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第81話 退屈しのぎにちょうど良い 2

【退屈しのぎにちょうど良い 2】  スラムから法外地区に頻繁に出入りするようになるとウワサは自然と耳に入ってくる。"シュート"に関するウワサだ。  会ってみたいと思っているのだが、なかなかその姿を目にする事は無かった。この街にいる事は間違いないが、どこにいるのだろうか。  立場上、周りを見知らぬ人間にウロつかれ身柄を狙われる事の多い俺には身辺警護もついている。基本的に俺が呼ぶまで一切の手出しはするなと伝えてあるが、俺の周囲を嗅ぎ回っているような人間がいる時には先回りして報告を上げてくれる時もある。  彼らは警護と調査のプロだ。頼めばシュートについて知る事も容易いだろう。だがコレは仕事じゃない"趣味"なんだから、自分で調べてみないとつまらない。 「兄さん、今日はどこ行こう?」 「何か面白そうな所だ」 「うーんむずかしい」  とりあえずゲートを越えてどこへ行こうか考えていると視界に気になるモノが入った。 「待て」 「はい兄さん」  ゲート前の広場にある壊れた噴水に腰掛けているのは指名手配書の写真より成長しているが、間違いなくウワサを耳にする"シュート"だった。  奴は相当な危険人物とも聞いている。俺はリディアに建物を回り込み、奴の死角からゆっくり近付くよう指示をして接近してみることにした。 「……」  他に物音はほとんど立てなかったはずだ。しかし本当に小さくリディアの足がジャリ……と音を立てた。たったそれだけでシュートはくるりと振り返ってまっすぐに俺たちを睨みつけた。絶望しきっているような、全く温度を感じない冷たい瞳だった。 「兄さん……私、ちょっと怖いよ」 「ああ、これ以上は近付かなくていい。引くぞ」  別に敵意は感じなかったが、それ以上に不気味だった。  その後も何度か見かけては接触を試みたが、やはりシュートは常に感情の無い瞳でこちらを見つめてくるばかりで、意を決して話しかけてみた事もあったが清々しいほどの無視。  結局、何の会話も成り立つ事は無く、時々噴水に腰掛けてニンナ・ナンナを歌っている姿を見た時はその意味不明さに思わずゾクゾクした。奴の不可解な動向は俺の興味を掻き立てた。  それから更に1年後、俺がスラムで暮らし始めてから2年の時が経った頃……父の会社の子会社の更に小さな支社にて社員が二人、出張に向かわせた道中のスラムで誘拐され、その奥地にあるバラック群で死亡したという社内報が回ってきた。  片方の遺体しか見つかっていないが、行動を共にしていた状況からの認定死亡という事であった。法外地区と呼ばれているバラック群には警察も無闇に介入したがらない。大した捜査も行われていないような気はするが、決まってしまったものは仕方がない。会社には彼らの遺族へ多大な損害賠償を支払う義務が発生することだろう。これは業務上での事故なのだ。 「……ふん」  経費削減は良い事だが、金は使ってこそ巡ってくる時もある。削りどころを間違えたくだらない節約によって大損失を生み出したな。  世間のバッシングを受けて直属の上司は謝罪文を慌てて作成しているようだ。たかが末端、父の立場には何の影響も無いとは思うが、気分の良い話題ではない。 「兄さん、どうしたの?」 「気にするな。仕事のことだ」  俺は社内報メールに添付されている行方不明者の顔写真をチラリと確認してパソコンを閉じた。  その年の冬だ。俺は法外地区で|件《くだん》の行方不明者、山代 茶太郎を見た。バラック群で消息を絶ったと報じられていたので、確かになんとか逃げ延びて生きていたとしてもあり得ない話ではないが……生きていたなら何故帰らない?  それだけでも理解不能ではあったが、更に"あの"シュートと行動を共にしている様子を見て、俺はなんて面白そうな人間を見つけたのかと身震いしたものだ。 「おい」  お前は"ナニモノ"だ?何故アイツと一緒にいる?運良く一人で歩いている所を発見して声をかけた。 「な、なんだ?子供……?」 「いいか、二度と俺を子供扱いするな。俺はオーサー」 「私リディアだよぉ」 「茶太郎だ」  そんな表面的な情報などとっくに知っている。山代 茶太郎……25歳、社会人2年目、大手企業の子会社に営業マンとして在籍……現在、行方不明。いや、戸籍上は既に死人か。コイツはそれを知らないんだろうな。 「あのね!新聞かわない?5ドルだよ!」 「はあ……?なんなんだお前ら?」  ここで身分を明かすのもなんだか面白みに欠けるな。 「……俺たちは身寄りがなくてな。こうして日銭を稼いで生活してるんだ」 「……」 「今日はねぇ、けーざい新聞とふつうの新聞があるよ!」  明らかに胡散臭そうな目で見られたが、リディアの馬鹿っぽさが功を奏したらしい。 「分かったよ……経済の事はよくわかんねーから普通のをくれ」  それでもウチの関連会社の営業か貴様はと言いたくなったが黙っておいた。  するとその時、角を曲がってシュートがこっちへ歩いてくるのが見えた。前から薄々コイツは異常に耳が良いように感じていたが、やはりそうだろう。茶太郎と俺たちの会話する声を聞いて近寄ってきたようだ。 「あ、ちょうど良かった。なあ新聞買ってやってもいいか?」  ちょうど良かった……って、コイツがここに現れた事をたまたまだと思っているのか?おめでたい奴だな。 「ん」  まさか今、コイツは"返事"をしたのか?俺はあまりの興奮にくらりと眩暈がするような気さえした。 「んじゃ5ドルな。情けねーけど、俺いま一文無しでさ。コイツに金もらってんだよ」 「そうか」 「ありがとう!はい新聞!」  色々と根掘り葉掘り聞きたい気持ちはあるが、俺は何も聞かなかった。何かを質問するなら、こちらも同じだけの何かを支払う必要がある。それは俺のポリシーだ。  それに、焦らなくても時間ならいくらでもある。単なる直感だが……コイツはこの街をそうそう出て行かない。そう感じた。  ***  ――いつの間にかぼんやりしていたらしい。  窓の外を見るといつのまにか雨は小降りになっていた。離席中にしたチャットは静かで、父とのやり取りを最後に沈黙している。  俺がステータスを在席中にしている時以外は誰も何も送ってくるなと言ってあるから当然なのだが。 「……腹が減ったな」  ここはスラムの中でもまだ栄えているエリアにあるマンションだ。ラインナップが充実しているとは言い難いが、出前サービスも頼める。  それにしても、つい最近まで茶太郎が"身寄りのない日稼ぎ生活"という俺の適当な嘘を信じているとは思ってもみなかったな。くつくつと笑いながらキッチンに何かあったかと探す。  俺は|奴《シュート》の生態に興味がある。はした金程度の為に捕まえるつもりも無いが、痛くも無い腹を探られるのは避けたくて、いつか茶太郎に「なんでアイツは捕まえねーの?」と聞かれた時に「隙が無くてな」と答えた事があった。全くの嘘でもないが……あの適当な言葉も未だ信じてるのかもしれないなと思えば、また愉快だった。 「兄さーん!ただいまぁ」 「濡れた格好で入ってくるな。何か食うか」 「ちゃたろーのとこでいただいてきた!」  この馬鹿には買い取ったまま使っていなかったこのフロアの別の部屋を使わせてやっている。気がつけばそれなりに長い付き合いになってきたな。 「お前、そろそろ良い相手の一人でもいないのか」 「なぁに?」  もうすぐ20歳になるはずだが、相変わらず|10歳《Grade4》くらいの知能レベルのままだ。コイツの相手も毎日なかなかに疲れるが、茶太郎はあのクズとよく一緒にいられるモノだな。 「あのね、私、兄さんと一緒が楽しいんだよ」 「そうか」  これでも、もしコイツに良い相手が見つかればいつでも手放してやろうとは思っている。俺は人間としてコイツに非常に興味を持ってはいるが、愛だ恋だなどという痒くなるような感情を抱く事は難しい。  俺にはこの優れた目と頭が与えられた代わりに、身長と性愛が奪われたのだろうと思っている。 「ずっと一緒にいるもん」 「好きにしろ。他に良い相手が出来ればいつでも遠慮なく出ていけ」 「そんなの作らないもーん」  まあ今はそれでいいか。俺も、悪い気はしないんだ。

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