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第92話 家族で過ごせる夏休み

【家族で過ごせる夏休み】  今日はちょっとしたパーティーだから、早くに買い出しを済ませてからシドニーのお迎えに行ってきた。 「これから中学生最後の1年だな。楽しんで、受験も頑張ろうな」 「ありがと!」  これからシドニーにとって中学生活最後の夏休みが始まる。高校生になっても長期休暇には帰ると言ってくれてるものの、若いうちなんて家の外に楽しいことが山積みなんだし、無理はしなくていいからな……と口では言いながらも、本当は寂しい。 「とーちゃ……父さん、荷物持とうか?」 「いいよ、重いし」  高校生になるまでにシドニーは俺のことをとーちゃんと呼ぶのをやめるらしい。この親離れ?もひとつの成長だと思うが、それもまた寂しい。 「まだ左腕痛いんでしょ?」 「リハビリ、リハビリ」  無理をする事をリハビリとは呼ばないよ、と正論で打ちのめされて荷物を奪い取られた。 「なんだか重いね、たくさん買ったの?」 「あ、今日はオーサーたちも来るから」 「えっ!みんなでご飯にするの?」 「ああ、中2の終業式だって伝えたらさ。アイツらもシドの受験の応援に来てくれンじゃないかな。素直じゃないから何も言ってなかったけど」  よく考えたら俺とショットはよくアイツらに会うしメシも一緒に食うコトあるけど、シドニーがいない時間帯ばっかだからこういうのは珍しいな。 「5人分のメシ作らなきゃならねーから、荷物も重いよ」  やっぱ半分持つ、と手を伸ばしたが避けられた。 「もう俺14歳になるんだよ!」 「まだまだ子供でいてくれよ」  あれ、そういえば誕生日いつなんだ?と今更になって聞いてみると「忘れた!」と笑われた。 「とーちゃんは?」 「俺は"死人"だから誕生日なんかねえんだ」  とーちゃん呼びになってるなと思ったけど、これが聞けるのもあと少しかと思うとツッコめなかった。 「年末年始に揃って皆でお祝いすりゃいいよな」 「なんだっていいよ。一緒に過ごせることが大事!」 「いいこと言うじゃねーか」  頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。褒められると誇らしげな顔をする所がショットに似てきたなと気付いて無性に愛しかった。  ***  メシの準備をしてると物音やら話し声やら表が騒がしくなってきたのでシドニーに「迎えに出てくれ」と頼んだ。 「いらっしゃーい」 「久しぶりだな、シド」 「こんにちは!」  手を|拭《ぬぐ》ってキッチンから顔を出すとリディアに腕を引かれてショットも一緒に帰ってきたみたいだった。 「あれ、ソイツも連れて来てくれたのか」 「フラフラしてたからつれてきたの!だって今日はみんなでごはんにするんでしょ?」 「そうだよ、ありがとな」  声のデカいリディアに隣で騒がれて脳みそが疲れてるのか、どこか遠くを見てるショットに机に置いたままだった耳栓を手渡すと素直に装着していつもの自分のイスに座る。 「シド、向かいの部屋に使ってないイスが転がってたハズだから持ってきてもらっていいか?」 「はーい」  この建物は1階が店舗と住居スペース、2階は一般的なアパート4部屋になってて、俺たちは普段この部屋しか使ってない。いや、あと奥の部屋の寝室だけは使ってるけど。  シドニーが空き部屋から持ってきてくれたイスが壊れてないか確認して、机の短辺にセットする。 「わ!なんだか特別な感じ!」 「ふ、"お誕生日席"だな。主役にちょうど良い」  お前そこに座れよ、と言ってオーサーはそのイスの前にポンと何かの箱を置いた。 「何コレ?」 「開けてみろ」  俺とショットも一緒になって覗き込むと中から出てきたのは電子辞書だった。 「わ!コレ俺が欲しいって言ってたやつ!覚えててくれたの!?」 「欲しいって言ってたのか?」  俺それ知らねーんだけど……とショックを受ける。 「受験勉強にも役立つだろう。まあ、今は俺がなんでも教えてやれるが、高校からはそうそう会えなくなるしな」  電子辞書を小突きながら「俺よりは頼りないが、大抵のことは調べられるだろう」と言い放つオーサーに笑う。そりゃそうだ、そこらの辞書がコイツの知識量に敵うもんかよ。 「オーサーに会いたくなったら辞書を開けばいいね」 「|コイツ《茶太郎》に会いたくなったらスパイスの匂いでも嗅いでおけ」 「えっ、俺ってそんな臭う?」 「学食のメニューにエスニック料理あるかなあ」  そんな会話で料理中だった事を思い出してキッチンへ戻った。  ***  シュートは見たことの無い機械に手を伸ばした。 「これなに」 「とと、これはね辞書だよ、辞書」 「じしょ」  そう言いながらシドニーが折りたたまれている画面を開いて手に持たせてやるが、隣で見ているオーサーは少し心配そうだった。 「おい壊すなよ」 「うん」 「大丈夫!とと、フルートだって壊さずに持てるもん」  リディアは触れる事を禁止されているので大人しく席に着いてそんな皆の様子をニコニコと眺めている。  電源を入れると画面に様々な内蔵辞書が表示され、調べたい内容によって任意の辞書を選べる仕様になっていた。 「……むずかしい」 「なんかね、ちょっとしたゲームも入ってたハズだよ、ほらコレ」 「いい」  困ったような顔でそっと電子辞書を閉じてシュートはシドニーの手に返した。自分が粗雑な事は知っている。なんだかとても繊細なモノに見えて、壊してしまうのが怖かった。 「もういいの?」 「ん」 「ありがとうオーサー!」 「悪い成績を取る事は許可しないからな」 「頑張ります!」  シュートはそんな会話をキョトンとした顔で聞いている。それを見たリディアは向かいの席から机越しに身を乗り出してコソコソと耳打ちした。 「あのね、とっておきの日には何かプレゼントをするんだよ」 「……」  入学とか、卒業とか、お誕生日とか!と続ける。 「おめでとうの気持ちなの」 「……」  ふと、いつか自分だけの包丁をプレゼントされた時の事を思い出す。そして楽しそうな雰囲気と嬉しそうなシドニーの反応を見て、シュートは自分にも何か出来ないだろうか……というような事をぼんやりと考えていた。  ***  ガキ共の好きそうな食べ物って何だ?と悩んだ結果、|フレンチフライ《フライドポテト》を用意してみて、それは好評だった。でも俺はまた"甘いモノ"っていう選択肢を失念しちまってたんだ。 「ほらおまちどう。全員揃ってるな」 「やったー!ねえご飯の後はケーキだよね!」 「え?無いよ」  するとガタッと音を立ててリディアが立ち上がった。 「えーっ!ないの!ケーキ!パーティなのに!」 「悪かったよ。あんま騒がないでやってくれよ」  なんか前にもこんな事があったな。 「だあって、ケーキのないパーティーなんて、パインのないピザだもん!」 「うるせえなあ、そもそもピザにパインを乗せんじゃねーよ」 「えー!!ちゃたろーは分かってないなあ!」  横からオーサーが「論点がズレてるぞ」と言いながら料理を食べ始める。シドニーは「まあ、あると嬉しいけどね」と言いつつ普段あんま出さないモンばっかだから充分喜んでくれてるっぽい。 「私、今日のちゃたろーちょっとだけキライ。ちょっとだけね」 「明日の俺も明後日の俺もピザにパインは許さねえぞ」 「やっぱりちゃたろーってキライ!」  ちょっと面白かったけど、うるさくないかなって心配で横にいるショットを見ると明らかに不機嫌そうだった。 「ほらお前うるさいって」 「しらない!キライ!」  するとショットがパッと俺の手を掴んできた。 「ちゃたきらいじゃない」 「おお……ありがとな」  うるさいんじゃなくて、俺がキライって言われてんのが嫌で不機嫌だったらしい。 「もう、じゃあ私かってきてあげるよ、お金ちょーだい」 「ムリ。帰ってくるまでに絶対グチャグチャにするから却下。んでしれっとカツアゲすんな」 「おい文句を言うな。大人しく座れ」  さすがにオーサーが嗜めてくれて、まだ不満そうだったがようやくリディアはイスに座った。 「ケーキ食べれると思って来たんだもん」 「卑しいぞ」 「ンなコト言ってやんなよ。リディア、ごめんな」 「ケーキ?」  さっきから何度もリディアが言うからショットも気になったらしい。コイツも好きだろうな。甘いモン好きだし。そう考えたら買ってきてやれば良かったと少し後悔の念が湧く。 「また買ってきてやるよ。甘くてフワフワしてるんだ」 「うん」 「わあ!これおいしーい!」  料理に手をつけて口に運ぶとリディアは一瞬で機嫌を直したらしかった。 「これってなんかさ、『|無秩序《法外地区》』って感じだね」  言うようになったな。さすが俺の息子だ。  ***  主役そっちのけでワイワイ騒がしすぎた夕食を終え食器を洗ってるとリビングから4人の仲良さそうに話してる声が聞こえてきて癒される。 「ちゃたろーなにか手伝う?」 「いいってば、お前らが喋ってんの聞いてるのが楽しいんだよ」 「……あのね、さっき、キライって言ってごめんね。ウソだよ」 「分かってるよ」 「えへ!」  リディアは照れたようにぴょんと飛び跳ねてリビングへ戻って行った。 「ちゃんと謝ったか?」 「うん!」  そんな会話が聞こえてきて微笑ましかった。  無事に受験に成功すれば――まあ、オーサーが成功"させる"だろうが――来年の夏からはシドニーが寮生活になるし、そうなればこんな風に集まれるというと、夏休みと冬休みだけになるかもしんねーよな。 「毎年恒例にしようか、こうやって全員で集まんの」 「うん!つぎはケーキ食べようね!」 「根に持つなよ」  それからシドニーがトランプを持ってきて皆で|ババ抜き《Old Maid》をしてみたけど、案の定うまくルールが理解できない奴が2人いて無茶苦茶になったり不正行為によって俺が負けさせられたりと楽しい時間を過ごした。

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