。こっちが本当にパパの唾液サンプル。ずっと持ってたの」
「お前の目的は果たされたのか?」
「協力、してくれる?」
「ああ」
嘘がバレないよう顔を伏せ、背中が痛くて喋りにくいフリをしておいた。でも頭上から「嘘ね」と笑いながら断言される。
「どうせどんな結果だろうと、血縁関係なんか無いって、否定するつもりなんでしょ」
「……」
「その結果をパパも欲しがるでしょうね。でもいいわ。あなたの散々な態度で本当のことはもう全部わかってるから。だから分かった上で協力してあげるの。私、騙されるのは大嫌いなのよ」
ダーラはそう言って勝ち誇ったように笑った。そのDNA鑑定結果が俺の手に入れば、確実に父親の弱みになると知りながら。
「ま、私が"シュート"に直接会いに行ったとしても、DNAサンプルを採取するのは不可能だと思うし」
「懸命な判断だな」
今度こそ落として割られないよう、縄を解かれてすぐ小瓶を手に取った。
「付き合ってくれてありがとう。でも、あなたあんまり従順なんだもの、そんなに楽しくなかったわ。本当にあの人の事が大切なのね」
ここまで好き勝手やっといて楽しくなかったとは、よくも言ってくれる。
「父親には会えそうなのか」
「ええ、明日の朝イチにアポを取り付けたわ。G.P.ホテルのラウンジに8時。私の名前で特別接待用の個室を予約してある。もちろんパパは私が来ると思ってるから」
「……分かった」
待ち望んでいたはずなのに、正直、少しだけビビってた。だっていよいよアイツの父親に会うんだぞ。その時、自分が何を感じるのか、冷静に話せるのか……何も分からなかった。
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