91 / 231
第90話 あいつの隣にいさせてくれ ※R18
【あいつの隣にいさせてくれ】
マウロアの月命日がやってきた。だからって特にショットの調子が悪くなるようなコトは無いんだが、なんとなく特別な日にひとりにさせるのは今はまだ心配で墓参りに俺も同行する事にした。
「よお、調子はどうだ」
敷地の入り口で首領に声をかけられた。3ヶ月前くらいか……暴走したショットにボロボロにされて、まだ全く本調子ではない。靭帯が伸びちまった左腕はリハビリしても前のようには動かないって言われちまったし。
「まずまずって感じです。|首領《ドン》も不調そうっすね」
「ああ、俺の事は気にするな」
夏風邪でもひいたのかゴフゴフと苦しげな咳をしながらもその威圧感に変化はない。
「今日は俺も挨拶させてもらいますンで」
「好きにしろ。帰りは送らせる」
相変わらず優しいようだ。墓場へ向かおうと歩き出すと珍しく引き止められた。
「シュート、少しだけ茶太郎を借りるぞ」
「なに」
「すぐ返す。来い」
どうしたんだろうと思いながら素直にその背を追うと首領は建物の裏手に回り、裏口の扉を開けるとすぐ真横の壁を押し開けて地下へ続く階段を降り始めた。
「え、地下室……」
「早く閉めろ。ココはファミリーにも内緒の、俺の秘密基地なんだ」
イタズラにそう言う首領はまるでガキ大将のようだった。
「ここの入口の鍵は俺とシュートの網膜だ」
見るからに頑丈な鉄製の扉の横に付けられた認証機器に顔を近付けながらそう言う。ピピッと軽やかな電子音がして、扉が開かれた。
「うわ……全部ホンモノですか」
「いや、もう手に入らないモデルはレプリカのモンもある」
そこにズラリと並んでいたのは時間をかけて集めた事が窺えるガンコレクションだった。オーサーが見たら卒倒するんじゃねえかな。
趣味のモンしか置いてねえ。俺もアイツもくたばっちまった後は出入りする人間がいなくなって、やがて朽ちる。それで良いんだ。と首領は言う。
好きで集めたコレクションを、自分だけのモンにしたままあの世に勝ち逃げするつもりって事か……だがコレを俺に教えたってことは、もしかしたら何か他の意図もあるのかもしれない。
「死んだ後、ここで何が起きても俺には知りようもねえ。そうだろ?ただ、俺はコイツらを俺だけのモンにしてこの世を去れたと思えるだけでイイんだ」
「……理解しますよ」
整然と並んだそれらを眺めていると不意にアタッシュケースを手渡された。このデザイン、このサイズ……。
「シュートの左眼だ」
「やっぱり」
開けてみると中には様々な義眼が保管されていた。あいつの趣味じゃなくて、この人の趣味だったんだな。それもそうか。
「アイツの眼の色となかなか合うモンが見つからなくてな。あちこちの職人に依頼して集めてるうちに、集める事自体が面白くなっちまって」
結構な数になってきたから渡しておく、と言われて遠慮なく受け取った。きっとひとつひとつとんでもない値段がするんだろうが、ショットは知りもしないでポンポン失くして帰ってくるし。
「ちょうど減ってきてたんで」
あ。失くしてるってコト、言って良かったのかな……と心配になったが首領は気を悪くした様子もなく笑った。
「そんだけ元気がありゃ安心だな。消耗品だと思えばいい。遠慮なく使え」
この人がマウロアと喧嘩して保釈金を払わなかったってのが俺には未だに信じられない。だが、もしかしてこの優しさは結果的にそのせいでショットと出会い、事件に巻き込まれ、命を落とす事になった息子への贖罪なんだろうか。
マウロアはきっと、人生をやり直したとしてもショットの手を引いてくれる気がする。首領は、もしやり直せるとしたら……保釈金をすぐに支払うような気がした。それが、ショットの人生を見捨てる選択であったとしても。
いや、もしそんな"もしも"を夢想するなら、そもそもアイツが両親と共に平穏に暮らした世界だってどこかにあったっていい。たとえそれで、俺と出会わない運命に書き変わったとしても。
「……ありがとうございます」
全てはIFの話だ。そうはならなかった世界の話でしかない。俺たちは今この運命を辿った世界を生きている。
俺は自分の手が届く範囲の愛する人を守る事で精一杯だ。浅ましくも、この運命で良かったと思う。
「何か小難しい事を考えてやがるな、茶太郎」
「気のせいですよ。こんな棺桶みたいな場所にいるからでしょう」
「言うじゃねえか」
首領は愉快そうに肩を揺らして笑った。
「確かに、本音を言えばこの武器庫自体を俺の棺にしてほしいのは山々だがな。立場上、部下たちの目の前でしっかり葬ってもらわねぇといけねえのさ」
自分の望む死の形より、部下の為か。この人らしいなと思った。
***
半年前にショットが掘り返しちまった芝は夏が来て綺麗に青々と復活していた。植物の生命力ってのは凄いな。腰を下ろそうと地面に左手をつくと肩が外れかけた。
「いて」
「ちゃた?」
「大丈夫だ。一回外れたからクセになってんだ」
慌てて右手で支えて肩を回す。ショットは自分のせいだと思ってんのか少し落ち込んだ顔をするから、マウロアの前だけど頬にキスしてやった。
「お前のせいじゃねえよ」
「……ん」
そうして並んで墓の前に座り込んで、しばらく何も言わずにただ夏の太陽の暑さを感じてた。
ぼんやりと瞑想してるような状態になってて、背後で鳴り響いた銃声にハッと意識を取り戻す。
「ショット」
すぐ隣にいるショットの様子を確認すると平気そうではあったが、もし何かあれば傷つくのはコイツだ。予防も兼ねて俺はその頬に手を伸ばした。
「ここは本当に、俺とお前にとって"居心地の良い地獄の底"って感じだな」
「……」
視線は合わないが顔をこっちに向けてくれたから両手で耳を押さえてやる。コイツにとって、きっとここより暮らしやすい場所なんか世界中どこにだってないだろう。それと同時に、ここより息苦しい場所も無いはずだ。つまりどこにいたってこの世はクソッタレの生き地獄なんだ。
――だから、一緒にいよう。
その時、頭上の窓が開かれて首領が顔を出した。
「シュート、上がって来れるか」
「うん」
立ち上がったショットが何か言いたげに振り返ったから「待ってるよ」と言えばくるりと|踵《きびす》を返して首領の部屋へ向かって行った。
残された俺は改めてマウロアの墓に向き直る。
「……なあ」
手土産に持ってきた安ワインを開けて少し飲む。
「色々あったよなあ、本当に……」
もうすぐ6年だよ。アイツの世話をアンタから引き継いで。例えばもし人生やり直せるとしても、アイツの人生を滝壺から引き上げてくれるか?と、さっき考えてた事を問いかける。
「……滝か」
シュート……俺はずっと"Shoot"だと思ってた。指名手配書でもテレビショーでもそう書かれてるし。でも最近は他の可能性も考え始めている。
「一度だけでいいから、アンタと話してみたいよ」
俺はオバケとか都市伝説とかまっぴらゴメンだから、怖くない方法でお願いしたいけどな。
「ま、そりゃ死んだ後のお楽しみかな」
早く会ってみたいのは山々だが、出来る限りゆっくり会いに行けたらと思う。
「俺がアイツの隣にいること、許してくれてると思っていいんだよな」
アンタは今でも、アイツの手を引いてやってくれてるんだろ。その事は俺にもなんとなくわかる。それに、俺自身も……。
「たまに感じてるよ。気のせいじゃないだろ?」
窓を見上げると首領が見下ろしてた。話は終わったらしい。
「……俺が、アイツの事を守るから」
ちょっと荒っぽい方法にはなるかもしんねーけど、と笑って腰に付けてるスタンガンに軽く触れる。
――だから、あいつの隣にいさせてくれ。
「ちゃた」
「おう、首領なんだって?」
立ち上がって近寄るとスルッと腰に両腕を回されて、額に頬が当てられた。
「どうした?」
「……」
まあ俺より付き合い長いんだし、積もる話もあるか。無理に聞き出すつもりもない。
「疲れたよな。帰るか」
「……ん」
表に回るともう車が用意されてて、いつもの首領の一番の部下ではない構成員が待ってた。まあそりゃいつでも俺たちの送り迎えばっかしてられねえよな。むしろマフィアのトップたちが普段どれだけ時間|割《さ》いてくれてんだと苦笑する。
「まっすぐアパートに送るのでいいのか?」
「ああ、ありがとな」
歩いたってそう遠くはないが、首領の好意を素直に受け取るのもまた恩返しだと思ってる。あの人はショットの世話を焼けるのが嬉しいみたいだから。
帰ってきてアパートの外階段を昇っていると後ろからついてきてるショットが俺の手を掴んで指を絡めてきた。
「……」
振り返るとじっと見つめられる。
「……夜な」
「ん」
重い靴音を鳴らしながら廊下を歩いてった背中を見送って首を傾げる。機嫌が悪いわけではなさそうだけど、今日はえらくしおらしいな。それとも、やっぱ首領に何か落ち込むような事でも言われたのかな。
***
シドニーを寝かせてからシャワーを済ませて奥の部屋に行くと、先に来てたショットは寝てるみたいだった。疲れてんなら一緒に寝るだけでもいいし、向かい合わせになるように隣に寝転がる。
「ちゃた」
「なんだ、起きてたのか」
「耳、こうして」
そう言いながら握った手を耳元に持っていかれたから、言われた通りに耳を塞いでやった。
「耳栓持って来ようか?」
「んん、これがいい」
「わかったよ」
そのまま耳を塞いでてやると額と瞼と頬にキスされた。鼻と鼻を擦り合わせて甘えてくる。
「こうしてると落ち着くか?」
「ん」
俺からも左目の下にある傷痕に口付けて、軽く耳を|擽《くすぐ》ってみると嫌そうに「んー」と文句を言われた。
「なあ、触ってくれよ。俺は両手が塞がってんだからさ」
こうしてるのも心地いいけど、このままじゃ物足りない。
「……ちゃた、おれ」
「うん?」
服の中に手が差し込まれて直接肌に触れられる。その指先が腹の銃創痕に触れて少し確かめるように撫でられた。
「ちゃたのこと、まもれる人になりたい」
思わぬ言葉にビックリしすぎて何も言えずにいたらガバッと抱きしめられて耳から手が離れちまった。
「ずっと」
一生懸命に言葉を選びながら"知らない所で怪我しないでほしい"って感じの事を伝えられる。もちろん、そもそも怪我をさせたくないってのはあるんだろうけどな。
その気持ちは痛いほどわかる。俺だって一緒だ。俺の知らない所で、コイツがひとりで泣くのだけは嫌なんだ。
「ショット……」
強くなきゃいけねえ人生なんかクソ喰らえだ。俺はコイツが安心できる場所を作ってやりたいと思ってる。でもその言葉は素直に嬉しかった。
「……はは、俺たちって、本当に両想いなんだな」
「なに」
「今更になって実感が湧いてきたんだよ」
そういえば、少し前にも「守りたい」みたいな事を言われた気がするんだけど、いつだったかな。気のせいかな。なんでそんな嬉しい事あんま覚えてないんだろう。
「ありがとな……俺の隣にいてくれて」
「ん」
***
まだ上稞になっただけなのに、コイツがやけに丁寧に触れてくるから少しの刺激でビクビク反応しちまう。
「はっ……あ、やば」
それに、小っ恥ずかしい話を改まってしたせいか今日はまるで初めてみたいにお互い緊張してた。いや、ショットが緊張してるのは俺に怪我させたくないからかもしんねーけど。
「大丈夫か?」
「……ん」
胸元に置かれた手が微かに震えてるのに気付いて、その指先を握り込んだ。
「あんま緊張すんなよ」
体勢を入れ替えるためにショットの肩を押しながら起き上がって、気分を|解《ほぐ》してやろうと頬や首筋にキスしていく。
上に乗っかったまま下着に手をかけると意外にも全く反応してなかった。
「っふ……、ちゃた……」
緊張してうまく勃たないのか、元気のないソレをしばらく舐めたり手で刺激してみたりするけどどうも難しい。
「う……ごめん」
「バカ、気にすんな」
変に自信喪失してしまわないか心配もあったが、俺自身の初体験の事を思い出してちょっと微笑ましくもなった。思い出したくもねえが、緊張して勃たないどころかそりゃ酷いモンだった。
「心配すんな。こうしてるだけでも気持ち良いだろ?」
俺も全裸になってまたショットの上に寝転がる。肌同士をピッタリ合わせるようにくっついた。
「……ん」
ちょっと暑いけど、多分ショットは平気だろ。不安そうにしてるから、安心させてやれるなら多少の暑さくらい我慢だ。
「今日さ、マウロアに伝えてきたんだ」
「なに」
軽いキスを繰り返しながらそう言えば返事をしながらケツを揉まれた。まあ触ってたいなら触らせてやるか。
「ショットの事は、俺が守るからって」
「……」
「あ、こら」
指先がグッと入り込もうとしてきたから枕元に出しておいたローションに手を伸ばした。
「っあ、はぁっ……」
手にいくらか出してやるとぬめった指が突っ込まれて下っ腹がズクリと疼く。
「は……あ、あっ」
腹の中をかき混ぜられるとブツをショットのハラに擦り付けるように腰が勝手に揺れちまう。
「あっあ、あっ、待て、すぐイきそ……」
「いい」
俺の太ももにさっきから熱いモンが当たってる。
「早く挿れろよ、も、いいから……っ」
ゴム着けさせてねえけど、俺の方がもう我慢できなくて、手でそれを誘導して一気に飲み込んだ。
「ふぅ、あ、あっ……、あつ……」
「ちゃた」
「ん、くっ……あっ!」
腰を掴まれて下から突き上げられると情けない声が漏れた。気分が昂揚しちまってて、抑えられない。
「あっ、あ!シュート、はぁっ、あっ!」
「ちゃた、おれ……」
俺の汗がポタポタとショットの顔に落ちる。それを舐めながら名前を呼ばれて、ぎゅっと抱きすくめられた。
「わ、あっ」
ぐるっと仰向けにさせられて、そのまま激しくピストンされる。確かに激しいけど、痛みは全然なくて。
「ぁあっあっ、くっ、うっ!深……っあっ」
「おれも、まもりたい……、ちゃたろーのこと……」
そう呟くように言いながらショットが頭を抱き込むような格好で覆い被さってきて、全身が包み込まれる。
「ん、ふぅっ、あ、あっ!シュート、シュートッ……!」
「ちゃた」
顔が見たくて名前を呼ぶと頬を掴まれてキスされた。それに応えながら俺も背中に手を回す。
「んっ、んうっ、うっ」
二人とも水でも浴びてきたのかってくらい汗だくになってたけど、気にせず抱き合った。まじの初めて同士かよって言いたくなるほど、俺たちは体温を感じ合う事に夢中になってた。
***
「はぁ、はぁっ……なあ……、想像もしてなかったよ」
「なに」
揃って達した後、汗や精液で体中ベトベトだしショットのモノは俺の中に入ってるままだったけど、それらの後始末より先にその頭を引き寄せて口付ける。
「お前とこんな風に優しく抱き合える日が来るなんてさ」
3年前……初めて触れ合った時に全身あちこち傷だらけになって、リドルにブチギレられたのが懐かしい。アイツには最初から最後までずっと心配かけちまったよな。
それでも良いって本気で思ってたし、今でも思ってんだ。コイツに与えられるモンなら、痛みだって愛おしい。
「暑いな。熱中症になっちまう。水でも飲むか」
額から流れてる汗を拭ってやるとその手を取られて、手のひらにキスされた。
「……ちゃたろー、あいしてる」
そう言って見つめてくるショットの様子がいつになく真剣で妙に照れ臭かったけど、目を逸らしちゃいけねえよなと思った。
「俺もシュートを愛してるよ」
ぎゅうと抱きつかれたから抱きしめ返す。まだ6月だってのに、クラクラするくらい暑い夏だった。
ともだちにシェアしよう!

