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第82話 みんなともだち

【みんなともだち】  すっかり寒くなってきた朝、シドニーをゲートまで送ってから冷たい雨に体が芯まで冷やされて凍えつつ帰ってくるとショットがキッチンで何かゴソゴソしてた。 「うーさび……ただいま、何やってんだ?」 「おかえり」  最近、家で過ごす時は自主的に耳栓を使ってくれるようになって、なんとなく嬉しい。余計なお世話じゃなかったみたいでホッとした。 「なあ何してんだ?」  手元を覗き込むと包丁と芋を持ってたからビックリした。 「お、おい、どした?」 「ごはん作る」 「それはいいけど、慣れるまでは俺に言ってからにしてくれ」  何度か一緒にサラダやスープは作ってみたが、勝手にひとりで包丁を持ち出したのは初めてだったから驚いた。怪我はしねえとは思うが……。 「腹減ってたのか?すぐ作ってやるから待ってろ」 「……」 「ん?お前も一緒にやるか?」 「んー」  どうも何か違うらしい。その時、リディアが急に現れて当然のようにキッチンに入ってきた。 「うわあ!無言で入ってくんな!」  コイツ、また窓から入って来やがったな。 「おなかすいたの」  その言葉にショットが手に持ってた芋を無言で手渡そうとするから奪い取った。 「こら、人に芋を生で食わすな」  今日は天気がイマイチだからか、オーサーはいないらしい。あのガンマニアは雨の日は出てこない。 「二人ともスクランブルエッグでいいか?」 「いいよー!」 「ん」  せっかく友達が来たってのにショットはあんま興味ないみたいで、どことなく不機嫌そうにリビングに出て行く。  いったいどうしたのか気になるが、リディアが追いかけて行ってその隣に座り、何やら話しかけ始めたので子守りは任せておくことにした。  スクランブルエッグとトーストを出してやると二人とも大人しく食べ始めた。俺も向かいに腰掛けてコーヒーを飲む。 「あのねちゃたろー」 「うん?」 「シュート、ちゃたろーにご飯作ってあげたかったんだって!」 「え?」  思わぬセリフに反射的に聞き返したが、もしかしてさっき何か不満げだったのはそういう事か? 「は、まじ?」 「ね!」 「うん」  何かしてやろうと思ってくれる事はなんだって嬉しいが、なんでまた急に……俺はシドニーと一緒のタイミングでメシ食ってるから今ハラ減ってねーし……。 「んん」 「やめてよぉ」  リディアは左利きだから食べながら二人の肘がぶつかりあって押し合いが始まっちまった。 「こらケンカすんな、席交換しろ」  この怪力バカ共が暴れたら何もかも無事じゃ済まない。 「おれちゃたのよこ」 「いいもん私こっちで」  食べたら皿だけ洗っといて、と頼んで俺は寝室に向かった。雨のせいか頭が重くて痛い。リディアが来てくれてよかった。ショットの遊び相手になってもらおう。 「ちゃた」  呼ばれて目を覚ますとショットが部屋の入り口に立ってた。 「おー……リディアは?」 「しらない」  多分帰ったんだろう。 「ちゃた、しんどい?」 「大丈夫だよ」  起き上がろうとしたけど頭を押さえつけて止められた。 「ねてていい」 「もう充分寝たよ」  出かけるつもりなのか靴を履いたままベッドには上がってこないが、上半身だけ乗り上げて猫のように頬擦りされる。 「ん……どっか行くのか?」 「うん」  雨だから暖かくしていけよ、と言えば「ちゃたも」と毛布でしっかり包まれた。傘は嫌いみたいだから、こんな冬の雨の日に外出させるのは心配なんだけどな。 「ちゃた」  やっぱり頭が痛くて、返事の代わりに手を握った。 「リディアと、オーサーは……家族、じゃない」 「ん?」 「でも、おれ……」  言葉が出てこない様子を見て、あんまり言葉尻を奪うような事はしたくないが助け舟を出す。 「そうだな、あいつらは友達ってやつだよ」  するとショットは素直に「ともだち」と繰り返して、慣れた手付きで耳栓を外すと俺の手に持たせて出かけて行った。  ***  後日、ショットとアパートで昼メシを食ってると玄関の方から何やら元気な声が響いてきた。 「こんにちは!」 「おうこんにちは。今日はドアから入って来たな」  鍵を開けてやるとリディアとその肩に偉そうに座っているオーサーが現れる。最近はデカい銃も扱えるようになったとか言ってたけど、俺からはコイツが一向に成長してないようにしか見えない。栄養を全部脳に取られてんじゃねーのか? 「ご飯のお礼に来たの!」 「はあ?いいよ別に、たかがスクランブルエッグ」 「借りは返す。俺のポリシーをコイツも受け継いでる」 「あ、そ」  まあ入れよ、と招き入れると俺の特製タコスを食べてたショットがモゴモゴと何事か喋りながら机の向かい側をバシバシと叩く。本人的には軽く叩いてるつもりなんだろうが強くて笑っちまった。 「ここに座れってさ」  んでどうやら俺は隣らしい。まあ定位置だしな。 「おいしそうなの食べてる!」 「おいしい」  美味しいって初めて聞いたのが嬉しくて「美味しいのか?そうかそうか」と頭を撫でてるとオーサーに咳払いされた。 「あ、タコス用のトルティーヤは使い切っちまったんだけど、チップスとサルサならまだあるよ」  そう言ってボウルに残ってたワカモレとチップスを少し出してやると二人もパリパリと食べる。 「悪くないな」 「おいしー!ちゃたろーってお料理上手だよね?」 「俺は器用だからな」  リディアなんかは食材全て素手で握りつぶしそうだ。 「んで、いったいどんなお返しをしてくれるんだ?」  本題を振るとオーサーは何かのリストを取り出して机に置いた。 「もうすぐシドニーの高校進学に向けて準備が必要だろう。力を貸してやる」 「え……そうだけど……でも、母親とのことを結論付けるのはまだ先にしようと思ってて」 「それは分かっている」  この州では同じ学区なら無条件の進学が可能だが、都会の方への進学を考えてる以上、面接や書類審査が必須になってくる。コレはその時の面接や財力証明書において、変な偽装をしたり嘘をついたりしなくて良い、オーサーが直接話を付けてやれる高校のリストらしい。 「アイツがしっかりした真面目で賢いガキだってのはよく知ってる。クズの母親のせいで不利益を|被《こうむ》るのはあまりにも理不尽だろう」 「……ありがとうな」  保護者は俺なのに、オーサーや|首領《ドン》がいねぇと全然何もしてやれねえ。情けなくてちょっと落ち込んでるとリディアが頭を撫でてきて、ショットが頬にキスしてきた。 「はは、ありがとな」 「お前は背負いたがりすぎだ。シドはこの地域全体の子供だから、皆で育てればいいだろう」 「心強いよ」  そんな話をしてるとメシを食べ終わったショットが「みんな」と呟いた。 「ん?ほら口の周り拭いとけ。手も」 「赤ん坊かソイツは」  ペーパーで手を拭いてやってるとオーサーに呆れ顔でツッコまれたが気にしない。 「いいんだよ、俺たちはゆっくりなんだ」 「なんだそれは」 「みんなともだち」 「ん?」  俺とオーサーの会話を遮るように発せられた声に場が静まり返る。 「友だち?」  リディアが聞き返すとショットは「ん」と頷いた。 「おれのともだち、みんな」  ワイワイ話してたのが楽しかったのかなと俺は思ったけど、リディアとオーサーは面食らってるようだ。 「そうだな。またみんな揃ってメシ食おうぜ」  俺がそう言ってショットの言いたいであろう事を補足すると二人も理解したように笑った。 「……ふ、仲良しごっこなんかするつもりは無かったんだがな」 「次はシドも一緒にね!」  でも盛り上がってるこっち三人とは対照的にショットはリディアの前にあるチップスをパリパリ食べてた。

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