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第78話 家族と離れて暮らすこと
【家族と離れて暮らすこと】
久々の人混みにグッタリする。電車に乗るのなんか2年ぶりだ。迎えにきてくれたシドニーが俺の肩から鞄を取って持ってくれた。
「久しぶり!……って言っても、ひと月くらいかな?」
「それでも十分に久しぶりだ」
「父さん、だいじょーぶ?」
「ああ……もう帰りたい」
シドニーは最近、俺の事を「とーちゃん」と可愛らしく呼んでくれなくなった。寂しいけど、これが成長なんだろう。それに「父さん」だなんて呼ばれるのも悪くはない。
「帰ってもいいよ?」
「バカ!帰るわけねえだろ!」
「大袈裟だなあ」
なんてったって今日はシドニーの高校入学式……絶対に立ち会うって決めてんだ。
「ルームメイトとは仲良くなれそうか?」
「うん、夜中に騒ぐこともないし」
「……そいつは良かった」
随分と逞しく育ったモンだ。いや……シドニーは最初からずっと強い子供だったな。
「ととは拗ねてなかった?」
「俺も会いたいって騒いでたよ」
「はは、置いてきたんだ?」
「構ってられねぇからな」
もう行くからな!と腰にへばりついてくるショットを押し退けて飛び出した時、背後から「ちゃたのバカーッ!!」と大騒ぎしていた声が脳内でリフレインする。5歳児かアイツは。
「父さん、見て見てこれ」
「おわ!なんだよそれ!」
オーサーから入学祝いが届いたらしく、シドニーの左腕には俺なんか直接目にしたことすらない高価な腕時計が着けられていた。
「良かったじゃねえか。盗まれねえように気をつけろな」
「任せてよ、伊達にスラムで育ってないから」
思ってたよりシドニーの態度は普通で、久々に会えて嬉しいのは俺ばっかりな気がしてちょっと寂しい。
そうだよな……入寮して、ルームメイトが出来て、入学式が終わったら高校生活が始まって……これから新しいことばっかりだ。きっと楽しすぎて親のことなんか思い出すヒマもないだろう。
「夏休み、友達と遊んだりするなら無理に帰って来なくてもいいからな」
「帰るよ。ととと父さんに会いたいもん」
即答されて思わずホロリと泣きそうになった。年取ったのかな。
入学式を終え、一緒に寮まで歩く事にした。そう急いで帰る必要もない。ショットも留守番がちゃんと出来るようになった事だし。とはいえ今日はそう簡単に寝かせてもらえないだろうとは思う。
「父さん、大丈夫?」
「ん?何がだよ?」
さっきも聞かれたな、そんなに俺は疲れた顔をしてるのかと頬に触れる。
「ととが心配なんでしょ」
「えっ!」
「早く帰ったげなよ」
「いや、お前の寮を見てから……」
鞄を無理やり頬に触れていた右手に持たされて、駅へ向かう道を曲がらされた。
「もうずーっと上の空だよ、ととに会いたくて仕方ないって感じ」
「う、嘘だろ!」
「ほんと!」
俺も疲れたから、寮に戻ってすぐ寝るし!と言ってシドニーは走って行ってしまった。
「父さん、長期休暇になったら帰るから、心配しないで待ってて!」
「……おー、分かった!またな!」
気を遣われちまった。会いたくて仕方ないって感じ、か。図星だ。早くアイツの顔が見たい。もう何年もずっと一緒にいるのに……呆れちまう。
***
スラムに着くと陽は傾き始めていた。駅前にたまたまオーサーとリディアがいて、鞄を左肩に掛けてから右手を挙げて挨拶をした。
「ただいま」
「今日はシドの入学式だったな。しっかりやってたか」
「ああ。親よりずっと豪華な入学式祝い、ありがとな」
張り合うなよ、無謀だ。と言われて生意気な頭を小突いてやろうとしたが受け止められる。
「え!シドニーもう高校生なの?」
「そうだよ、前にも言ったし、中学卒業のお祝いパーティーみんなでやったろ」
リディアの呑気さにはいつも癒されるが、同時に少しだけショットに会いたくなるから困ったモンだ。
「時間がたつのは早いねえ」
「アホ面をして喋るな」
「お前らは変わんねーな」
「ふ、おかげさまで」
無意識にソワソワしてたみたいで、リディアに笑われた。
「早く帰りたいみたい」
「るっせーな、その通りだよ」
「おい荷物持ってやれ」
「は?いいよ別に!」
「シドの話も聞きたい。これはその対価だ。俺たちは運び屋だからな」
有無を言わさずに鞄を奪い取られて思わず笑った。オーサーは借りを作りたくないって口癖みたいに言うが、息子の入学式の話を聞かせる事の何が"貸し"なんだか。
「ありがとな」
「それで?シドは舐められてなかったか」
「なんでそんな喧嘩腰なんだよ」
もしイジメられてたとでも言えば相手を親族もろとも社会的に抹殺しそうで恐ろしい。
駅からゲートまで歩く間、本当にシドニーの話ばっかりしていたがオーサーもリディアも心から嬉しそうにしてくれて、俺もなんだか嬉しい。同世代少ないし、二人からしたら可愛い弟分なのかな。有難いな。
「てかそんなに気になるならお前らも来れば良かっただろ」
「お前も俺も|ここ《スラム》を離れて、もしアイツに何かあったら誰が対処するんだ」
その言葉に驚いた。アイツってのは勿論ショットの事だろう。
「それ……まじで言ってくれてんの?」
「言ってたら迎えが来たぞ」
オーサーの目線の先を見るとショットが向こうから歩いてきた。頬には誰かの返り血がついている。
「また絡まれたのか?」
「ん」
頬を拭ってやりながら聞くがそんな俺を無視してリディアに手を伸ばす。荷物を寄越せって事だろう。
「お家まで持って行ったげるよ?」
「いい」
「あっ」
今日シドニーに会ったら話そうと思っていた事があったのに、すっかり忘れていた。まあいいか、長期休暇には必ず帰るって約束してくれたし。
「なに」
「いいよ、気にすんな」
そう答えながらクセで頬にキスしてしまってハッとする。案の定そんな俺をオーサーたちが無言で見てた。
「ちゃたろー、そこさっきだれかの血がついてたよ」
「うわマジだ!!」
「馬鹿共が……」
リディアから荷物を受け取ってショットは俺の肩に腕を回してきた。肩を組むような体勢になってグイグイと連れ帰られる。
「おっ、なんだどうした」
「またねーちゃたろー」
「ありがとな!」
無言で歩くショットの横顔を盗み見る。別に怒ってるワケでは無いみたいだけど……なんだろうこの感じ。
住み慣れたアパートへ帰り着いて外階段を登る。肩を組まれてるからすげー登りにくい。廊下に続く扉を開けて中に入るとすぐ荷物を投げ捨てて抱きしめられた。
「……」
俺も抱きしめ返す。ずっと変わらない、くっついてるとちょっと暑いくらいの体温にホッとする。さっきの妙な態度の理由が分かった。
「……はは、こんなに毎日一緒にいるのにな」
「ん」
「会いたかった、シュート」
「おれも」
俺、今から都会で寮生活しろって言われたら絶対に無理だ。住み慣れた家を出て、更に家族とも離れて暮らすなんて。シドニーは凄いな。帰って来たらたくさん甘やかしてやろう。
「あ、そうだお前、今朝俺にバカって言ったコト謝れよ」
「いやだ」
「俺悲しかったんだけど」
「しらない」
「なんだとこら」
鼻先を擦り合わせてキスをしながらそんな事を話す。
「……とりあえず何か食うか」
「おれ作った、夜ごはん」
「え!まじで!?」
最近、頼めば切った野菜を煮込んだモノくらい作ってくれるようになってたんだが、自主的に作ってくれたのは初めてだ。
「よ、嫁……?」
「よめ?」
作ってくれてた野菜スープに何の味付けをするか二人で一緒に考えて、適当なスパイスをぶち込んで食べた。誰に呆れられようが、その日食べたメシは今まで生きてきた中で間違いなく一番美味かった。
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