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第76話 冷たくするなんてできねぇよ 2

【冷たくするなんてできねぇよ 2】  いつか毒でも盛られたらどうすんだと心配ではあるが、差し出したものは素直になんでも口に入れる習性を利用して睡眠薬を昼メシに混ぜ込み、ショットがこんこんと眠っている事をしっかりと確認してから外での用事を済ませ、そのまま|首領《ドン》の家へ走った。 「ああ、突然やって来て支離滅裂な事を喚いてるから落ち着かせようとしたんだが」  まさか俺が死んだと思ったのか、マウロアの墓を掘ろうとしたらしい。ショットの中では"帰ってこない=死"っていうイメージがあるのかもしれない。 「あの馬鹿、茶太郎はそのうち帰ってくるし、そこには埋まってねぇぞって言ったんだけどな……」  それであんな指先がボロボロだったのか。石で出来てる墓が掘れるわけねぇのに。首領の部屋の窓からマウロアの墓を見下ろすと確かに、その周りの地面も掘り返されたように荒れていた。 「綺麗に整えてる芝が台無しだ。本当に困った奴だな」 「すんません……」 「お前が謝る事じゃねえよ。アイツのお前への執着を甘く見てた」  その時オーサーたちも一緒にいてリディアが力づくで連れ帰ってくれたらしいが、「そろそろ限界だな」と呟いていたらしい。それで俺に連絡してくれたのか……マフィアとは関わりたくないって言ってたのに、悪い事したな。  俺はここ最近のショットの様子を手短に伝えて、どうすればいいか相談してみた。 「それ、分離不安ってやつじゃねえか?」 「分離不安?」 「ああ、小さい子供が親と離れるのを極度に怖がったり、犬が飼い主と離れるとパニックになったりする症状だ」 「い、犬……」 「お前がしばらく出かけててもそのうち帰ってくるってちゃんと分かれば落ち着くんだろうが」  寂しがるからと要求に応えてばかりいれば、どんどん悪化してしまうモンらしい。 「原因はお前の甘やかしだな」 「うぐっ」 「もっと酷くなっちまう前に対処しとけよ」  そう言われてもな……と頭を抱えつつ帰路についた。  ***  心配だとは思いつつ何かと出かけたい時はある。ショットもついて来れる場所なら良かったんだが、洗濯と買い出しはゲートの向こうになっちまうから、また睡眠薬で眠ってもらって数日分の買い溜めをする方法を取っていた。  とはいえそんな方法をずっと続けたくもないし、ふと目を覚ます事だってあるかもしれない。だから外出時は常に気が休まらなかった。 「ちゃたろー、どこ行くの?」 「よお、今から帰んだよ」  買ったものと洗濯したシーツやらタオルやらを抱えて早歩きしてるとリディアとオーサーが降って来た。 「そんなに急いで?」 「ショットが起きてるかもしれねえからな」 「留守番くらい覚えさせろ」 「前は出来たんだけどよ……」  思わずため息を|吐《つ》くと二人とも「?」という顔をする。 「まさかお前が留守にしていた時の精神的ストレスがまだ消えないのか」 「そうなんだよ……なあ、分離不安症を治すにはどんな事をしたらいいんだ?」 「お前は俺の事を歩く広辞苑だとでも思ってるのか?」 「言い得て妙だな。実際そうだろ」  話題に事欠かないな、あのクズは。と相変わらずの毒を吐きながらもコイツなりにショットを心配してくれてるって最近は分かってきた。そういえば、俺より付き合い長いんだもんな。 「基本的には慣れさせるしかないが……」  チラリと視線を送られてドキッとする。今日はどこにも何の痕もないはずだ。 「お前、どうせ奴の要求に全て応えてるんだろう」 「や、やっぱりソレかよ……」  首領にもそう言われたな、甘やかしが原因だって。でもアイツの悲しそうな顔を見ると俺の方が耐えられなくて。 「多少寂しがられたとしても家事なり風呂なり、お前は自分のやるべき事をやれ」 「寂しがってんのを無視して?」 「そうだ」  事もなく言いやがるが、本当に難しいんだよ。アパートの入り口に着いた所でしゃがみ込んで項垂れる。 「うー……出来ねぇよ俺……アイツに冷たく出来ねぇんだ……」 「知らん。お前こそ分離不安なんじゃないのか」 「ちげーよ!!」  ***  部屋に戻るとショットはまだしっかり眠っていて、騙すように薬を飲ませて無理やり眠らせている事に罪悪感が募る。 「……ごめんな」  無意識に俺を探していたのか、いつも俺が寝ている辺りのシーツを握りしめている手をそっと離させた。傷だらけの指先が早く良くなるように願いながら口付ける。 「う……」  目を覚ましちまう前にシャワーを浴びて部屋着に着替えて来ようと思ったが、立ちあがろうとするとパッと腕を掴まれた。 「ショット?起きたのか?」 「う、ぅ」  薬のせいで筋肉が弛緩してるのか、その手にはほとんど力が入っていない。意識も無いように見えるが、それでもなんとか俺を認識して必死に引き留めようとしてるみたいだった。 「ショ……」 「……ぁ、う……」  気だるい吐息のような|譫言《うわごと》で「おいていかないで」と必死に繰り返される。普段の辿々しさに加えて更に呂律が回らない状態だから、ほとんど聞き取れないが……前にもいつか、同じ事を言いながら泣きつかれた気がする。 「ショット……」  こんな姿を見て、冷たくするなんてやっぱり無理だ。 「……ショット、ここにいるから」  耳元でそう言ってやるとちゃんと聞こえたのか安心したように呼吸が落ち着く。また深い眠りに落ちたみたいだ。  結局、ショットが目を覚ますまで俺も動けねえから一緒になって寝て、早朝の4時に起きちまった。 「あー……変な時間に起きたな」 「おなかすいた」 「そうだな、何か食うか」  体を起こすとショットも起きてきて抱きつかれる。薬はすっかり抜けてるみたいでいつも通りの様子にホッとした。もう今後はなるべく使いたくない。意識の朦朧としているコイツの姿を見るのは心臓に悪い。嫌がるかもしれないけど、心を鬼にして別行動できるようにしていくしかないな……。 「耳栓つけとけ」  立ち上がるとスルリと手を繋がれたが「寝汗をかいたから」と適当な理由をつけて避けた。普段から家の中では好きなだけベタベタさせすぎなのも、離れた時に余計に寂しさを感じさせてしまう原因なのかもしれない。 「……」 「ほら、メシの用意するぞ」  しゅんと落ち込まれて早速決意が鈍りそうになるものの、平静を装っていつも通りの態度に徹する。 「何が食べたい?」 「んん……」  好きなモノを作ってやりたいが、甘味以外に何が好きなのか分からないんだよな。 「ビリヤニ食うか?前に買っといたんだよ」 「ん」  俺はスパイスが好きだからついエスニック料理が中心になる。コイツも美味いと思ってくれてるのかどうか、100%の自信はないが残されたことはない。  一緒に作ろうか、と誘えば素直についてきた。  ***  二人でごちゃごちゃと一緒にメシを作ってると窓の外が少し白んできた。時計を見ればもう6時だ。 「完全に朝メシだな」 「なに」 「出来上がるまでまだ時間あるから、シャワー浴びてくる」  軽く手を洗ってキッチンを出ようとしたらショットもついて来ようとするから、壁の時計を外して手渡した。 「仕上げ、手伝ってくれるか?この針が45の所に来たら、鍋の火を止めて欲しいんだ」 「……」 「な。頼りにしてるよ」 「……うん」  ただ「待て」と言うより、この方がずっと気が紛れると思った。上手く出来るかわかんねーけど、別に失敗しても食うのは俺とショットだし、別にいい。  不安そうなショットに気が付かないフリをして、軽く頭を撫でて「頼むな」と声をかけるとバスルームへ向かった。ビリヤニが炊けるまで25分、シャワーを浴びるには十分な猶予だ。  シャワーを出るとスパイスの良い香りが部屋に漂ってて、焦げてるような感じは無かった。 「ショットー、上手くできたかー?」  髪を乾かしながら声をかけてみたらゴツゴツ……と重い足音が近付いてきて脱衣所の扉が開かれる。 「できた」 「ありがとな、皿に盛り付け出来るか?さっき切ったパクチーとか上に乗せてな」  思ったより元気そうな様子で、むしろ張り切ったように立ち去っていった。可愛いやつ。 「え、うわ、スプーンも出してくれたのか!?」 「ん」  信じられない気持ちでショットの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。 「ありがとな!」 「ん」  相変わらずの無表情ではあるが、どことなく誇らしげに見える。 「何飲む?水?」 「ジュース」 「いいよ」  冷蔵庫を開けるとクラフトコーラの原液があったから炭酸と水で割ってやった。俺こういうの好きなんだよな。 「ほら、ちょっと炭酸だからゆっくり飲めよ」  自分の分の水と一緒にテーブルへ持って行って並んで座る。2時間半かかったビリヤニは美味そうに出来ていた。 「美味しいよ、お前の仕上げのおかげだな」  大袈裟すぎたかなと思ったけど、ショットは素直に喜んで「またする」と言ってくれた。

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