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第74話 あいつの人生には関わらせない 4

【あいつの人生には関わらせない 4】  用意された堅苦しいスーツに身を包み、適当に選んだ紅茶を飲む。緊張して待っていると、やがてショットと同じ瞳をした男がスタッフにアテンドされて現れた。 「……」  嫌というほど似ている……。ショットがあと倍くらい歳を取れば、きっとこんなミドルになるんだろうなと思った。 「……あんたが」 「お帰りください」 「おい、ご挨拶じゃねえか」 「ああ結構」  男はメニューを手に近付いてきたスタッフを追い返して立ち去ろうとする。俺を知っているのか、それとも娘と付き合いのあるガラの悪いチンピラが金の無心でもしに来たとでも思われたのか……いずれにせよ話す価値なしと判断されたようだ。 「オーサー・ローウェル氏の遣いで来た」  だがここまでは予想通りだ。会えたらすぐ俺の名を出せば良いとオーサーに言われてる。 「……何のご用ですか」  俺の想像以上にその名前には力があったらしい。まじで何者なんだよ、あのガキ……。 「手短にお願いします」  とにかく男は俺の|斜《はす》向かいに腰掛け、警戒するように足を組んだ。  俺だって時間は惜しい。コイツがもし俺の事を知っているなら話は早い。親子だとまで言わずともせめて少しでも何か肯定するような発言が得られれば……そう思ったが、何を話しても何を聞いても答えは一貫して「知らぬ存ぜぬ」だった。 「あいつの瞳の色はアンタと全く同じだ。グリーン系の瞳を持つ人間は世界人口のたった2%だぞ。しかもそのほとんどはもっと北西の国に集中してる」 「不思議な偶然ですね」 「それも、ただのグリーンじゃない。俺はそんな青色の|異色部《ユニークカラー》が混じった瞳を他に見た事が無い。アンタとその娘と……あいつだけだ」 「それも偶然でしょう。私とは……一切関係ありません」 「テメェ……」  思わず立ち上がりかけたが、唐突に扉がノックされた。 「お話中に失礼いたします、こちらにいらっしゃるのは山代さまでよろしいですか」 「え、あっ、はい?」  苗字なんか、あまりにも久々に呼ばれたせいで声が裏返った。 「フロントへお越しください、オーサー・ローウェル様より至急のお電話です。それとも折り返しにいたしましょうか」 「いやっ……すぐに行きます」 「かしこまりました、失礼いたします」  俺宛てに電話だって?嫌な予感がする。手に汗が滲むのを感じながら立ち上がり、扉を背に振り返った。 「なあ。アンタの息子が受話器の向こう側にいるとしたら……話してみたいと思わないか」  これが最後の質問になる。男を見つめると意外にも視線は逸らさないまま、じっと見つめ返された。 「私を逆さまにして揺さぶったとしても、息子がいるだなどという履歴は出てきません」 「……分かった」  少しだけでも期待した。本当はショットは父親にだけでも愛されてたんじゃないかって。でもコイツは、自分の人生からアイツの存在を消してしまったんだ。  ――悔しい。悔しい、悔しい。  金さえあれば過去さえも消し去れるクソッタレの世界に舌打ちをして、俺はフロントへ走った。 『もしもし、茶太郎か。予想以上に時間がかかってるみたいだな』 「オーサー!なんでここが分かったんだ!?俺、今……っ」 『無駄話をしている場合じゃない。あの女にしてやられたな。あまり長引きそうなら、もうそれ以上は深追いせず帰って来い』 「おい、なんだよ、アイツに何かあったのか!?」 『冷静でいられないなら話せない』  不安で心臓がバクバク早鐘を打って胸が痛い。頼むから話してくれよ、何も知らない方が冷静でいられねえよ。 「悪い、言質は……もう、取れそうにねぇ……」  冷静になれなくて額を押さえた。 『そうか。唾液のサンプルは手に入ったか』 「ああそっちは成功した」 『なら充分だ、もういいぞ。適当に引き上げろ』  席に戻るとやはりあの男はいなかった。もうどうでもいい。俺は上着を脱いで手に抱えるとネクタイを外してシャツのボタンも乱暴に外して、全速力で駅へ向かった。  ***  まるで何年も帰って来れなかったような気がするくらい精神的に疲れ果てた2週間だった。最終電車になっちまったがなんとかその日中に帰って来られて、ゲートへ向かって走る。まともに街灯もない道を転びそうになりながら、ゲート横の歓楽街の明かりを頼りに。 「ショット!!」  そしてゲートを抜けた所からは何度もショットの名前を叫びながら走った。遠くからでも俺の声が聞こえてるんだろ、早く、早く出て来いよ。 「はぁっ……はぁっ」  スラムからずっと息が苦しくても気にせず走り続けて、ゲートからアパートまでの薄暗い道を1/3くらい進んだ所で向こう側からショットが走ってくんのが見えた。 「はぁ、はぁっ……ショット……!」  良かった、生きてた。オーサーが意味深な電話なんか掛けてくるから、もしもの事態だって想像しちまった。 「ショット」  早く、早く抱きしめたい。触れたい。  普段は完全に運動不足なのに急に2kmくらい全速力で走ってきたから、もう足と肺が限界だ。両手を前に伸ばしながら前のめりに倒れそうになった。 「ちゃたっ!」  それを危なげなく受け止めて抱きしめられる。ショットがフラフラと帰って来ない事は多々あるものの俺が留守にして2週間も会わなかったのは初めてで、やっぱり不安にさせちまったんだろう。 「ショッ……くるし……」  スライムみたいに体内に取り込んで合体でもするつもりかと言いたくなるほど全力でぎゅうぎゅう抱き込まれる。 「ちゃた、はぁっ……ちゃた、ちゃた……っ」  お互いに全速力で走ってきたせいで、なかなか息が整わなくて会話が出来ない。とにかくしがみついてショットのニオイに包まれるとようやくホッとする気持ちがした。 「ちゃた、ちゃた」 「んっ、ん、ん……」  確かめるように頭を掴まれてニオイを嗅がれて、頬にも口にも何度も何度もキスされた。 「ふぅ、ちゃた……っ」 「はぁっ……はぁ、ごめんな、ごめん……」  激しく上下して止まらないショットの肩をさすってやる。やっぱり説明してから行けば良かった。一刻も早く解決したくて、焦りすぎた。 「とーちゃん!!」 「シド、とにかく家に帰ろう」  突然飛び出してったショットを追ってきたんだろう、息を切らせたシドニーが後から追いついて来たので、俺にしがみついたまま動かないバカを引っ張るのを手伝ってもらって、三人揃ってなんとかアパートへ帰り着いた。  *** 「ショット、ショット?」 「大丈夫だよ、寝てるだけみたい」  帰ってる途中から肩にかかるショットの体重がどんどん重くなってると思ったら、部屋に入る頃にはどうも眠っちまったみたいだった。ほとんど無意識のようだがギリギリ歩いてくれるから助かる。 「こいつ眠れてなかったのか?」 「うん……」  ドサッとベッドへ下ろし、涙の伝った跡がある頬を拭いてやってるとシドニーにも横からしがみつかれて、抱きしめ返す。 「心配したよ、とーちゃん……連絡つかないんだもん」 「ああ、ごめんな」 「ううん……俺こそ、ととの前で不安な顔しちゃったから……」  それがキッカケになってショットが酷く取り乱しちまったらしい。 「何も言わずに行った俺が悪いんだ」  ショットの"家族"は俺たちだけだ。父親が生きてることも、異母妹がいる事も、どうしても言いたくなかった。首領にもシドニーにも。  この事は俺だけが墓場まで持って行くつもりだったけど、そのせいで何をしにどこへ行くと何ひとつ説明しなかったから、余計な心配をさせちまったらしい。  シドニーが眠るまで部屋で添い寝してやって、ようやくリビングでホッとひと息……と思ったらオーサーがいた。キッチンにはリディアもいて、勝手にシリアルを開けて食べてた。 「おい、もーお前ら……どうやって入ったんだよ……」 「誰にも入らせたくなければ窓の鍵も閉めておくことだな」  コレだろ、とポケットから小瓶を出して渡してやれば満足そうに片眉を持ち上げながら受け取る。 「よくやったな、実を言えば勝算は五分だったが」  思ったよりダーラが俺を"気に入って"くれてな……とは口が裂けても言いたくなかったので黙っておいた。 「子守りの手伝いまでしてやったんだ。まあ必要経費として追加料金はナシにしておいてやる。感謝しろよ」 「こっちこそ、どんだけ大変な思いをしたと思ってんだ……」  SMプレイまでさせられたんだぞ、なんて言えば一生ネタにされるに違いないから秘匿する。 「はあ……んで、どうすんだよ」 「コレはコレでしっかりと調べさせてもらう。利用価値があるからな。まあ、言わずとも十中八九クロで間違いないだろうが」  この件における"黒"がどっちなのか曖昧だが、まあ血縁関係は認められちまうと思っていいんだろうな。 「その上で奴にはセオドール・A・ブラッドレイとの血縁関係を否定する"公的な"DNA鑑定書を言い値で買い取ってもらう予定だ」 「……"捏造した"公的な鑑定書なんだろ」 「安心しろ、足さえつかなければ全ては無実だ」 「やっぱり暴論すぎる……」  更に、あのおてんば娘にはお灸を据えておいてくれるらしい。本当に大丈夫なのか?あの女の|強《したた》かさは異常だぞ。 「父親への反抗心と安い好奇心だけで首を突っ込んだだけの小娘だ。イタズラに父親を振り回してやろうと思いこそすれ、自分の人生まで失うほどの覚悟は無い」 「人の人生まで奪えるのかよ、お前は……」 「ふん、奴にとって最大の誤算はお前の背後に俺の存在がある事だろうな」  いよいよ本格的にコイツに逆らえなくなってきたな、俺も。 「分かったか?情報ってのは力だ。それにどんな商品よりも金になる。だが金なんてのは所詮つまらんモノだ。それより、お前のおかげでなかなか面白いドラマが観れた」  手間賃と足代だ、取っておけと札束を持たされてげんなりする。 「俺はちっとも面白くなかったよ」 「だが買う価値はあっただろう」 「感謝してます」  俺ももう限界だ。早く寝たい。リディアにシリアルとハムも追加で持たせてやると納得してくれたのでさっさと追い返して、シャワーさえサボって俺はショットの隣に潜り込んだ。

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